クイーンの定員 #034


都市の略奪品
The Loot of Cities

アーノルド・ベネット
Arnold Bennett

オールストン・リヴァーズ 1905年
London: Alston Rivers


Oswald Train
Reprint edition

「探偵の名はセシル・ソロイド、<歓びを探し求める>百万長者である。ソロルドの性格づけは興味深い――犯罪学者と興行師とロビン・フッドの結合である。」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 著者アーノルド・ベネットは1867年生まれのイギリス人ジャーナリストで、1903年にセシル・ソロイドの冒険譚を英Windsor Magazineに発表します。同冒険譚は、1905年に英Alston Riversから短編集として出版され、1972年には米Oswald Trainから復刻版が出版されました。今ではインターネットで六編のテキスト全てが入手できます。(http://gaslight.mtroyal.ab.ca/abennett.htm)
 主人公セシル・ソロイドは若い独身の億万長者で、父親から六百万ドルの遺産を受け取った後、アメリカ・ニューヨークからイギリスに渡ってきます。暇を持て余すセシル・ソロイドはベルギーやアルジェリアを旅し、行く先々で大金を消費しながら様々な<歓びを探し求めます>。その使い方は尋常でなく、目的を達するためであれば何万ドルものお金をそこに注ぎます。ところがそれが全然いやらしくなく、粋で、おしゃれで、実に爽快なのです。時には人を騙して大金を搾取することもありますが、それは相手を懲らしめたり、困っている人を助けたりするためで、自分の利益など考えていないのです。
 セシル・ソロイドには従順な執事レッキーがそばにおり、女性ジャーナリストのイヴ・フィンキャッスルと女優のキティ・サートリアスも冒険譚のレギュラー・メンバーになっています。後にセシル・ソロイドはイヴ・フィンキャッスルと恋に落ち、婚約するに至ります。
アーノルド・ベネットはこの六編を二ヶ月の間に書き上げたそうで、最後の三作品を書くにはたった十二日間しか要しなかったそうです。


収録短編

千金の炎
(別題:百万長者の略奪)
−The Fire of London−
コンソリデイテッド・マイニング・インベストメント・コーポレーションの代表取締役であるブルース・ボウリング氏は、匿名の人物から今晩自宅に強盗が入るという脅迫電話を受け取ります。恐怖にかられたボウリング氏でしたが、直後に妻から高級ホテルのレストランで食事をしたいとの電報を受け取り、気分を変えてホテルへと向かいます。しかし妻はレストランに現われず、今度はウェイターを通じてホテルの会員制クラブで待っていると連絡してくるのです。妻の行動に怒りながらボウリング氏がクラブに行くと、そこにはセシル・ソロルドという若い億万長者が待っていました。セシル・ソロルドはボウリング氏の会社が経営破綻しているにもかかわらずボウリング氏自身は巨額の富を得ていることを指摘し、五万ポンドを要求してきます。正義なのか悪なのか、<歓びをもとめる百万長者>セシル・ソロイドの行動理念を最も的確に表現した作品です。
−A Comedy on the Gold Coast−
九月中旬のある夕暮れ時、ベルギーの街オステンドにあるテラスで二人の億万長者が会話をしています。若い方はセシル・ソロルドで、もう一人はドライ・グッズ・トラストの社長シメオン・レインショアーでした。二人はシメオンの娘ジェラルダインの結婚話をしています。ある日、ボクス・ローリーという青年がジェラルダインとの結婚を申し出てきたので、シメオンは結婚の条件として五十万ドル持ってくるよう要求します。しかし若いボクス・ローリーはそんな大金を払えず、自分は金持ちの叔父の相続人であるとだけ答えます。するとシメオンは五十万ドルを娘に払うと書いた叔父の手紙を持参すれば結婚を許すと最後通告します。実際、ボクス・ローリーの叔父はその支払いに同意する手紙をシメオンに返しますが、シメオンは叔父に拒否されたと嘘をついてボクス・ローリーに街から出て行くよう求めます。この話を聞いたセシルは若い二人を助けるためにドライ・グッズ・トラストの株二万五千株を売却することにします。セシルが五十万ドルを得るために使った手段がとても知的で、最後はシメオンも結婚に同意せざるを得なくなります。
−A Bracelet at Bruges−
女優のキティ・サートリアスは舞台の成功を祝って劇場マネージャーからもらった五百ポンドもするダイヤのブレスレットを身に付けて、友人のジャーナリスト、イヴ・フィンキャッスルとともにベルギーのブルージュを訪れていました。そこで出会ったマダム・ローレンスからブレスレットを見せてとせがまれ、キティは腕からブレスレットを外してマダム・ローレンスに渡そうとするのですが、その瞬間にブレスレットを運河に落としてしまいます。自分達だけで拾うのは困難と判断したキティとイヴは、マダム・ローレンスを現場に残して警察を呼びに行きます。運良く警察官がすぐに見つかりますが、夜もふけてきたこともあってブレスレットの捜索は翌日に持ち越されました。ホテルに戻ったキティとイヴは、そこで億万長者のセシル・ソロイドと偶然再会し、さらにフランスの紳士アヴレック伯爵も仲間に加わります。翌日、警察によってブレスレットの捜索が行われますが、なかなか発見されません。またセシルとイヴは、アヴレック伯爵が昨日会ったばかりのマダム・ローレンスの自宅から出てくるところを目撃するのです。深夜、セシル・ソロイドがアヴレック伯爵の部屋に侵入すると、そこにイヴがいて仰天するシーンが微笑ましいです。
−A Solution of the Algiers Mystery−
アルジェリアにある高級ホテル、ホテル・セント・ジェームスの宿泊客のあいだでは「アルジェの謎」と呼ばれる現象で話題が持ちきりでした。それはホテルの各部屋から五ポンド紙幣が見つかるというもので、その総額は一週間で七百ポンドにも及んでいました。宣伝を狙ったものだとの噂が立ちますが、ホテル側はそれを否定していました。セシル・ソロイドもそのホテル・セント・ジェームスに宿泊しており、イギリス人の淑女マカリスター夫人と会話やダンスをして楽しい時間を過ごしていました。そしてその夜、マカリスター夫人に「部屋に幽霊が出た」と言われて起こされたセシルは、自分の部屋にあった高級時計や五百ポンドの手形が紛失していることに気付きます。盗難はセシルのみならず、マカリスター夫人やホテルの宿泊客数百人に及んでおり、合計で時計二百個、指輪八百個、三千ポンドの硬貨に二万一千ポンドの紙幣が一夜にして盗まれていました。また盗難と同時に、ホテルの従業員数名が行方不明になっていることも判明します。五ポンド紙幣がばらまかれた理由がとても独創的です。
−In the Capital of the Sahara−
アルジェの大盗難事件以後、セシル・ソロイドはマカリスター夫人とともにサハラ砂漠のオアシスであるビスクラを訪れていました。そこでマカリスター夫人はホテル・セント・ジェームスで自分の世話をしていたアラブ人を目撃します。さらにセシルはそのアラブ人が盗まれた自分の拳銃を所持していることに気付きます。翌日、アルジェ警察のシルヴァインという男がセシルの前に現われ、アルジェの大盗難事件は実は巧妙に仕組まれた犯罪であったことを説明します。そしてシルヴァインはセシルをシディ・ウクバという街に連れていくのです。この後、セシルは罠にはまるのですが、それを危機一髪で救ったのはキティ・サートリアスとイヴ・フィンキャッスルの女性二人でした。この事件を機に、セシルとイヴのあいだに恋が芽生え始めます。
−"Lo! 'Twas a Gala Night!"−
アルジェリアから戻ったセシル・ソロイドはイヴ・フィンキャッスルとの婚約を発表し、キティ・サートリアスと劇場マネージャーのライオネル・ベルモントとともにパリの高級ホテルの一室にいました。その夜はオペラ・ハウスで大統領を招いたガラ・コンサートが開かれる予定で、四人は招待客だけに配られたコンサートのチケットをどうすれば入手できるか話していました。実は、数日前からそのチケットが闇で売られていたのですが、昨日ベルモントが買いにいくと既に売り切れだったと言うのです。それを聞いたセシルは執事レッキーにチケットを買いに行かせ、難なくボックス席を入手してしまいます。そして喜び勇んでオペラ・ハウスに行った四人でしたが、何故かそのボックス席には別人が座っています。セシルを別室に呼んだオペラ・ハウスの監督は、チケットは売買禁止であり、セシルが買ったチケットは無効になったと説明します。その時、コンサートの冒頭を飾るオペラ歌手がまだ到着していないとの連絡が入り、監督が慌て始めます。するとセシルはボックス席を用意してくれたらオペラ歌手の居場所を教えると言い出すのです。こっそり実行されていたセシルの大仕掛けに、ただただ驚くばかりです。

『クイーンの定員U』(1992)各務三郎編(光文社文庫)収録作品
「千金の炎」

『シャーロック・ホームズのライヴァルたちA』(1983)押川曠編(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
「百万長者の略奪」