クイーンの定員 #030


ロムニー・プリングルの冒険
The Adventures of Romney Pringle

クリフォード・アッシュダウン
(R・オースチン・フリーマン&ジョン・ジェームズ・ピトケアン博士)
Clifford Ashdown
(R. Austin Freeman & Dr. John James Pitcairn)

ウォード、ロック 1902年
London: Ward, Lock


Ward Lock 1st edition
(Red Cloth)


「同書はファンファーレも万歳の声もなく出現した。実際に何部が印刷され、販売されたかは明らかでない。が、この一文を草している時点では、わずかに六部の初版本の所在が知られているにすぎない。」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 『クイーンの定員』の多くは稀覯本と呼ばれていますが、そのなかでもVictor L. WhitechurchのThrilling Stories of the Railway(QQ#51)と並んで極めつけの稀覯本とされているのが本書です。赤と青の2種類のクロースがあることが報告されていますが、ロムニー・プリングルの横顔が表に描かれた青クロースが書誌学的には真の初版本とされています。赤クロースはPresentation Copyのようなもので、クイーンが所有していた元フリーマンの私蔵本はこちらのタイプです。クイーンは現存六部と言っており、フリーマン研究家ノーマン・ドナルドソンは八部まで確認していますが、実際はもう少し存在しているようです。1968年に米Oswald Train社からリプリント版が出て以来、テキスト入手は容易になりました。
 クリフォード・アッシュダウンがR・オースチン・フリーマンとジョン・ジェームズ・ピトケアン博士の合作ペンネームであることは言うまでもありません。フリーマンがその名で作家デビューする前に監獄の嘱託医をしていた頃、同じ嘱託医だったピトケアン博士と知り合ったのです。クリフォードがフリーマンの住んでいた宿屋の名で、アシュダウンがピトケアン博士の母方の性だった話も有名です。彼らが創造したロムニー・プリングルはいわゆる怪盗で、時には探偵役もこなしながら見事な盗みぶりを披露してくれます。


収録短編

アッシリアの回春剤
−The Assyrian Rejuvenator−
出版代理人のロムニー・プリングルは、ある老人がレストランに忘れていった手紙から、「アッシリアの回春剤本舗」という店が怪しげな回春剤を取り扱っていることを知ります。早速プリングルは変装をして店を訪れ回春剤を手に入れますが、それが何の効果も無いことをすぐに見破ってしまいます。そこでプリングルは告訴を匂わす手紙を店主に書き、彼を店から逃走させてしまいます。本短編集で紹介される物語は、ロムニーなる人物が生前に書き溜め、彼の死後に遺稿管理者によって出版されたものであることが冒頭で明らかにされます。プリングルが変装を繰り返して店舗の利益をまんまと盗む様がおもしろおかしく描かれています。
外務省公文書
−The Foreign Office Despatch−
ロムニー・プリングルはクラブのカジノで外務省に勤めるレドマイルという男と知り合います。レドマイルに誘われ彼の自宅を訪れたプリングルは、彼が寝込んだすきに外務省の封筒や用箋を盗んでしまいます。そしてプリングルが作った偽の公文書が公表されるや否や、株式が大暴落を始めるのです。カジノと株という二つのギャンブルをうまくミックスさせています。
シカゴの女相続人
−The Chicago Heiress−
大英博物館の閲覧室でシリングハマーという名の男が残した吸引紙から、彼が脅迫状を書いていたことをロムニー・プリングルは知ります。シリングハマーが脅そうとしている相手はランディ侯爵という貴族で、近々シカゴの億万長者の娘と結婚することになっていました。脅迫内容は、ランディ侯爵の父と兄二人は不慮の事故で死んだのではなく、三人とも自殺だったとする証拠があるというもので、現金千ポンドを要求していました。執念になって吸引紙から脅迫状の内容を推定しようとするプリングルの姿が原書には挿絵で描かれており、ちょっと滑稽です。
−The Lizard's Scale−
ロムニー・プリングルはコートブリッジと呼ばれる男と見間違えられたことから、その男の友人であるウインドラッシュ氏にまつわる話を耳にします。ある日、ウインドラッシュ氏の腹違いの弟ペルシーが現れ、ウインドラッシュ氏と同居を始めます。そしてその六ヵ月後、ウインドラッシュ氏は突然精神病院に送られてしまったというのです。気になったプリングルはウインドラッシュ氏に会いに行きますが、特に精神がおかしいようには見えませんでした。プリングルが探偵と泥棒の二役を演じます。
−The Paste Diamonds−
前作でロムニー・プリングルに助けてもらったウインドラッシュ氏が、今度は彼のいとこの相談で会いに来ます。ウインドラッシュ氏のいとこは千ポンドを工面するために、先祖伝来の家宝であるダイアモンドを宝石商に売ってしまいます。そのことを夫に知られたくなかった彼女は、宝石商に偽物を作らせますが、運悪くパーティーの直前に中央の石が取れてしまいます。彼女は仕方なく千ポンドの小切手を担保に本物のダイアモンドを宝石商から借りますが、パーティー終了後に紛失してしまうのです。前作の続編で、ウインドラッシュ氏の弟ペルシーが再び姿を現します。一石二鳥を狙うプリングルの盗みぶりが痛快です。
−The Kailyard Novel−
ロムニー・プリングルのもとに名ばかりのはずだった出版代理人としての仕事が突然舞い込んできます。それはある牧師から依頼で、外出中の代理人を探す広告を新聞に載せて欲しいというものでした。その牧師の住む町に高価なダイヤモンドを所有するインドの王子が現在滞在していることを知ったプリングルは、偽名を使って牧師の代理人を自分自身が引き受けます。ダイヤモンドをまんまと盗んだプリングルに予想外の展開が待ち受けており、大胆不敵なはずの彼が狼狽してしまいます。最もアクションを取り入れた作品です。
『ハヤカワ・ミステリマガジン』1975年1月号収録作品
「アッシリアの回春剤」

『クイーンの定員U』(1992)各務三郎編(光文社文庫)収録作品
「外務省公文書」

『シャーロック・ホームズのライヴァルたち@』(1983)押川曠編(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
「シカゴの女相続人」

Ward Lock 1st edition
(Blue Cloth)
Presented by Mr. Lars Lovkvist

Train 1st edition in USA