クイーンの定員 #039


一攫千金のウォリングフォード
Get-Rich-Quick Wallingford

ジョージ・ランドルフ・チェスター
George Randolph Chester

ヘンリー・アルテミュス 1908年
Philadelphia: Henry Altemus


A.L.Burt Company
Later Edition

「本書を表現するのに次の副題よりふさわしいものはあり得ない。すなわち〈あるアメリカ人海賊実業家の盛衰をめぐる愉快な物語〉である。」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 ジョージ・ランドルフ・チェスターは1869年オハイオ生まれのアメリカ人作家で、映画やドラマの脚本も手がけていました。彼が生み出した〈一攫千金のJ・ルーファス・ウォリングフォード〉は、背が高く、恰幅も良くて、常に立派な身だしなみをしており、一見すると大金持ちの紳士なのですが、その実は法すれすれの事して自分だけが大儲けしようとする詐欺師なのです。チェスターはウォリングフォードを主人公にした作品を他にも何編か世に送り出しており、なかにはブロードウェイで舞台化されたり映画化されたりした作品もあります。
 さて、本書Get-Rich-Quick Wallingfordは全28章から成り立っており、章のそれぞれにそれを読むだけで概要が判るほどの長いタイトルが付けられています。それぞれが独立した話では無く、大きく分けて6つの物語から成っています。連作短編集の形態を取っており、厳密に章の終わりで物語が終わるのでは無く、1つの章の途中で物語が変わることもあります。6つの物語の最初には必ず“ブラッキー”と呼ばれるウォリングフォードの悪仲間が現れますし、ウォリングフォードの妻もところどころで顔を出し、高価な宝石を黙って差し出すことで夫の貧困を助けたりします。
 ウォリングフォードの一攫千金手法は、窃盗など明らかな違法なものでは無く、株や土地などその値段が変動するもので利益を上げる表面的には合法なものです。しかし、その株や土地の値段を上げるために裏で人を騙し続け、どれだけ人から恨みを買おうと自分だけが成功すれば良いという非常に身勝手なものです。そこにはユーモアのかけらも無く、読んでいて嫌悪感すら出始めます。このような物語が何故アメリカで舞台化されたり、映画化されたりして受け入れられているのか不思議でなりません。私には理解できないアメリカン・ドリームとの共通点があるのかもしれません。
 そんなウォリングフォードも最後には奈落の底に突き落とされます。運が尽きたウォリングフォードはほんの些細な事で全てを失ってしまうのです。その惨めな終わり方にアメリカ人はおもしろさを感じるのでしょうか?


収録短編

―In Which J. Rufus Wallingford Conceives a Brilliant Invention―
―Wherein Edward Lamb Beholds the Amazing Profits of the Carpet-tack Industry―
―Mr. Wallingford's Lamb Is Carefully Inspired with a Flash of Creative Genius―
―J. Rufus Accepts a Temporary Accommodation and Buys an Automobile―
―The Universal Covered Carpet Tack Company Forms Amid Great Enthusiasm―
―In Which an Astounding Revelation Is Made Concerning J. Rufus―
―Wherein the Great tack Inventor Suddenly Decides to Change His Location―
J・ルーファス・ウォリングフォードはホテルにあった絨毯留めのヘッド部が錆付いているのを見て、ヘッド部を絨毯と同じ生地で被った絨毯留めを思いつきます。ウォリングフォードはこのアイデアを商品化する会社を設立するため、エドワード・ラムを仲間に入れます。ラムも絨毯留めを補足するアイデアを出したので、二人は共同発明者としてこのアイデアの特許を申請します。また、会社設立時には発行株式の30%を発明者の権利としてそれぞれが取得し、残りの40%を出資者に売ることで製造装置の資金にしようとしました。そして出資者も現れ、ついにユニバーサル・カバード・カーペット・タック・カンパニーが設立されたのです。希望が絶望に変わる様を冷ややかに描いています。
―Mr. Wallingford Takes a Dose of His Own Bitter Medicine―
―Mr. Wallingford Shows Mr. Clover How to Do the Widows and Orphans Good―
―An Amazing Combination of Philanthropy and Profit is Inaugurated―
―Neil takes a Sudden Interest in the Business, and Wallingford Lets Go―
ウォリングフォードはブラッキーからジェームズ・クローバーという生命保険組合の実権者が最近急逝した男性の保険料1000ドルが支払えずに困っている話を聞きます。ウォリングフォードは早速クローバーに会いに行き、ウォリングフォードが2000ドル出す代わりに、クローバーの所有する株の半分を譲り受けることを約束させます。遺族にはいったん保険料の1000ドルを受け取る権利があることを説明し、今現金で受け取るよりも、生命保険組合が資金の運用を行い、その利子を遺族に払い続けた方が収入が増えると説明し、その場は1000ドルを渡さなくて済むようにしました。またウォリングフォードは生命保険組合の株を取得した人には30%の配当金を与えると豪語し、大量の資金を集めるのです。余りにもひどい詐欺をしたため、ウォリングフォードはついに殺されそうになります。
―Fate Arranges for J. Rufus an Opportunity to Manufacture Sales Recorders―
―Mr. Wallingford Offers Unlimited Financial Backing to a New Enterprise―
―Showing How Five Hundred Dollars May Do the Work of Five Thousand―
―Wallingford Generously Loans The Pneumatic Company Some of Its Own Money―
―The Financier Takes a Flying Trip to Europe or an Affair of the Heart―
―Wherein a Good Stomach for Strong Drink is Worth Thousands of Dollars―
ウォリングフォードは列車で同乗したクルグ氏からある発明に関する相談を持ちかけられます。クルグ氏はある会社が持つ412の特許を6年間に渡って調べ尽くし、どれにも抵触しない新しい発明で独自の機械を作ったのでした。ところがその発明が何故かその会社に漏れてしまい、クルグ氏は逆に300ドルを請求されてしまったのです。この発明が気に入ったウォリングフォードは自分が資金を出すので、他の出資者も見つけて会社を設立し、この機械を販売しようとクルグ氏に持ちかけます。他社よりも安い価格で機械を販売すれば、会社は儲かり、株は上昇し、最終的には他社に高値で特許を売ることもできるというのです。酒にべろべろに酔いながらもウォリングフォードは人を騙し続けます。
―The Town of Battlesburg Finds a Private Railroad Car in Its Midst―
―Mr. Wallingford Wins the Town of Battlesburg by the Toss of a Coin―
―Battlesburg Smells Money and Plunges into a Mad Orgie of Speculation―
―In Which the Sheep Are Sheared and Skinned and Their Hides Tanned―
突然、ブラッキーが女優ヴァイオレット・ボニーと結婚したことをウォリングフォードに報告しに来ます。ウォリングフォードは結婚を祝福して専用列車で行く新婚旅行をブラッキー夫婦にプレゼントし、ウォリングフォード夫婦もそれに同行します。列車はバトルスバーグという小さな田舎町で一時停車をし、時間を持て余す四人は街に散歩に出かけます。ところが時差を失念していたため、四人は列車に乗り遅れてしまうのです。一方、バトルスバーグの町は大金持ちが来たことで大騒ぎになり、町の地方紙はウォリングフォードが投資をして新しい線路や巨大なホテルを建設するだろうと報じたのです。そしてウォリングフォードがいくつかの土地を90日間オプションで購入することを決めると、町は一気に活性化し、日に日に地価が上昇していったのです。ここでウォリングフォードは日本のバブル時のような土地転がしで大儲けします。
―J. Rufus Prefers Farming in America to Promoting in Europe―
―A Corner on Farmers is Formed and It Beholds a Most Wonderful Vision―
―The Farmers' Commercial Association Does Terrific Things to the Board of Trade―
ウォリングフォードはブラッキーに広大な土地と屋敷を購入するよう以前から指示しており、ついにその屋敷を訪れる日が来ました。一見してその場所がすっかり気に入ったウォリングフォードは農地担当者に小麦のみを作るよう命じます。次にウォリングフォードはシカゴの穀物ブローカー事務所を訪れ、1万ドルを5回に分けて小麦売買に投じるよう依頼したのです。ウォリングフォードが目指したのは、個々の農家が安易に安価で小麦を売買するのでは無く、一丸となって小麦の卸売り価格をコントロールし、高額で小麦を売ることで農家全体が儲かるシステムを作ることでした。このシステムに小麦農家は次々と賛同し、州にまたがる巨大な農業組合が結成されたのです。すべてが順調でバラ色だったウォリングフォードに突然の破滅が訪れます。
―Mr. Fox Solves His Great Problem and Mr. Wallingford Falls with a Thud―
―J. Rufus Scents a Fortune in Smoke and Lets Mr. Nickel See the Flames―
―Mr. Wallingford Gambles a Bit and Picks Up an Unsolicited Partner―
―Wherein Mr. Wallingford Joins the Largest Club in the World―
窮地に追い込まれていたウォリングフォードは何気なく寄ったタバコ屋で、高品質のタバコが売れ残っている現実を目の当たりにします。もしタバコ屋が集まって共同体を作れば、葉を共同購入することで仕入れ値が安くなるし、販売活動も容易になると考えたウォリングフォードは、タバコ小売販売連合を結成します。さらにウォリングフォードは連合を株式会社にすることで、いつものように儲けられると考え、参加者を募集し続けます。ところがウォリングフォードが当初仲間入りを拒否しようと考えていた詐欺師の男が加わってしまい、運命の歯車は不幸に向かって回り始めてしまうのです。最終章のタイトルに使われている世界最大のクラブとはある皮肉な場所でした。