エッセイ 「生の始めに暗く」を読んで 



 このエッセイは1989年6月20日に発行されたNHKの驚異の小宇宙、人体、消化吸収の妙に早坂 暁さんが寄せられたものです。1990年前後ビデオシリーズ化された折書籍とともに買い揃えた。腸内細菌を業としていたから欠くことのできない大切な教材と考えてのことだった。その後必要に応じて随分と役立ててきた心算でいたが大切な部分の読みのこしがあることに気づいた。

 早坂 暁さんは日本の代表的な放送作家である。代表作に「天下御免」「冬の桃」「事件」「夢千代日記」などがある。インターネットで検索してみるととても遅筆な人で関係者泣かせとあった。それでも依頼が多いのは早坂さんの手にかかるとドラマに命が吹き込まれるからだという。

 早坂 暁さんは1929年生まれだから現在75歳になられるのだと思いながら、これまでになんと3度にわたる重い病歴をもたれていることにも驚かされた。また自動車に乗っていて、激しく追突され、そのショックで嗅神経が切断されて嗅覚をまったく失ってしまったと言う。

 最初は早坂さんが52歳のときの話だと思う、胃潰瘍で胃の4分3を切除されたとき、医学の進歩を思うより、生体の不思議さを感じられたと言う。タテ17センチに及ぶ傷はところどころを手術の段階で縫い合わせたものの、接合は生体がもつ力によって見事におこなわれていることに目を向けておられる。

 また、次の言葉で「医学は生体の回復力のほんの手伝いをしているにすぎない」と執刀医の謙虚さにも目を向けられている。


 このあと自動車事故で嗅覚を失う。か細く、白い嗅神経はどんな最新の科学技術をもってしても、人工的に作ることはできない。無臭になってみて、はじめて食事のおいしさは味覚だけで支えられているのではないことに気づかれたとおっしやっておられる。食欲はいちじるしく低下、ついでながら性欲まで低下したとも。そして匂いを感じることなどしごくあたりまえのことと思っていたが、失ってみてはじめて、嗅覚は素晴らしく精妙な機能であったと痛感したとも言っておられる。


 そしてさらに、心筋梗塞になる。心臓にある三本の冠状動脈のうちの一本が完全に詰まった。もう一本の動脈も97%が詰まっていたが奇跡的に自力でバイパスを作っていた。詰まった場所から必死に抜け道を求めて、10本近くの毛細血管が伸び大迂回して心筋の下部に繋がっていたという。この自力バイパスの御蔭で心停止しないですんだと・・・。「それにしても、それまでは心臓などは眠っている間も自動的に働いてくれる存在で、その素晴らしい機能や活動ぶりは念頭にもなかった。こんな夢のようなエンジン万人のエジソンがいたって作れはしない」といっておられる。


 そして胆嚢癌になる。胆嚢の機能についても書かれているが「まあ、知れば知るほど人間の体の、素晴らしい機能に驚くばかり、また、それを知らずに生きてきた自分の無知にも驚いてしまった」といわれている。癌との対峙が始まる。そんななか「死の瞬間」という本について説明されているアメリカのエリザベス・ロスいう女医さんが数百人の末期癌患者が、どのようにして死にいたるか報告した本である。また、幼いころ生家にあった「三世相」という分厚い本についても書かれている。そして「私は肉体の一部を失うたびに、人体の驚嘆すべきメカニズムに言葉を失った。こともなげに呼吸しているが、そのこと自体が奇跡的な機能なのだ。歩くこと、見ること、笑うこと、そして考えること、途方もない仕掛けが作動している」。おわりに空海について語っている。

 「空海は自分の死をあらかじめ予告して、断食に入った。3月21日、その予告した日がきた。高野山の御影堂に集まった弟子たちは、死を直前にした空海に向かって、「お言葉を」と口々にねだった」。

 「もう空海は目前に死を見ているのだ。死を見ているその人に、言葉を欲しいとねだったのである。空海は最後の言葉を弟子たちに与えた。
 『生まれ、生まれ、生まれ、生まれて、生の始めに暗く、死に、死に、死に、死んで死の終わりに冥らし』 しかしこの言葉をどう解したらいいのか、空海によれば生まれる前も死んでのちも、永劫に暗闇が広がっているのだ。生きているその間だけが、ぼうと明るく輝いている。それは前の永劫、先の永劫の闇の中では一瞬に近いのだろう。つまり、生の輝きは、一瞬、その前後は永遠に冥い。暗いのが普通なのだ。生きて輝くのは、それ自体が非常にして奇跡なのであった。そのことに気づかず、傲慢に生きている人間をどうするか」と結んでいる。

   私はこのエッセイを読んで深く感じ入ってしまった。なんと瑞々しい感覚を持っておられるのだろうかと共感と畏敬の念を禁じ得なかった。数々の重篤な病のなかで人体機能の素晴らしさを謳歌さえしておられる。微塵の暗さも感じないのはどうしてだろう。 私も腸内細菌に出会えた御蔭で人体機能の素晴らしさを20年に亘って学んできた。

   腸内細菌を学ぶことは人体機能、つまり、身体の仕組みを学ぶことと言っていい。このエッセイに出会えずじまいにならなかっことをとても幸運と思っている。


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