クイーンの定員 #059


世間の隅々
The Four Corners of the World

A・E・W・メイスン
A. E. W. Mason

ホッダー&スタウトン 1917年
London: Hodder and Stoughton


Hodder and Stoughton
1st edition

エラリー・クイーンは本書を『クイーンの定員』の1冊に選んだ理由として、アノー物の短編である『セミラミス・ホテル事件』が収録されていることを挙げています。本書に含まれるそれ以外の短編は、決してミステリばかりではなく、当時の時代を反映した様々なジャンルから成り立っています。


収録短編

或る男と置時計
−The Clock−
クランフィールド宅を訪れていたひとりの男が屋敷の2階で謎の死を遂げます。その瞬間、家にいた他の3人は一同に会していたため、男の自殺と断定されました。クランフィールドから相談を受けたトゥイスはすぐさま駆けつけ、しばらくその家で過ごすうちに、クランフィールドが泣きながらある置時計を壊す瞬間を目撃します。そして後日、クランフィールドまでもが自殺を図る結末を迎えてしまいました。置時計に隠された不思議な謎が前代未聞のトリックを生み出しています。
水晶の棺
−The Crystal Trench−
悪天候のなかペニン・アルプスにあるワイスホルンの頂きを目指す三人の登山者がいました。しかし寒さによる疲労と飢餓から、三人のうち一人が途中で死に絶えてしまいます。残り二人はなんとか下山しますが、山に置いてきた男の事を忘れる事ができません。それは麓に残された妻も同じで、彼女は氷河が溶けるのを何年も待つことを決意しました。25年経って妻が死んだ夫と再会する場面が印象的な山岳を題材にした小説です。
−Green Paint−
共和国の大統領であるジュアン・ボレスターは、街中の壁を緑色に塗れと命じたり、派手なパーティーで無駄遣いするなど独裁政治を行なってきました。彼はある大臣の娘に恋をしたため、彼女の父と婚約者を彼女の元から離してしまいます。つらい思いをしている彼女を見かねた、ボレスターの秘書であり彼女の婚約者の友人でもあるカリヨンは、彼女を船に載せ逃亡させる計画を立てます。カリヨンの胸の鼓動が聞こえそうなくらい息詰まるシーンが展開されます。
−North of the Tropic of Capricorn−
議員を勤めていたエンディコット氏は、夏の議会が閉会中に娘を連れて田舎の家を訪れていました。ある夜、エンディコット氏が散歩から帰ってくると、部屋に一人の男が忍び込んでいました。男はイスラム教徒アフガニスタン人でアヘンが欲しいと言います。銀の硬貨をやりその男を追い返したエンディコット氏は、自宅ホールで娘の死体を発見します。サスペンスタッチの物語ですが、偏見をもっているため後味が悪いです。
−One of Them−
戦争の真っ只中、自身の不甲斐なさに疲れ果てた男が、愛する船を操って地中海のある港に辿り着きます。そこが中立であることをいいことに、男は戦争が終わるまでそこで過す事を決めました。そんなある日、船体を赤い縞模様に塗った怪しい船団を彼は発見します。男はそれを知らせるために、港の領事館へ向かいました。ダメな男をモチーフとして戦争の無情さを描いています。
−Raymond Byatt−
ドーマン・ロイルと女優だったイナ・フェイルは結婚し、友人の家を借りて生活を始めます。ある日イナは母親の願いを叶うべく、数日間実家に里帰りします。孤独な生活をすることになったドーマンは、ある晩家のなかに人の気配を感じます。一緒に飼っていた犬も反応することから、明らかに誰かいたと想像されましたが、その姿を見ることはできませんでした。幽霊を題材にしたスリラーです。
−The House of Terror−
ルパート・グリン氏はスレスク夫人から大至急来てくれという手紙を受け取ります。理由は書かれておらず、おまけに拳銃を持参するよう求めていました。スレスク夫人は病に倒れていたスレスク氏と数ヶ月前に結婚し、田舎で暮らしていました。グリン氏がそこで見たものは、死んだ男の幻想を見るスレスク氏だったのです。スレスク氏と夫人が空いた席をひとつ挟んでダイニングテーブルに座っているシーンが印象的な心理サスペンスです。
−The Brown Book−
ケルシーはブラッドリー・ライマー氏を訪れた際、図書室の隣室でライマー氏と娘のヴァイオレットの二人がもめているのを盗み聞きしてしまいます。用件を済ませ早々に引き上げた帰り道で、ケルシーはライマー氏宅へ向かうドイツ訛りの不審な男を見かけます。気になったケルシーは警察と共にライマー氏宅を再訪しますが、なかから人の気配がしません。イギリス王室を影の舞台とし、本に隠された謎をめぐるミステリです。
−The Refuge−
ハリー・キャストンは以前4人の女性が住んでいた家を気に入って購入します。家具も揃え、快適な日々を過していたある夜、キャストンはテーブルがひとりでに音を立てているのに気づきます。そしてそこから女性と思われる左手が突き出ていたのです。不思議な雰囲気をもった本編唯一のホラー小説です。
パイファ
−Peiffer−
パイファと呼ばれるスパイ技術を修得したドイツ海軍の将校がいました。そのパイファの一人がスペイン南部の街でライフルの密輸に関する仕事を行なっている際に、不法入国で逮捕されます。彼は逮捕された後、一刻も早い英国への送還を希望してきました。冷徹なスパイに恐怖心を抱かせる展開が見事です。
黒い函
−The Ebony Box−
パリ攻撃をしている最中のクリスマスの夜、陸軍中尉だったヴォン・アルトロックは5マイル先の前線まで伝令を命じられます。無事使命を果たした帰り道、一行は明かりの灯ったひとつの城を見つけます。城のなかでは、女性達が怪我をしたフランス兵をかくまっていました。不審に思ったヴォン・アルトロックは城を捜索した結果、鍵のかかった黒い箱を発見します。しかし住人のひとりである若い女性は頑として開けようとはしませんでした。箱の中身には意外な結果が待ち受けています。
セミラミス・ホテル事件
−The Affair at the Semiramis Hotel−
セミラミス・ホテルで催された仮面舞踏会で、キャラダインはジョーンという一人の女性に出会います。キャラダインは帰宅した後、深夜にジョーンの来訪を受け、その夜ホテルで起った事件を耳にします。ジョーンは舞踏会で見つけたある夫人の真珠のネックレスが欲しくなり、偶然夫人が落とした鍵を使って夫人の部屋に深夜忍び込んだと言うのです。しかしそこにはすでに別の侵入者がいて、ジョーンは気絶させられてしまいます。気がついた時には、ネックレスは失くなっており、夫人は冷たく横たわっていました。『薔薇荘にて』の事件が終わった後という設定で、リカードとアノーが再び登場する本格ミステリです。麻薬絡みの問題が整理されていないなど一部不完全な部分もありますが、相変わらずのアノーの隠匿主義が読む者の心をくすぐります。
−Under Bignor Hill−
時はローマがイギリスを占領していた頃、イギリスの王女だったグレヴァは突然のローマ軍の行進に驚いていました。若き将軍カルパニアスはそれが自身の軍であることをグレヴァに告げ、今晩が二人にとって最期の夜となることもうち明けます。それを聞いたグレヴァは自分も一緒にローマに連れていってもらうよう嘆願しますが、カルバニアスはこれを断ります。本編唯一の戯曲で、短いながらも男女のはかない恋愛を描いています。

『別冊宝石81号』(1958)収録作品
「或る男と置時計」

『EQ81-9』(1981)(光文社)収録作品
「水晶の棺」

『世界スパイ小説傑作選2』(1978)(講談社文庫)収録作品
「パイファ」

『新青年36夏増刊』(1936)収録作品
「黒い函」

『名探偵登場2』(1956)(ハヤカワ・ポケットミステリ)収録作品
「セミラミス・ホテル事件」