クイーンの定員 #033


アディントン・ピースの年代記
The Chronicles of Addington Peace

B・フレッチャー・ロビンスン
B. Fletcher Robinson

ハーパー 1905年
London: Harper


The Battered Silicon Dispatch Box
Reprint in USA

「この物語はシャーロック・ホームズの公式を真似ているという意味において、正統的なものである。」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 A・コナン・ドイルがその友情の証しとして『バスカヴィル家の犬』を捧げたことで有名なB・フレッチャー・ロビンソンですが、残念ながらそれ以外の事でB・フレッチャー・ロビンソンの名を聞くことはほとんどありません。
 1998年に出版されたThe Battered Silicon Dispatch Box版The Chronicles of Addington Peaceの前書きによると、B・フレッチャー・ロビンソンは1872年生まれの英ジャーナリストで、1900年に南アフリカから帰る船でA・コナン・ドイルと出会い、その後二人は友人として仲良く付き合っていたようです。
 B・フレッチャー・ロビンソンが創造したアディントン・ピース警部を主人公とした短編は1904年にイギリスの雑誌に掲載され、1905年に単行本化されます。しかしこの単行本は大変な稀覯本となり、長らくピース警部物を読むことは困難な状況が続いていました。そして一世紀弱も経った1998年にThe Battered Silicon Dispatch Boxが同書を再版し、やっと多くの人が読めるようになったのです。この再版書には雑誌掲載時の挿絵も入れられており、目でも楽しめるようになっています。
 スコットランド・ヤードのアディントン・ピース警部は、三十五歳近辺と若く、背は小柄で、髪は茶色で短く刈っており、髯はありません。ワトスン役となるのは画家のフィリップ氏で、全ての物語はこのフィリップ氏の一人称として書かれています。エラリイ・クイーンが述べているようにホームズ=ワトスン形式を取っており、ホームズ譚より推理の過程がしっかりしており、黄金時代に近い内容となっています。


収録短編

−The Story of Amaroff the Pole−
スコットランド・ヤードのアディントン・ピース警部がフィリップ氏の自宅を訪れ、二時間前に絞殺死体となって発見された彫刻家らしき男性の身元確認を依頼します。フィリップ氏はその男性が芸術家クラブで出会ったアマロフという名のポーランド人であることを認め、アマロフはネロ帝の胸像を展覧会に出品していたとピース警部に伝えます。その後、アマロフはニヒリストを監視するロシアの機密機関員であることが判明し、アマロフはニヒリストによって殺害されたと警察は考えました。ピース警部とフィリップ氏が出会う作品であり、最後にピース警部はフィリップ氏を大事故から危機一髪で救います。
−The Terror in the Snow−
フィリップ氏はノーフォークにあるスティーン男爵の屋敷で数人の客と共にクリスマスを過ごすことにします。かつてその屋敷では、クリスマス・イヴに主人の息子がオオカミに襲われて死ぬという不幸な出来事があり、フィリップ氏が滞在しているその日も屋敷で何か起きるのではないかと滞在者の間で噂されました。そしてその通りにスティーン男爵自身が殺害死体となって発見されるのです。アディントン・ピース警部は犯人が返り血を浴びていることを確信し、その証拠を探します。不可能犯罪物では無いですが、雪の状態からある推理が導かれます。
−Mr. Taubery's Diamond−
ジュリウス・タウベリー氏が病気療養でイギリスを離れることになり、彼の自宅で友人達を招いた送別会が開かれました。その席上、タウベリー氏は最近手に入れたばかりの高価なダイアモンドを出席者に披露します。ところが、出席者が順番にそのダイアモンドが見て回している間に、ダイアモンドはいつの間にか偽物に代わってしまったのです。その場で全員の持ち物検査がなされますが、本物のダイアモンドは見つかりませんでした。場面転換が多く、テンポもいいですが、真相には少し不満が残ります。
−The Mystery of the Causeway−
ある夜、エアリー・ホールに住むアンドリュー・チェイン卿が銃で撃たれて死んでいるのが発見されます。チェイン卿は庭園にある池へと続く砂利道で倒れており、その場から逃げ去ろうとした不審な男が駆けつけた警察官によって逮捕されます。捜査に当たったアディントン・ピース警部はエアリー・ホールの管理人から、最近アヒルがキツネに襲われる事件が起きたことと、数日前に不審な人物が付近にいたことを聞き出します。銃を撃つトリックが判明した後に、意外な展開を見せます。
−The Tragedy of Thomas Hearne−
ある日ジャック・ヘンダーソンは一人の男性から金銭と引き換えにジュリアス・クレイグというギャングの脱獄を手伝って欲しいと持ちかけられます。クレイグはダートムアにある牢獄に入っており、ジャックは脱走したクレイグを三十マイル離れたトーキーまで連れて行くことを任務とされました。ジャックは牢獄の状況を知るために近くのインに泊まろうとするのですが、そのインにはもう一人別の男性も宿泊しており、その男性も不審な行動をしていたのです。回想録という形を取っており、アディントン・ピース警部の性格を知る上で重要な作品です。
−The Vanished Millionaire−
英米両国でビジネスを成功させた億万長者シラス・フォード氏の姿がある夜忽然と消えます。その日フォード氏はハンプシャーにある邸宅で過ごしており、夜11時15分には寝室に下がっていました。深夜、ロンドンから緊急の電話が入り、秘書がフォード氏を呼びに行くと、寝室にフォード氏の姿は無かったのでした。召使達は邸宅周辺を捜索し、積もった雪の上にフォード氏の足跡を発見します。その足跡は芝地を横切り、公道との境にある壁まで続き、そこで途切れていました。足跡から推理を行うことのかなり先駆けではないでしょうか。
−Mr. Coran's Election−
州議会議員に立候補しているジェームズ・コラン氏の元に脅迫状が届きます。そこにはコラン氏が学生だった頃に酒酔いで警察に逮捕された記事が載った古い新聞紙が同封されており、その事実を公表されたく無ければ金を払うよう要求していたのです。コラン氏は脅迫状が指定した通りに金を払いますが、その後再び追加の金を要求する脅迫状が届き、ついに警察に通報することにしたのです。選挙演説時に躊躇するコラン氏をそっと後押しするアディントン・ピース警部がかっこいいです。
−The Mystery of the Jade Spear−
ミス・シェリックと婚約したボイン氏は、その事実を伝えようとミス・シェリックの伯父で彼女の後見人でもあるバルストロード大佐を訪れます。しかし、大佐はこの婚約に反対し、ボイン氏は大佐と激しく言い争いをした後、屋敷を去ります。その数十分後、大佐が拳銃を手に外に飛び出して行き、直後に大佐の叫び声が響き渡ります。執事達が駆けつけると、大佐は胸を長いヤリで刺され路上で死んでいたのでした。アディントン・ピース警部による非常にロジカルな推理が展開されます。