「豊かさは 自然の中に隠れている」
 
  1982年の10月も終わる頃、アメリカの西海岸をフロリダのオーランドからカナダ国境に近いシアトルまで7つか8つの都市を仕事で訪れたことがあった。
 
  旅も終盤に近い頃、シアトル空港からバスでカーネイションファームに向かう車窓から目に映る景観になんとなくなつかしさを感じた。これまでは西海岸の乾燥地帯、そして平坦地だ。目に映る緑も明るい緑、今見る緑は暗色の緑だ。山も迫っている、景観に慣れてくると草木の種類も、少し針葉樹が多いくらいで日本とほとんど変わらないように思えた。

  一日中細かい雨が降っていたが、ガイドの案内でこれから雨の季節に入るとのこと北米にも雨季があることを初めて知った。樺の木立をぬってファームの前でバスが停まったが、雨で見学はとりやめになった、車窓から見るファームは樺の木立のあいまに三々五々見えるホルスタイン種の白と黒の模様が印象的だった。カーネーションファームと聞いていたので、もっと近代的な設備が整っているのかと想像していたが、アメリカの開拓時代はきっと、こんなんだったのではないかと、雨にぬかるんだ地表を眺めながら勝手に解釈していた。
 
  少し時間があったので、ボーイングの工場を見渡せる場所を通って、郊外のレストランで小休止することになった。 空港から、バスにのりかえて以来、初めて触れる外気は、凛としてとてもこころよかった。

  ペプシコーラのセールスマン時代横浜の伊勢崎町界隈にタコマホテルという小さなホテルがあった。その名前の由来をお尋ねした時、それは、それは美しい北米の町の名前ですよと答えられた。ホテルのオーナーの住まいがタコマにあることから名付けたという。そんなことを思い出しながら、雨上がりの澄んだ空気と郊外の透明感に満ちた風光に、まだみぬタコマの美しさを重ねていた。タコマ、シアトル、バンクーバー、は気候や、地形、また海流などのうえでとても興味深いところだ。自然の力の大きさ、そのしくみの巧みさに驚かさるひとつの例がジョンストン海峡だ。ジョンストン海峡は無数の入り江が内陸に向かって、深く深く入り込んでいて、見事な樹林帯を形成し、さまざまな生き物達の繁殖地になっている。

 豊かな海の秘密は樹林帯と豊富な地下水の関係にある。そこにすむさまざまな生き物たちの排泄物を樹林帯が永い時間をかけて堆積させた腐葉土とともに、豊富な地下水によってその成分を海に押し出すようなしくみになっている。成分つまり大量のミネラルが海に流れ込むことによって、プランクトンの大発生がおこる、プランクトンは小さな魚たちの餌になる。それからは自然のならわしで、その小魚をニシンが、ニシンを鮭が、イルカ、ひいてはシャチ、鯨が回遊する豊かな環境をつくりだしている。
 
  日本の三陸沿岸でも漁場の再生力を高めるために、森林の整備がかかせないことから漁業者が中心になって森林整備に努めているという報道番組を見たことがあった。それでも人間はまだまだ自然からほんの少ししか学んでいないのではないかと、ふと思った。まだまだ自然のなかには、目をみはるような素晴らしいしくみが隠されているように思えてならない。

  きっと若い人たちの中にも、同じ見方をしている方たちが、たくさんおられるだろう。そのようなひとたちによって、自然は私達になにをしてほしいのか、ひとつでも、解るようになれば、隠されている自然のたくみさも、私達の目の前にその全貌を現すのではないだろうか。見えるものより、見えないもののなかに、私達の明日の活力となるものが隠されていると思われてしかたがない。人生の目的とはさまざまなかたちで隠されている未だみぬ宝の覆いをひとつひとつひらいてゆくことではないかと思う。

 幼い頃、まわりがうるさがるほど、なぜ、どうして、を連発してきた。いつしか、そう思っていても、そういうことをいわないのが大人といわんばかりになってしまう、なぜ、どうして、をもっと思いつづけよう。そうしたら見えるものが変わってきて、自分が今なにをしなければならないのかと考えるまえに、進む道が不思議に向こうからやってくる。目に見えないもの、その不思議さに心をひらいて向かいたい。