「善玉・悪玉で分ける考え方」




 血液の一成分であるコレステロールや腸内細菌のもつ特性をもとに善玉、悪玉という仮の呼称に置き換えて説明している文章をよく見ることがある。難しい内容を分かりやすくするために使っているのであろう。善悪に分けるととりあえずは話が分かりやすくなる。一般的に人間がいう善悪は大方の場合、自分にとって都合がいいか悪いかがその判定基準になっている場合が多いのではのではないのだろうか。コレステロールや腸内細菌でいう善玉悪玉も話を分かりやすくするための便宜上の呼称、人間の都合にあわせて作りだされた言葉と言っていい。コステロールで悪玉といわれるLDLコレステロールももとはといえば血管をかたち造っていくための原材料だ。もしコレステロールに変換される原材料が極端に少ない食生活を強いられたときなどはLDL「悪玉」が「善玉」と呼ばれるように変わるかもしれない。LDLを「悪玉」と呼べるのはまさに豊かな食生活の中にある証拠のようなものだ。 

 だからLDL「悪玉」を善玉と呼ぶような時代がこないことを願うばかりだ。
 HDLコレステロールを善玉と呼ぶ所以は、LDL「悪玉」は肝臓から血液とともに身体の組織におくられて血管壁などに居座りを決め込んで血液の流れを悪くしたり血管を塞いだりする。それに比べHDL「善玉」は送り出された肝臓に再び戻ってくる。それだけでなく身体のさまざまな部位に、居座りを決め込んだままの、LDL「悪玉」おも、引き連れて肝臓に戻る性質をもっている。肝臓に戻れば代謝という血液再生の機会につながることから、模範生的な因子、人間の身体にとってはよく出来た孝行息子のような存在といえる。HDLが多いことはまた長命につながるという。

 一方腸内細菌のありように目を向けてみると、生物一般の特性みたいなものが分かってさらに興味をそそられるかもしれない。腸内細菌の種類は約300、数は100兆個にも及ぶという。まさに天文学的な数の腸内細菌たちが私たちの身体を宿主にして棲息している。人体内部を指して小宇宙というのもうなずける。腸内細菌の説明にあたってもいつからかよく善玉、悪玉、菌という表現が多くされるようになった。

 ところが腸管内部では善玉菌も、悪玉菌も第一位を占めていない。数の上で第一位を占めているのは日和見菌(ひよりみきん)なのだ。この日和見菌たちは常に、善玉菌群、悪玉菌群どちらが優勢かに注目している。そして常に優勢なほうに加担する性質をもっている。派閥の領袖が自分の出番がいつ来るのか虎視眈々とそのときを狙っているような趣がある。常に優勢な方に加担する性質などなんとも人間世界のようで、けなげで愛らしい菌たちだと思えたりするから不思議だ。腸管内の
ホメオスタシス(*1)の鍵も、その他大勢の日和見菌「無党派層」の動向が決め手になる。言い換えれば腸管内も勢力争いの修羅場なのだ。なんらかの理由で善玉菌群の勢力が落ちるとすかさず悪玉菌群が日和見菌群の支援を受けて自分たちの天下をつくるのである。二大政党による政権交代になぞらえることもできるが、違うところは、悪玉群が優勢になると、生命の維持が難しくなり場合によっては死に至ることだ。心配事があって一夜にして円形脱毛症になったり、抗がん剤投与の副作用で脱毛がおこる。腸管内の環境の激変がそのまま身体の外側にも現われる。腸内細菌は「くやしいー」と歯軋りするだけで5%が死ぬといわれている。腸内細菌が私たちの腸管内にそれぞれの形で100兆個も存在する理由はそれほどに弱い存在ゆえに膨大な数を必要としているのかも知れない。心のありようがそのまま身体につたわってゆく。「ヘルス・アンド・マインド」心身一体という証明なのだ。

 善玉菌を代表するさまざまな乳酸菌、乳酸菌といえば赤ちゃんの甘酸っぱい肌のにおいを連想するさわやかなイメージ。若いときに多く、年をとるにしたがって減っていく乳酸菌。逆に年を重ねるほどに増えていく乳酸菌もある。その乳酸菌が増えるから老化するのか、老化防止の目的があって増えているのかは、今はまだ分かっていない。

 悪玉菌の中には、ガンを引き起こしたり、強い血圧上昇作用のあるチラミンを合成する菌がいる。中にはビタミンB1を分解して栄養障害を起こすものもいたりする。

 ところが悪玉菌の存在によって摂取した食物を腐敗させたり分解させたりして役立つ働きもしているのである。こうしてみると簡単に善玉、悪玉と画一的には分けようとしてもどこで線引きをするかとても難しいと思う。一見するとコレステロールと腸内細菌との間には何の関わりもないように見えるかもしれないが、実際には大いに関わっているのだ。

 ある種の球菌の多い人は、コレステロールが少ない。また同種の菌の少ない人はコレステロールが多いということがすでに明らかにされて久しい。腸内細菌が脳の活性にも深く関わっていることも明らかにされている。若いときは一般的に見て腸内細菌がいい状態で定着していると見ていい。しかし若い人たちの中には好ましくない食習慣を知ってか知らず続けている人も多いという。こうした習慣がいつしか腸内細菌のバランスを崩す。はじめは崩れ方も小さいから復元力も働く、ストレスや加齢は誰も避けられない。人生のここ一番というときに耐えられる身体にしておくためには、腸内細菌のバランスをとることだと思う。この仕事をライフワークとして間もなく20年になるが若いときから、腸内細菌と身体のしくみを知ることは、畏怖する存在のあることを知ることとともに大きな宝だと思う。




(*1)ホメオスタシスとは…?
ストレスになりうる外界の環境の変化に対して、生体を安定した恒常的状態に保とうとする仕組み。哺乳類の場合、神経・免疫・内分泌(ホルモン)の相互作用によって維持されている。





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