「ふじさわ教育」に藤沢の自然を紹介すよみものを連載しています。

藤沢市教育文化センター発行/「ふじさわ教育」 2004.2 第134号 に掲載)

藤沢自然だより6

自然再生のモデル・大庭地区を例として

引地川親水公園南端に新設された湿地型ビオトープ▼引地川親水公園南端に作られた湿地型ビオトープ

●キーワードはビオトープ&生物多様性

 近年、環境保全、都市整備、教育などの現場において、ビオトープという言葉・概念が注目を集め続けている。これは、地球規模で顕在化した環境問題への関心の高まり、都市化の進行とともに緑地や湿地などが減少し続けていることからくる危機感などをきっかけとした、ある種の反動的な現象と考えることもできる。学校教育の現場においても、総合教育、環境教育の一環として“トンボ池”造りなどの、小規模な創造型ビオトープの整備・活用が盛んに行われるようになっている。

 ビオトープとは、景観を構成する要素である、無機的世界と、生物および人間の世界のうち、後者を指す用語である。一般的には、生物群集の生息空間を指し、生物圏、生息場所の最小の地理的単位として用いられている。また、ビオトープは生物相によって特徴付けられており、地理的単位としての多様性は、そのまま生物の多様性へとつながっている。

 1992年6月にブラジルで行われた「国連環境開発会議」において締結された「生物多様性保全条約」では、生態系の多様性、生物種の多様性、種内遺伝子の多様性の3つを、保全すべき多様性として位置づけている。現在では、野生生物の多様性を保全することが自然保護であると考えられるようになっている。

●ビオトープの保全、復元、創造

素掘りの池 ビオトープ整備の目的は、地域全体の生物の多様性の維持・回復である。このためには、さまざまなタイプのビオトープが有機的に関係しあい、繋がりを持っている必要がある。
 市内に生息しているトンボを例に考えてみたい。

トンボは幼虫期を水中で過ごし、羽化を経て成虫になると活動の場を空中へと移すが、成虫期になってから成熟するまでの間、幼虫期を過ごした水辺から離れる種も多い。餌を狩る場所、休息する場所なども種ごとに多様であり、一日、一年、一生といったライフサイクルを維持するためにはさまざまなタイプの環境が存在し、それらが有機的に繋がっている必要がある。また、幼虫期を流水で過ごすもの、池や湿地などの止水で過ごすもの、年に数回羽化するもの、羽化までに数年かかるものなど、その生態は種によっても実に多様なのである。

▲引地川親水公園内の湿地型ビオトープ近景。

幼虫期のオニヤンマは河川の源流に当たる、湧き水から始まる細い流れに生息し、3年前後を流れの中で過ごす。このため、継続して水量が安定した環境が必要であり、この条件を満たした生息場所では、1年目の小さな幼虫から、羽化直前の大きな幼虫までを同時に確認することができる。このほか、ミルンヤンマ、ヒガシカワトンボ、ヤマサナエなどがオニヤンマと同様、河川の源流に当たる谷戸周辺に生息している。また、下水道の整備に伴い水質が改善されてきた引地川本流では、河川の中流域を生息場所としているハグロトンボが復活しつつある。

土壌中の種子から発生したガマ。引地川親水公園。▼ガマ

現在、藤沢市内で確認できる上記以外の種は、ほぼ全てが幼虫期を止水環境で過ごしている。幼虫期における彼らの生息環境は種ごとに異なる。広く開放された水面を好むもの、植物の多い水辺を好むもの、林縁の半日陰の湿地を好むもの、浅い水深を好むもの、深さのあるため池などを好むものなど、さまざまである。このことから、多くの種のトンボが生息できるためには、多様な環境が連なっている必要があるのであり、多くの種が確認できるということは、地域全体の生物の多様性が保たれていると言い換えることができるのである。

 地域全体の生物の多様性の維持・回復を考えていく上で最も重要なことは、現存する谷戸や斜面緑地、水田などのビオトープの保全であり、その上で、ビオトープの復元や創造を行い、地域の生物多様性を高めていく必要がある。

●事例紹介・大庭遊水地周辺での自然再生の試み

ヤナギの木 藤沢市内において、地域全体の生物の多様性がビオトープの整備などにより高められつつあるのが、大庭遊水地の周辺エリアである。

引地川左岸には河岸段丘の斜面に形成された緑地が南北に連なっており、これらの緑地は保全の対象となり守られている。また、緑地の北端には石川丸山の谷戸、中間部には大庭聖ヶ谷があり、緑地全体の生物の多様性の維持に大きく貢献している。

 大庭遊水地の東側、大庭神社南側の稲荷地区においては10年ほど前から、荒廃した2haほどの斜面が、潜在的・現存的自然植生に配慮した樹種による植樹作業によって森の再生がなされつつある。

▲市民、行政、事業者が共同で整備を行っている稲荷の森。
中学生による散策路整備も行われている。

昨年整備が完了した引地川親水公園内には、大庭地区で活動する自然観察グループと公園整備担当者との意見交換により、湿地型ビオトープが新設された。この湿地は、素掘りで浅い池を造成しただけのもので、水源は周辺の斜面などからの絞り水と雨水のみである。また、土壌はもちろんのこと、他地域からの動植物の持ち込みは一切行われていないが、元々湿地的な環境であったため、土壌中で休眠していた植物の種子が活動を開始し、整備後2年目には、ガマ、ヒメガマ、オモダカ、コナギ、タコノアシなどの湿地性植物に覆われるようになった。動物種としては、周辺の水田などに生息しているトウキョウダルマガエルがいち早く進出し繁殖を行うにいたっており、トンボではクロスジギンヤンマ、アジアイトトンボほか数種類の繁殖も確認されている。

 このほか、以前この連載中でご紹介した引地川や大庭遊水地、遊水地周辺の水田地帯などが一体となり、多様な環境が有機的な連なりを見せ始めている。

●ビオトープ誕生・それからの課題

ビオトープの整備が、都市整備などの町並みの整備事業と根本的に異なる点は、整備完了が準備段階に過ぎないという点にある。経年変化により多様な環境が育まれていき、植物相の遷移が劇的な変化をもたらしていく。事前事後の定期的、定点的な調査も不可欠であり、見守る側には寛容と忍耐でそれらの変化を受け入れる姿勢が常に求められている。

大庭地区のこれからにもご注目あれ。


藤沢トンボ図鑑へGO!藤沢のトンボに関することならこちらを!
藤沢市内で記録されたトンボを紹介している
オリジナルWeb図鑑です。

 


Copyright (C) 2004- shizentuushin annainin トップページへ戻る