クイーンの定員 #049

無音の弾丸
The Silent Bullet

アーサー・B・リーヴ
Arthur B. Reeve

ドッド、ミード 1912年
New York: Dodd, Mead


Grosset&Dunlap
Reprint Edition

「一九一二年には科学的探偵小説派(the scientific school of detection)へのアメリカからの贈り物があった」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 嘘発見器、力量計、血圧計、地震計、盗聴器――自身が作製した様々な機械を使って事件を解決に導くのがアメリカのシャーロック・ホームズことクレイグ・ケネディ教授です。
 コロンビア大学の化学教授クレイグ・ケネディは犯罪捜査に何故もっと科学的手法を用いないのかと疑問を呈しており、自身でその有効性を実証しようとします。そこで自分の側近として大学時代からの友人で、現在は「スター」紙の編集者であるウォルター・ジェイムソンを指名し、彼にスクープ記事を持って来させ、その事件解決に乗り出すのです。全ての作品がウォルター・ジェイムソンの一人称で書かれており、彼がいわゆるワトソン役を務めています。
 著者のアーサー・B・リーブ(1880〜1936)は元ジャーナリストで、1910年12月号の雑誌「コスモポリタン」にThe Silent Bulletを発表し、以降数々のクレイグ・ケネディ教授物を世に送り出します。長編・短編集ともそれぞれ10冊以上出版されているようです。
 物語の始まりは、ウォルターが事件を持って来る場合と依頼人が直接訪れる場合の二通りがあり、いずれにしろ話を聞いたクレイグ・ケネディ教授はまず現場に向かいます。そこで一通りの調査を行い、いったん自分の研究室に戻って秘密道具を持ち出したり、時には新しく作製したりするのです。イギリスの科学探偵ソーンダイク博士よりは論理的思考で劣りますが、用いられる道具のおもしろさではクレイグ・ケネディ教授の方が上回っています。 


収録短編

−The Silent Bullet−
ある殺人事件で遺留品のハンカチに付着した血痕から犯人を割り出したクレイグ・ケネディ教授は、その手腕を買われてカー・パーカー殺人事件の捜査依頼を警察から受けます。ウォールストリートの証券会社社長カー・パーカーが会議の席上で突然立ち上がり、数歩歩いてその場に倒れ死亡します。カー・パーカーの首から銃弾が検出されますが、その場にいた誰もが銃を発射される音を聞いたり、煙を見たりしていなかったのです。事件当時、会議室のドアは開け放たれており、隣室では秘書たちがタイプライターを打ち続けていました。現場を見て回ったクレイグ・ケネディ教授は、ゴミ箱から何かを拾いあげ、自宅に持ち帰って調べ始めます。関係者を一同に集めてクレイグ・ケネディ教授が殺害方法を明かすのは本格らしいですが、犯人特定に嘘発見器を用いるのはちょっとびっくりです。
−The Scientific Cracksman−
鉄鋼王のジョン・フレッチャーが自宅図書室で死んでいるのが発見されます。医師は脳卒中による死亡と診断しますが、部屋にあった金庫がドリルでこじ開けられていたことから、事件の可能性が高まっていました。被害者の甥から調査依頼を受けたクレイグ・ケネディ教授は、何も盗まれていないと報告されていた金庫から遺書が無くなっていることを明らかにします。そして自宅から持ってきた電動ドリルを現場に持ち込み、シャンデリアから電気を供給して金庫に同じような穴を開け、電気会社に事件当夜との電気使用量を比較させることで犯人が事件当夜にとった行動を証明するのです。力量計でドアをこじ開けた力を測定したり、血圧計で相手の精神状態を推測したりと、クレイグ・ケネディ教授が様々な機械を用いるくだりが楽しいです。
−The Bacteriological Detective−
イヴリン・ビスビーと名乗る女性がクレイグ・ケネディ教授を訪れ、彼女の後見人だったジム・ビスビーの死に関して調査を依頼してきます。ジム・ビスビーはニュー・ジャージーにあるビスビー・ホールで夏を過していましたが、庭師の一人が腸チフスに感染したため、急遽ニューヨークへ引き返していました。その後もビスビー・ホールの召使が続々と腸チフスに感染し、ついにジム・ビスビーもニューヨークで腸チフスを発症して死んでしまいます。腸チフスの予防接種をしてビスビー・ホールに乗り込んだクレイグ・ケネディ教授は、ジム・ビスビーがニューヨークから取り寄せていた湧き水に注目します。犯人の名が最後のセンテンスで明かされるのが憎い演出です。
−The Deadly Tube−
痣の治療を受けたクローズ夫人が、治療に使われたX線の影響で皮膚炎になったとグレゴリー医師を告訴します。グレゴリー医師はこれまで何百回と同じ治療を行っており、クローズ夫人が数回のX線治療で皮膚炎になるはずが無いと反論します。グレゴリー医師から助けを求められたクレイグ・ケネディ教授は、治療所がX線に対して安全に運営管理されていることを確認し、クローズ夫人の自宅に秘密が隠されていると考えます。クレイグ・ケネディ教授は原告と被告を自宅に呼んで裁判形式で事件を振り返り、それによってある証拠をつかみます。
地震計の冒険
−The Seismograph Adventure−
ある深夜、引退した銀行家ヘンリー・ヴァンダムの妻が自宅の図書室で座ったまま気を失っているところをメイドに発見され、そのまま翌朝亡くなります。ヴァンダム夫人は就寝前にモルヒネの入ったカプセル錠を飲んでおり、それが原因で死亡したとも考えられましたが、モルヒネ中毒特有の瞳孔収縮が見られず、検死内科医はその死因を特定できずにいました。妻を亡くしたヘンリー・ヴァンダムは心霊術に傾倒しており、その晩も支配霊との交信で妻が危険にさらされていることを知ったと証言します。検死内科医から調査の依頼を受けたクレイグ・ケネディ教授はある装置を持ってヴァンダム家に乗り込み、支配霊の正体と夫人の死の真相を暴きます。支配霊のトリックをオコナー警部が突き止めるシーンが笑えます。
−The Diamond Maker−
クレイグ・ケネディ教授のもとをアンドリューズと名乗る保険会社の幹部が訪れ、ソロモン・モロヴィッチという宝石商の死について調査依頼してきます。死んだソロモンは妻を受取人にして十万ドルもの保険に入っており、保険会社としては支払いの前に真相を確認したかったのです。ある夜、ソロモンは半ば意識の無い状態で帰宅し、医師が肺炎の症状を診とって間もなく死亡します。その翌朝、ソロモンの事務所の金庫が破られ、なかにあった多額の現金と宝石が盗まれているのが発見されます。金庫はクロム鉄鋼で出来た頑丈な物で、ダイヤモンド・ドリルを使っても穴を開けるのに二十時間もかかるものでしたが、その金庫の天井に見事に穴が開いていたのです。鉄鋼に穴を開けたり、人工的にダイヤモンドを作ったりと、化学の知識が存分に駆使されたアカデミックな作品です。
−The Azure Ring−
結婚式を翌日に控えた若い男女ジョン・テンプルトンとローラ・ウェインライトが謎の死を遂げます。夕方近くまで二人は仲良く結婚式の打ち合わせを行っていましたが、夜になってメイドが様子を見にローラの部屋を訪れると、二人は手をつないだままソファーにもたれて窒息死していたのです。地方検事から調査の依頼を受けたクレイグ・ケネディ教授は、ローラに結婚暦があったことや、ジョンが当初はローラの妹マリアンに興味を持っていたことなど、二人の複雑な恋愛事情を聞き出します。さらに被害者の血液に微量な毒が含まれていた事実も突き止めます。クレイグ・ケネディ教授は毒の効果を確認するために、なんと自分の体を使って人体実験を行います。
−"Spontaneous Combustion"−
旅行に出かけようとしていたクレイグ・ケネディ教授のもとに大学時代の友人トム・ラングレイから手紙が届き、育ての親のルイス・ラングレイが不可解な死を遂げたので今すぐ来て欲しいと助けを求めてきます。トムによると、ルイス・ラングレイは頭部と胸が焼け焦げた状態で発見されるのですが、暖炉から離れた床の上で死んでおり、まるで自分で自然発火したかに見えたそうでした。ラングレイ家に赴いたクレイグ・ケネディ教授は床に残された小さなシミを見つけ、さらに家人が前夜着ていた服を調べ始めます。クレイグ・ケネディ教授は自分の腕から血を抜いて、それを森で見つけてきたウサギに注射するのですが、その理由とは……。
−The Terror in the Air−
ベルモア公園で連続して起きた飛行機墜落事故にクレイグ・ケネディ教授は不安をかきたてられていました。墜落した両飛行機とも、クレイグ・ケネディ教授の友人であるチャールズ・ノートンが発明したジャイロスコープと呼ばれる全方向回転儀が装備されていたからです。クレイグ・ケネディ教授の中止を呼びかける声が届く前に、チャールズ・ノートンはこの発明を実証するために自らジャイロスコープ装備の飛行機に乗り込みます。そしてその飛行機はケネディ教授が予期したように空中でトラブルを起こすのですが、チャールズ・ノートンは墜落寸前でジャイロスコープの切り離しに成功し、一命を取り留めます。飛行機に関する専門用語が飛び交い、トリックも物理的なのでとても難解です。
黒手組
−The Black Hand−
有名なイタリア人テナー歌手ジェンナロの一人娘が誘拐されます。犯人は黒手組という集団で、身代金として一万ドルを要求してきました。黒手組はジェンナロの義父の家に毒物も送りつけており、娘を無事に取り返したい一心のジェンナロはクレイグ・ケネディ教授に助力を求めてきます。そこでクレイグ・ケネディ教授は一万ドルの受け渡し場所に指定された酒場を観察し、その後近くの薬屋から酒場まで屋根伝いに電線を引き始めます。さらにウォルター・ジェームスンを酒場に侵入させて、一騒動させている間に盗聴器を仕込むのです。ケネディ教授たちがジェンナロの娘の居場所を聞き出し、その後黒手組を一気に追い詰める大捕物が見せ場です。
−The Atrificial Paradise−
中米ペスプッチア共和国から来たミス・ガレロという女性がクレイグ・ケネディ教授を訪れ、行方不明となった父親の捜索依頼をします。ミス・ガレロの父親は銃や弾薬の密輸に関わっているらしく、警察には通知しないという条件付きでした。すぐにクレイグ・ケネディ教授は父親が最後に立ち寄ったメンデス夫人の家を訪れますが、そこで中米産のドラッグを飲まされ不思議な世界を体験します。そしてその直後、ミス・ガレロの父親が死体で発見されたという知らせが飛び込んでくるのです。なんとびっくり、クレイグ・ケネディ教授はミス・ガレロの父親を救うために家庭電気と車のバッテリーで心臓マッサージ器を作成してしまいます。セニョール・セニョーラという言葉が頻繁に交わされ、ラテンアメリカの雰囲気が漂います。
−The Steel Door−
ニューヨーク警察のオコナー警部はヴェスパー・クラブで行われているカジノを摘発しようとしていましたが、クラブ内に存在する難攻不落のドアをどう突破するかで悩んでいました。外部から守るために作られた厚さ約10cm、装甲板で出来たそのドアは、斧やハンマーはもちろん、水圧ジャッキでも開けることができない頑丈なものだったのです。この話を聞いたクレイグ・ケネディ教授は自分に任せて欲しいとオコナー警視に告げ、変装をしてそのクラブに乗り込んで行きます。クレイグ・ケネディ教授は難なくカジノに潜入していながら、一度出た後にわざわざドアを破って再進入する意味が全く判りません。同じ数字が続けて出る確率など、ルーレットに関する薀蓄は理系的でおもしろいです。

『名探偵登場A』編集部編(ハヤカワ・ポケットミステリ)収録作品
「黒手組」

『シャーロック・ホームズのライヴァルたちB』(1984)押川曠編(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
「地震計の冒険」