諌早湾干拓事業公式資料ぺージ
1. 資料
2. メッセージ
 o ホームページ開設から5年がたちましたnew!
 o ホームページ開設から4年がたちました
    
提案(事業の見直し)
 o ホームページ開設から3年がたちました
 o ホームページ開設から2年がたちました
 o ホームページ開設から1年がたちました
 o このホームページ開設主旨
3. これからの問題

* 開設97/10/14

のんき (メール)
(このHPはリンクフリーです。お知らせいただけたら幸いです。)


#1.資料

<フレーム対応>

[link to index2] 政府・農水省・自治体等の発表資料、責任者の発言
法令・新聞社説・裁判・世論調査資料・推進・批判

<フレーム未対応>

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「資料目次」「動き」

01/7/20諫早市で山下弘文氏の一周忌法要が営まれました。7/21に「諫早に死す―山下弘文・自伝―」(南方新社)が発売されています。
諫早湾干拓事業反対の中心であり、干潟の保護を求めて全国を駆けめぐっていた諫早在住の草の根の運動家・山下弘文氏が00/7/21朝、自宅にて急死されました。ご冥福をお祈りします。




#2.メッセージ

&.ホームページ開設から5年がたちましたnew!

 みなさまのご支援で開設から5年、97/4/14閉め切りから今日で5年半が過ぎました。02/10/5には閉め切りから2000日目を迎えました。この1年は小泉政権への失望の1年でした。武部勤農相は事業再評価第3者委員会の「環境に配慮した事業の真摯な見直し」答申を「環境を破壊する姑息な見直し」へと変え、ノリ第3者委員会の3段階開門調査答申を無視して、内部堤防を締めきる前面堤防工事を8月に着手した。武部農相は「私のときのことではない」と言い放って失政に責任をとらなかった狂牛病大臣としてのみならず、干潟の復活を不可能とするまさに内部堤防閉め切り工事を開始した第2のギロチン農相としてその名を歴史に記録されることとなった。97年のギロチン大臣である藤本孝雄農相(香川1区)は、在任中にギロチンが行われ、これによって沸騰した世論の批判を無視したことで環境破壊の責任を問われ続けているが、どちらかというとギロチンではなくそれ以後の対応が批判されているのだが、武部農相の場合はこれとことなり、前大臣谷津農相の水門開放路線と2つの第3者委員会の決定を覆し、みずからが積極的に環境破壊を行った大臣としてその責任は極めて重い。北海道の有権者は香川1区有権者が藤本孝雄農相を落選させたように、この政治家へのはっきりとした意思表示を行って選挙民としてその汚名をそそいで貰いたい。

 武部農相の手口は、4月15日、長崎・福岡・佐賀・熊本の4県知事と福岡・佐賀・熊本の三県漁連会長を、農水省の呼び、短期開門調査を実施する代わりに、平成16年度事業完成を認めさせたということにして、6月に6mの干満差のある有明海で#cmの水位差で、潮受堤防がなければわずか1日でしかない海水の導入を短期開門調査として実施し、結果もでないうちに内部堤防を閉めきる前面堤防工事に着手し、中長期調査についてはノリ第3者委員会から権限を奪い新たな御用委員会を年度内に設置するという民主主義の国とは思えない独裁的な強攻策に打って出た。狂牛病では「自分はそのときの大臣ではなかった」と責任を回避し、当時の大臣の政策責任も追及しないと言う無責任行政を行ったように、今回第2のギロチンを行って諫早湾有明海が死滅しても自分は責任を問われないとたかをくくっている。中長期調査を実施するかどうかを決めるのは行政だと豪語して、自らの行政行為には一切の責任をとらない。無責任・無能力農相を任命した小泉首相の歴史的な責任も決して忘れられることはないだろう。小泉政権は日本を破綻させる政権であることは諫早湾干拓事業への無責任によって明らかになっている。国民は幻想をすてて小泉政権の実体を知るべきだ。この政権に日本の未来を託せば有明海が死滅するように日本の未来はない。四季を通じた


 &.ホームページ開設から4年がたちました

 みなさまのご支援で、01/10/14で開設から4年、諌早湾の閉め切りから4年半が過ぎました。
 2001年は福岡県のノリ漁民が呼びかけた元旦からの1千名の海上抗議デモで明け、激動の年になりました。はじめて諫早湾内に入った有明海沿岸の漁民は、ノリの色落ちの原因になっている珪藻プランクトン・リゾソレニアが層をなして増殖している諫早湾北部排水門前の海中の様子を見て有明海の不漁の原因がどこにあったかの確信を持つこととなる。

(1)2001年1月1日〜4月14日 (有明海漁民の)政治的勝利と行政の巻き返し
 有明海ノリ不作の原因は諫早湾干拓事業だとして、有明海沿岸3県漁連・漁民が「水門開放・事業中止」を求めて立ち上がり1/285860人1345隻が海上抗議デモののちに潮受堤防前に集結した。ノリの色落ち被害が大きかった福岡県有明海漁連の漁協・漁民はその後陸上抗議デモに移り、バスを連ねて2/22長崎・諫早干拓事務所、2/23熊本・九州農政局に押し掛けた。3/1には空路上京して霞ヶ関街頭デモを行い、農水相や自民党幹事長に水門開放を約束させた。
 しかし3/3農水省有明海ノリ不作対策本部が設置したノリ不作対策検討委員会(ノリ第3者委員会)第一回会合で清水誠委員長が水門開放決定を拒否し、4/14第4会会合で1年間は開放をしない閉門調査(1年間閉門調査)を決めたことで、漁民が手にした政治的な勝利は行政の委員会・専門家を利用した巻き返しによって大幅な後退を余儀なくされた。

(2)6月9日〜8月24日 (市民の)行政的勝利
 農水省の事業再評価制度による九州農政局の再評価第3者委員会第一回会合が6/9に開催される。会合では「市民アセス」(市民による諫早湾干拓「時のアセス」)が取り上げられ、営農や費用対効果等に疑問が続出。8/24に土地改良法の改正の趣旨を踏まえ、環境への真摯(しんし)かつ一層の配慮を条件に、事業を見直されたい。社会経済の変動が激しい今日、諸般の事情を含めて、事業遂行に時間がかかりすぎるのは好ましくない。英知を尽くして取り組むことが緊要である。」という「事業見直し答申」が出る。再評価制度発足以来初の見直し答申は同時に、97年締め切り以来の国民の批判が初めて行政の公式手続きの中に反映する快挙となった。有明海ノリ漁民の実力行使によって干拓工事が中断され予算がまったく執行されないという行政の閉塞状況を背景とした「市民アセス」の勝利といえる。

(3)8月28日〜 ボールは農水省へ。焦点は西工区農地造成と調整池の淡水化。
 再評価第3者委員会の見直し提言を受けて、武部農水相は8/28 4点からなる見直し方針を発表し、来年度予算案が決まる年末までに成案を得たいとした。4点とその最悪のシナリオを予測すると以下となる。

(見直しの4方針)      (予想される最悪のシナリオ)
*「防災機能の十全な発揮」----東工区造成放棄は調整池容量を増加させ洪水時の防災機能が向上すると地元を説得。
*「概成しつつある土地の早期の利用」----西工区の農地造成を行なう。かって武部農相は「西工区を干潟に戻すのは地球を逆に回すに等しい」と発言。
*「環境への一層の配慮」----調整池の増加分・東工区部分へ淡水湖環境整備事業を実施する。
*「予定された事業期間の厳守」----2003年西工区供用開始・2006年東工区完成予定を、東工区放棄・西工区2006年完成へと実現可能な計画とする。

(4)「潮受堤防・排水門建設事業を諫早湾干拓事業から分離して完成とし、残った事業は小江工区を残して事業中止とする」提案
 しかしこの最悪の見直し案には解決できない問題が残っている。ノリ第3者委員会は閉門調査後の開門調査実施は時期・規模とも未定としていたが11月21日の会合で水門開放の方法について結論を出すと言われている。
 西工区農地・農業用水は調整池淡水化を前提とし、水門開放調査は調整池塩水化を前提としている。従って、西工区農地造成を実施するとするならば農業用水を他にもとめるか水門開放調査が淡水化に支障が出ない調査方法で実施するかのどちらかとなる。干拓地では農業用水不足は構造的な問題で、既存農地の農業用水を調整池に求める動きもあることから他から農業用水を確保することは難しい。また農村振興局は5〜6mあると言われる有明海・諫早湾の干満差に対して、わずか20cmの干満差を調整池内で作り出す限定的な短期開門調査案を提示していると報道されているが、開門調査の目的は失われた干潟を復活させてその機能を発揮させることなのでこれは開門調査とは言えない。

 西工区農地造成を放棄すれば農業用水利用問題は起きず、開門調査に支障がなくなる。地元推進派は農地造成は防災事業についてくる「おまけ」と見ており防災事業が変更されることを恐れて事業見直しに反対し事業完遂を主張している。現在発揮されている防災機能を保障すれば農地造成中止に反対する勢力は農水省農村振興局の数名の役人のみとなる。そこで当「公式資料ページ」では問題を整理して順次実行できる以下の提案をおこなう。

諫早湾干拓事業・環境回復事業・既存農地防災事業に関する提案

提案

諌早湾干拓事業公式資料ページ01/10/27

国営諫早湾干拓事業
<1>潮受堤防・排水門事業を諫早湾干拓事業から切り離す。(潮受堤防工事と内部堤防工事は会計が別で負担割合も異なる別事業)
<2>諫早湾干拓事業は内部堤防・農地造成事業となるのでこれを中止とする。(小江工区については農地造成の方向で中止後に再検討をおこなう。)
 まず、完成して運用を開始している潮受堤防・排水門事業を切り離して、事業の成果を得る。これによってその後に事業の中止や見直しがあったとしても、潮受堤防の持つ機能は既得権として確保される。地元推進派の「事業見直しや開門調査によって防災機能が失われるから事業の完遂を」という主張は不要になる。新事業によって失われる機能の代替措置を求める権利が確保される。地元が求めていたのははじめから既存農地の防災だった。干拓事業を押しつけた農村振興局(旧構造改善局)に責任をとらせるには、農地造成を中止させることが必要。

環境回復事業・水門開放調査
 水門開放調査は環境回復事業の一環として実施する。諫早湾干拓事業が終了していることで、「実施中の事業とのバッティング」というマイナス要因が消滅していることが最大の利点で、全体計画を策定して順次実施することが可能になる。水門開放調査は常時管理水位(マイナス1m)以下と以上に分けて必要な対策を施して先に実施できる方から実施に移す。常時管理水位以下は潮受堤防の内側の補強工事だけで地元推進派との防災協議は不要。常時管理水位以上は海岸堤防の補強や桶門の補修など潮受堤防機能が失われることによる代替措置について事業推進派との協議・了解を得てから実施する。
 排水門新設や潮受堤防開削や撤去なども調査結果によっては将来の可能性の一つとなる。これ自体は前向きの新しい事業として地元に雇用効果を生む。それを実施するには国民の理解・支持が必要でそのためにも、国民世論を無視してきた諫早湾干拓事業にはっきりとけじめをつけておくことが必要。

既存農地防災事業
 旧国営干拓地などは湛水や海岸堤防の老朽化などで大きな被害を受けてきた。これは本来そのものについて対処をする性格のもので佐賀県などがおこなっているような、強大な海岸堤防の整備や強力な排水機場の設置によって解決を図ることとする。開門調査や将来の堤防撤去などをにらみながら潮受堤防防災機能の代替措置も兼ねて実施する。

 ***民主主義の水門を開けよう! 2001/10/27記***


 &.ホームページ開設から3年がたちました

 みなさまのご支援で開設から3年、97/4/14閉め切りから今日で3年半になります。

 変化がないのは変化を見ないからだ。
 亡霊事業となった諫早湾干拓事業

(1)衆院選挙に見る有権者の意識の変化

 2000年6月の衆議院選挙で閉め切り当時の農水相藤本孝雄は「地元に公共事業をもってくる私に投票を」と訴えたが「公共事業は目的ではなく地域振興の手段だ」とした平井卓也候補に破れ、政治的な責任をとらされることになった。閉め切り以後の農水相4名(舌禍事件で数日で辞任し病死した1人を除く)の選挙結果は1当となりこの間の農政は国民によって否定されたことになります。
藤本孝雄・香川1区・島村宜伸・東京16区・落、中川昭一・北海道11区・当、玉沢徳一郎・岩手1区・落)

(2)環境保全河川行政大変化

 長良川河口堰建設を強行した建設省が国民の批判を浴びてその後の河川行政の遂行に大きな痛手を受けた結果、諌早湾締め切り直後の97年6月「河川環境の整備と保全」を法の目的に追加し、河川整備計画に「関係住民意見反映」が求められる河川法の歴史的な改正が行われました。各地で環境に配慮した河川工法、洪水防止の伝統工法が採用され、蛇行部を直線化した河川の再曲線化事業等が計画されています。今後この流れは旧来の河川行政と衝突しながらも各地で確実に拡大していくでしょう。

(3)農地を作るから守るへ農業政策の大変化

 同様に農政も大きな転換期にさしかかっています。
「後継者難による耕作放棄・中山間農地の急激な増加は耕作条件が悪いからでその代わりに青年が将来に希望の持てる大規模優良農地を作る」という諫早湾干拓の事業目的は、農業基本法の審議過程で主張された「農業の持つ環境保全機能の観点から中山間農地は保全する価値があり、そのために耕作を続ける農民への直接支払制度を創設する」という新たな国民負担を求める方針との間において、環境農地に関しての政策的矛盾を招くことになった。
 環境保全に効果のある工法を採用する場合に超過費用分を受益者(農民)負担金に反映させない制度がすでに導入されています。今年になって農水省は「国営干拓事業の廃止既存農地の放棄防止」方針を固め、「農地を作る」から「農地を守る」へ農地政策の歴史的変化が始まっています。またすでに国営農地開発事業(干拓を除く)も地方分権政策とあいまって2003年まで継続中に事業の完了させて新規事業を行わないことが決定しています。加えて土地改良法の抜本改正審議も続いています。
 休止されていた中海干拓事業中止となったのは「作るから守る」新しい方針に沿ったものと言えます。環境を破壊し、長崎県で増加する耕作放棄地による農地減少分を干拓地で補てんする諌早湾干拓事業は今や農政と対立する過去の遺物となっています。

(4)変化のない与党

 与党自民党は都市部での6月衆院選大敗という結果を受けて間髪を入れずに8月に概算予算請求閉め切りを期限とする公共事業見直しを宣言した。しかし、諫早湾干拓事業を見直し対象からはずし臨終状態の事業への最後の政治決断をすることはできなかった。
 与党公明党の神崎代表は諌早湾干拓事業の是非を問う九州比例区候補者アンケートに「分からない」と回答した。
 推進の自民党と「分からない」という公明党の政策には総選挙の民意も農政の転換も反映していない。

(5)示唆に富む中海干拓事業中止の変化

 国営中海干拓事業が8月の与党自民党の公共事業見直しによって中止された。この経緯は諫早湾干拓事業中止へ示唆に富んでいる。すでに長い間休止状態にあったこの事業は地元の委員会が結論を出せずに中止・継続の決断が知事にゆだねられた状況にあった。ここで中止に踏み切るにはクリアーしなければならない以下のような障害が存在した。

●先に地元が事業中止を言い出すと、国から投下資金の原因者負担を求められる。
●農水省が先に中止を言い出すことは、官僚が自分と先輩の仕事を否定することはなるので本来できない。
●中央の政治家が最初に中止を言い出すと、地方の反発を招く。

 まず島根県知事が「凍結」を表明した。「休止」は「再開」を前提にしているが、凍らせたら溶かす保障はない。これでは農水省事業者としての立場がなく承認されないことは承知の上。そして一部の地元選出与党代議士が知事発言を支持するとこの地元の動きをきっかけとして与党自民党が公共事業見直しを表明し地元選出議員の反対を押し切って農水省に中海干拓事業の「中止」を勧告する。そして与党政治家の通告を受け入れて農水省は中止を決定する。県知事は「凍結」は中止ではない、「中止」には反対だといいながら最後には国営事業だから国の決定に従うと表明する。市町村長業界などの地元推進団体は内部から崩れていった形でこれに抗することができず、代替事業の実施を要請するのが精一杯だった。きっかけは地元政治家がつくり、「中止」決断は地元に縁のない亀井静香自民党政調会長つまり政治家だった。それは地元の竹下元首相が死去したことによって可能となったことでもあった。

 きっかけは地元政治家、決断は中央政治家与党幹部、決定は農水省と3者がそれそれの立場を尊重し権限を踏み外すことなく役割を演じきって幕は下りた。誰が欠けてもこの劇は成り立たない。

(6)2001年の大変化

 2001年再び政治の季節を迎えます。参院選と前後して8月には農水省による事業再評価の結果が出ます。
 参院選では衆院選と同じく無駄な公共事業の批判選挙の争点になるかどうかがこの事業の運命を決めることになります。選挙に与える影響があるか選挙の結果が影響されたことになれば諫早事業は中止の方向となります。中海干拓事業の中止が再現されるかどうか。
 この時期を過ぎると次の国政選挙は2003年に干拓地の営農が開始された後になります。地権者の存在は事業中止のためには大きな障害となります。

 政権・政党・政治家の生死を決する選挙に対して影響力を行使できるこの機会を逃すことなく、皆様のご支援と活躍を期待します。

2001年度予算から諌早湾干拓事業予算を削除して事業休止に追い込む。
議員質問主意書で事業再評価への政府の態度を明確にさせる。
参院選立候補者アンケート(政党アンケート)実施
●諫早湾干拓事業賛成候補者への落選運動
●選挙後の当選議員へのアンケート
●2002年度予算からの諌早湾干拓事業予算を削除

 ***民主主義の水門を開けよう! 2000/10/14***


 &.ホームページ開設から2年がたちました

 みなさまのご支援で開設から2年、閉め切りから今日で2年半になります。
 忘れるのは忘れるからです。忘れないようにすればいい。忘れないために人々は碑を建てます。ネット上の「痛恨の碑」がここにあります。

 閉め切り当時の最高責任者は誰でしょうか?多くの国民がこの国営事業を知って、水門を開けムツゴロウを救いたいと声を上げたときに、これに答えなかったのは藤本孝雄農相(当時)です。来年に実施される総選挙で香川県民が審判を下すことを切に求めるものです。また来年4月の市長選に吉次・諌早市長が意欲を見せています。ただ一人残った当時の政治家の選挙結果を注視します。

 諌早市に6億円の被害を与え92000人に避難勧告が出た99/7/23の集中豪雨はこの事業の主目的であった「防災」の効果に大きな疑問を投げかけた。
 大幅に悪化した調整池の水質はいつになっても改善されず、漁業被害が深刻さを増す中、99/9/12諫早漁民が2時間半にわたって排水門放流を実力阻止する海上行動に出た。かって「米の増産」から「諫早淡水湖」へ、「食料」から「飲料水」へと目的が変転した事業をそのたびに中止に追い込んだのは諫早と有明海の漁民だった。「人間の命(防災)」の前に沈黙を強いられた漁民が今回行動に出たことは、水質の悪化による漁業被害が深刻になってきているとともに「防災」という事業目的が説得力を失ったことを示している。

 事業目的の喪失がはっきりする中で、99/9に農水省から6年の大幅な工期延長と120億円の事業費増加の事業計画の変更を通知された金子原二郎長崎県知事は、「もともと2000年に完成するとは思っていなかった」「事業費が膨らむのは当たり前」と発言、2000年度予算も満額計上されることへの自信に満ちているかのようです。そこには事業費を負担し公有水面を提供している国民への配慮がない。

 「無駄な環境を破壊する公共事業のシンボル」であるこの事業は今、内部堤防の建設・農地造成へと向かっている。2001年には九州農政局による「公共事業の再評価」の対象となる。農地造成事業を中止し水門を開ける決定ができるかどうか、国民の関心と意志がそれを決める。

 ***民主主義の水門を開けよう! 1999/10/14***


 &.ホームページ開設から1年がたちました

 みなさまのご支援で、無事1年が過ぎました。締め切りから今日でちょうど1年半です。

 締め切りを実行した諌早干潟破壊の直接の責任者である藤本孝雄農相は去り3人目の農相となりました。そして今また同じ香川県選出の真鍋賢二環境庁長官が名古屋・藤前干潟破壊にストップをかけられるかどうかで注目されています。豊島産廃・諌早ギロチン・藤前ごみ捨て場という現代日本の海の環境破壊の3冠王は香川県民だと言われないように、ここで真鍋長官に踏みとどまってもらいたいものです。

 デンバー・サミット記者会見で、この事業を弁護し世界の評判を落とした橋本首相はすでに過去の人となり、これにとって代わって、事業見直しで活動してきた諌早干潟緊急救済本部の山下代表が、環境のノーベル賞といわれるゴールドマン賞を受賞して世界にデビューを果たした。
 歌舞伎役者のごとく大見得を切ったあの記者会見の姿が、橋本総理の本当の姿を透けて見せてくれた。大見得を切る材料は、自分ではなにも調べていない、農水官僚が操作したデータにすぎなかったからだ。総理官邸にはムツゴロウの漁獲量データーをメールしたのですが、果たしてご本人には届いたのだろうか?

 地元では現在の防災を主にした事業へと舵を切った当時の農相の息子である金子 原二郎長崎県知事へ高田勇知事からバトンタッチが行われた。”この事業には人の命がかかっている”と積極的に発言していた、橋村・大村町長は、知事選出馬の野望を果たせないとなるや、さっさと長崎県議会補欠選挙に立候補していまは県議となっている。

 地元・政府で締め切りの政治の責任者で残るは、吉次・諌早市長ただ一人となった。こうなると政治家達の発言や行政の資料が散逸しないように、保存し、あとから続いてくる若い人たちがいつでもこれを見れるようにすることの必要性はますます高まっていると思います。当ホームページがその役に立てれば幸いです。
 環境についての発言権は、人生80年として余命で見れば、20才に人は60才の人の3倍あります。今年の高校文化祭で、諌早や藤前が取り上げられました。来年も多くの若者が、環境問題に関心を寄せ発言をする姿が見られることを期待しています。

 最後に、環境問題では、自然科学系のみなさんの活躍は目にするのですが、社会科学系のみなさんの活動が見えません。行政・法律・政治・選挙などの各分野で、まるで無法時代かのようなお粗末な状況が目につきます。市民の疑問に答え、状況を改善するための行動と結果にむずびつくような有効な助言ができないのなら、日本の社会科学の存在意義が問われることになると思います。というのも、すべての問題が民主主義のシステムを改善していくことにつながっているからです。若い人たち、とくに法律関係に進む若い人たちの参加を望みます。

 ***民主主義の水門を開けよう! 1998/10/14記***


 &.このホームページ開設主旨

 湾が締め切られた97年4月14日から、半年がたちました。
 大人も子供も多くの人々がムツゴロウを救いたいと声を上げ行動を起こしたのですが、政府・農水省は地元の強い要望があるとして、ついに水門をあけず海水をいれませんでした。こうして、地元の長崎県と諌早市と森山町は、諌早大水害等の水害に対する防災優良な農地の確保を主張して、この国民の声を地元を知らない意見だと批判し、自らの主張を通したのです。

 半年もたつとどんな事件も次の事件にその席を譲り、マスコミから忘れ去られていきます。しかし、関心を持つ人がいなくなったのでもなければ、新しく関心を抱く人がいないわけでもありません。政府や自治体の正式見解やそれへの批判、データー等々の資料的価値のあるものを収録して、自分の力で問題を理解しようとする人の役に立てたいと思い、このホームページを作成します。ご覧になる方には「地元の要望」の本当の姿が見えてくると思います。

 公的な文書は、公式ホームページにいつまでも掲載されているとは限りません。政府、自治体、政党、訴訟関係等を集めようと思います。他にもあるようでしたら、どうぞお知らせ下さい。

(1997/10/14 記)


#3.これからの問題

 今後は次のようなことが話題になってくると思います。

(97/10/14 記、98/1/13,4/23,10/14,12/14,99/6/14,2000/1/12,7/3追記)


ISO-2022-JP
http://www.cityfujisawa.ne.jp/~559-mori/isahaya/