当会の歩み
1993年中国上海気功研究所で医療気功を体験し、留学をして中国医学気功を学ぶ。
帰国後気功教室を開講。同時に多くの方々に上海式マッサージ推拿を施術し喜ばれそのよさを実感する。
オーム心理教事件などで気功に対する評判がさがり、気功教室のお客様が激減。
推拿の講習会を行う。
2003年従来の気功の問題点を解決、新たな外気功ともいえるヒーリングタッチを充実させ伝授を開始する。
ヒーリングヨガはのルーツは中国気功ですが現代にマッチするようにアレンジしてあります。
ダイエット気功、美容気功、ストレッチ気功は中国にもありますが、体質に合わせて無理のないものとなっています。
当会の気功についての考え方
気功は中国が発祥地です。古代中国は世界の知恵の中心のような役割をになってきました。火薬、羅針盤、印刷術が世界三大発明と言われていますが中国で発明されて世界に広がったものです。
タオは中国道教の老子の思想です。中国から日本に伝わり日本で定着して世界にひろがったものもあります。禅はその一つです。
達磨がインドから中国に伝えたという禅宗は鎌倉の禅宗の本山である円覚寺、建長寺では今でも古代中国の修行方法を実践しています。中国では武術や気功がのこり禅宗はそっくり日本へ移ってしまった。
今の中国は法輪功事件以降気功に対する政府の規制が続いています。気功治療、気功団体活動は禁止されています。
1990年代中国の気功ブームの時期には、上海気功研究所、北載河気功療養所、北京西苑医院などから世界に気功療法の手本が示され、朝の公園では無数の気功団体が活動していました。
そのまま気功が発展していれば、21世紀は気功治療が人々の健康増進に大きく貢献できたと思います。
しかしながら、中国の気功研究機関と気功治療施設はことごとく閉鎖においこまれました。本屋にあふれていた気功書籍もすべて消えました。
これは文化大革命の時期にもあったことで、中国の歴史の中では何度も起こったことでした。文化大革命の時期は気功だけではなく、仏教、道教などの寺院も破壊されました。貴重な文化財が消えたのでした。
失ったものは大きい。
当会では中国で消えていった書籍を収集し、理論や方法を復元していく作業をしてきました。
その過程のなかで同時に本来進化を続けていくべき気功を普及して共有し、進化させる使命があると考えました。
このようにしてできてきたのがヒーリングタッチに結実しました。
1990年に上海気功研究所で行われていた外気療法では内気を充実させて内気を外気として発放して治療を行うと言う考え方でした。
北京西苑医院では自分がアンテナのようになって自然に存在する気(宇宙の気)を受けて治療をするということが行われていました。
いづれにしても、気を相手に与えて治療するという考え方ですから、自分の気は消耗します。
上海気功研究所の所長であった林厚省は一日3人までしか治療はしてはいけない、治療前後は気を補充しなければならないと著書に書いています。
施術者が消耗してしまう方法を続けていったらどうなるでしょうか。
補充がまにあわなければ、枯渇してついには死んでしまいかねません。
治療家の間では何年か気功治療を続けていると体調をくずすとか邪気をもらってしまったとかよく聞きます。
なんとかならないものかと10数年間試行錯誤を続けてきた結果、新たな気功外気療法としてのヒーリングタッチにたどりつきました。
7年間のヒーリングタッチの実践の中で、施術者の気は消耗しない、長期にわたる訓練をしなくても、ヒーリングタッチのエネルギーを受けて、方法の手順を練習すれば誰でもできるようになるということがわかりました。
西苑医院は気功科はなくなって按摩科に変わっていますが、ほそぼそと外気療法は続けられています。その見解でも気はだれでも出せるというようになってきていました。
外気療法が一部の厳しい鍛錬をした者しかできなかったと言われていたが、誰でもできるものに変わってきた。さらに、気を消耗しないでできるようになったわけです。
古代中国では栄養がいきとどかなくて病気になったり暑さ寒さ湿気などによって体調をくずしたりしていましたので、エネルギー的にみると不足によるものが多かった。したがって補うことに重点がおかれた。
気を補うことによって病気に対処するのがあたりまえとなります。
しかし、現代の日本人の生活は快適な家でのエアコンがある居住環境、飽食といわれるほどの十分な食料にかこまれています。もちろん現代でもなお世界では住宅、食料が不足している地域は多いわけで、先進国だけのことになりますが。
そういった食べすぎの栄養過多の人に対しては補充ではなく減らしてやらなければならないことになります。
中国医学では不足していることを虚という補しなさいといい、多すぎるものを実といい瀉しなさいといっています。
1990年代まだ中国では貧富の差が大きく、栄養がゆきとどかない人たちも多かったわけですから補することが必要だったと思われます。
従来の外気功は補 ヒーリングタッチは瀉
わかりやすい例をあげれば、下痢のときには補、便秘のときには瀉ということになります。
1993年の中国で発行された気功雑誌の記事に上海気功研究所の所長の見解として今後外気療法を宣伝はしていかないという論文があります。気功の流行を利用した金儲けが横行し、暗示の効果を気功効果と言っている風潮がでてきた。
当時、中国全土に気功熱が高まり、マスコミにも取り上げられて有名な気功師が世にでてきます。超能力気功師がレンガに指で穴をあけたり、ビンの中のものをふたをとらずにとりだしたり、透視や念力なども気功として紹介されたりします。
なかには実力以上に報道されて、難病を簡単に治すとか、教祖のようにまつりあげられることも。
会員数も数千万人という気功団体もあらわれてきます。そのなかには、マジックの手法を使う手口もあらわれ、暴露本もベストセラーになってきます。