天狗岳 山行報告

日 程 2001年1月5日〈金〉夜発〜1月7日(日)
メンバー タニシ、塾長、カネコ

 ♪ わしら陽気な酒飲みトリオぉ〜 誰だ呼んだか知らないがぁ〜  物好きだって言われてるぅ ♪

 21世紀も早々におなじみのメンツ。「土日の休みが続くんだけど、どっか行かねぇかぁ」との 塾長の言葉に「行く!行く!!雪山ね!テントね!うんと寒いところね!」とカネコ。で、やっぱ タニシが入って出来あがり!
 (一応、リーダー山行という名目になっております)
 5日はカネコにとって21世紀初出勤。同夜、新宿を21:00に出発のため、背中に大きなザックが ある出勤となった。(相変わらずの年になりそうです)23:30、茅野駅到着。駅員さんの好意で、 一晩中ストーブが付く快適な駅舎で夜を明かす。
 6日、8:00茅野駅をタクシーで出発。8:30唐沢鉱泉に着き、身支度後、出発。タクシーの 運転手さんも言っていたが、一昨年の2月にこの辺りを訪ねたときよりも、雪が多い。そして好天。 カネコの狙いどおりの登山が出来そうで、思わず顔がにやける。

 西尾根に取り付くまでは、だらだらとした道が続く。ちっとも高度があがらないまま、1時間強が 過ぎる。久しぶりの重いザックなので、リハビリのつもりでゆっくり歩を進める。途中で追い抜いた 身軽な登山者に「重そうなザックだねえ」と声をかけられたタニシ。「これ、見た目だけで軽いん ですよ」と返事。それを聞いたカネコと塾長「譲る荷物ならいくらでもあるけどォ」慌てたタニシは 「君達に言ったんじゃないの!社交辞令、世間体!」と訳のわからないとこを繰り返す。

 尾根への取り付きで、一休み。ここでアイゼン着けるが、塾長の年季の入ったアイゼンが不調。 思えば3年前の丹沢でも不調であったアイゼンを、依然、愛用していらっしゃる。細引きひとつで アイゼンを調整する塾長は、山の中では際立って賢い。(街は…ノーコメント)立ち止まっていても、 風がないのでそれほど寒くはない。見上げる空はどんどん青くなる。ますますカネコの顔がにやけて くる。頭の上には枯れ枝に重たげに積もった真っ白な雪と、その向こうの真っ青な空。やっぱこれが 見たかったんだよねぇ。アイゼンが雪をかむ感触を楽しみながら、徐々に高度を上げていく。  展望台に到着。遠くに中央ア。すぐ近くには赤岳が見える。昨夏のsumi山行で訪れたときは、 あんなに花が咲いていたけれど、いまはすべてが雪の下。白い赤岳と権現岳をのぞむこの場所で、 しばしの休憩。景色は素晴らしいが、風が少し出てきたようだ。長居をすると、とたんに寒くなる。 生温いテルモス入りのお湯を飲んで出発。一度下がって、再び登りへ。ふと見上げれば、天狗岳山頂が 真上に見える。いやぁ、こりゃ急登だわなぁ。けど、今日はピッケルなしで登っていこうと決める。 どんな山でも足を動かしていれば、必ず着くんだ、山頂に!
 で、14:00今回の最高峰、西天狗岳に到着。いつでも山頂は気持ちイイわぁ。
 『宣誓!カネコは今年も出来るだけ高いところに、長時間滞在することをここに宣言いたします。』
 夕日と朝日を堪能するには山頂にテントを張りたいが、風が出てきたし、夜中にテントを押さえるのは イヤだから、タニシ博士の提案を採用し、東天狗岳・根石岳経由で、向かいの林の中をテン場と 決める。さぁて、ここからが大変。西天狗と東天狗をつなぐ稜線は、先程までのルンルン雪山歩きが 一変、過酷な風が吹き荒れる雪山登山に変貌する。諏訪湖方面から吹く風に、体温が一気に奪われる。 慌てて目出帽で顔全体を覆う。あっという間に息で口の辺りが凍りつく。カネコの後ろを歩くタニシも ネックウォーマーと帽子を思いきり引っ張って顔を隠しているので、強盗団が歩いているようだ。 さっきまでの陽気なおしゃべりは消え、とにかく、とにかく、風を避けられる場所に逃げたい。 それだけを念じて歩く。どんな道も、どんな風でも決して足を止めることなく約1時間が過ぎる頃、 やっと目指す林に到着。ふぅエライ目におぉたわ。

 15:30オーレン小屋への登山道横を本日のテン場と決め、地面を平らにすべく、足で雪を 踏みつけるが、サラサラのパウダースノーは、まるで畑を耕しているようで、いつまでもふわふわの 地面。あきらめてテント設営。手袋をした手は、寒さであまり言うことを利かないし、滑ってポールを 差し込むのも一苦労。ふと塾長の耳を見ると、耳たぶがやけに白い。「耳、どうしたんですか」と 尋ねると、おもむろに自分の耳を触りながら「ひょえぇ、耳たぶがやけに硬い。やっ、やばい。皮膚の 色は大丈夫か?黒くなっていないか?」と大慌て。どうやらさっきまでの1時間で、軽い凍傷に かかってしまったようだ。恐るべし、冬山。
 テントに入って、ボンベに火をつけても、身体はちっとも温まらない。この三人にして、お茶を すする。やっと身体が温まってきたところで日本酒を冷で飲む。ブルブルブルッ。せっかく温まった 身体が一気に冷える。冷酒というより、氷水のようだ。胃から暖めようと何口か酒を飲むが、その度に 寒くなる一方。急遽、熱燗に変更。これでやっと人らしい体温を保てそうだ。でもうっかりすると 酒が沸騰してしまい、せっかくのアルコールが飛んでしまう。ここまで担いで来たのだから、美味しく 戴かねばバチが当たる。徐々にスキヤキの夕飯へと突入するが、耳が気になるのと、歩いているとき からヤヤお疲れ気味であって塾長の元気がない。でもタニシとカネコは相変わらずで、にぎやかな テント宴会は続く。昨夜、塾長が夜食にしようと買ってきたマクドナルドのハンバーガーをフライパン と網であたため、今夜の仕上げとなる。なかなかの美味。ちなみに手元の気温計で計測したところ、 テントの外はマイナス15度。火を消した直後のテント内温度はマイナス2度でした。

 7日、4:45には起床の予定が、着込み過ぎで腕時計のアラームが聞こえず5:30起床。天気は上々。 タニシが身を持って凍りから守ったりんご(注釈:この時期テントで寝るときは、翌日凍りついては 困るものはシェラフの中に入れ、体温で凍るのを防ぎます。)や、焼餅などで朝食をすませ、テント 撤収。ふと塾長の耳を見ると人肌に戻っている。良かったッスねぇ。(でも水ぶくれが破れ、ちと 痛そう)7:00テン場出発。夏沢峠・本沢温泉を目指す。昨日の吹き荒れた風は嘘のように静か。 重たげに雪をかぶった枝の下を歩く。本日、右手にはピッケルを握る。ルンルンの雪道を歩くときの 正しいピッケルの使い方、ご存知ですか?そう、自分が通り過ぎた後、振り向きざまにピッケルで枝を 叩き、枝についた雪を後者に降らせるのです。後者はタニシ。十分雪を堪能してくれたようです。 堪能しすぎて暫く、私とは距離を置くようになってしまった程。見晴らしのよいところからは浅間など がよく見え、恒例の塾長による山見分け教室の開会。ちょっと方角が変わるだけですぐに見分けが つかなくなる私にとって、塾長の目は毎度、驚異。(どの角度からも山を見ている程、登っていると いう噂もあるが)
 硫黄の匂いがしてきた9:00本沢温泉着。今秋タニシリーダーの山行に本沢温泉があるので、露天風呂 を見学。道から見下ろすだけで全てが見えてしまう風呂三つ。本沢温泉に参加予定の方、水着を 用意しましょう。男性も着てくれないと、私ですら躊躇します。(もちろん、内湯もある)宿に 生ビールはあるかなど、今秋の下見をしっかり済ませ再出発。
 どんどん高度が下り、昨日震えた稜線がとても高い位置に見えた10:40しらびそ小屋着。いつもの 餌場には、今日もリスやコガラ・ホシガラスが集まっている。これらの動物に逢うためにしらびそ小屋 に滞在している家族あり。こんなのんびりした雪遊びも楽しかろう。(体力が落ちて歩くのが辛く なったら試します。ってことは、かなり先の話)
 このあたりから天気は下り坂に。明日、山中にいても何も見えず、ただただ寒いだけであろうと 思うと、すれ違う登りの登山者を気の毒に思う。(とか何とかいいながら「わたしゃ、景色を堪能 できた!日頃の行いがモノを言うわけさ!」と、ニヤつく。とってもいい性格だと自覚しています)
 ここから稲子湯までは1時間半はかかると覚悟するが、思ったよりスイスイ進んで12:00稲子湯到着。 時間が早いせいもあり、600円で貸切風呂。今日は寒い思いもせず、歩いているときはフリースも 脱いでいたが、湯船に浸かると全身に鳥肌が立つ。身体の芯が冷えていたのですねぇ。いやぁ山の後の 風呂は格別だねぇ。風呂上りのビールはタクシーの中で味わい、途中の乾物屋でオヤジの日本酒一升を 譲りうけ、松原湖駅に向かう。宴会時間延長のため、トコトコ鈍行で帰京するが、東京に近づくにつれ 雪が降りだしたことに驚く。
 寒いときのトコトン寒い山行、やっぱ最高ッス!!

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