クイーンの定員 #067


タットとタット氏
Tutt and Mr. Tutt

アーサー・トレイン
Arthur Train

スクリブナー 1920年
New York: Charles Scribners


Scribners 1st Edition
(Facsimile Dust Jacket)

「リンカーンを思わせる法の猟犬――エフレイム・タット氏はハーヴァードの神聖な堂守りのなかにさえその鮮やかな権威を確立したのだ」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 一度見たら忘れられないこの奇妙なタイトルを持つ「Tutt & Mr. Tutt」は、Tuttという同姓を持つ二人の弁護士の活躍を描いた法廷ミステリ短編集です。ヘイクラフト・クイーンの名作集にも選ばれている本書を皮切りに、Tuttシリーズの短編集は12作に及び、総短編数は90作を超えると言います。
 Mr. Tuttこと歳上のエフレイム・タット氏の容姿は、長身不格好、骨ばった指に灰色のまっすぐな髪、お定まりのドタ靴に、ずんと高く伸びたシルクハットという――換言すればリンカーンを思わせる法の猟犬、と「クイーンの定員」に書かれています。温和な性格で、依頼人を救うために精一杯の弁護を行います。
 一方、Tuttこと歳下のサミュエル・タットは48歳の既婚者で、20年前に同じ姓だからという理由だけでタット氏の事務所を訪れ、それ以来パートナーを組んでいます。タット氏が脳と声の役割をするとすれば、タットは目や手足となってタット氏を助けるのです。タット&タット事務所には二人の他に、事務所を切り盛りするミス・フローレンス・ウィギンや速記者のミス・ソンドハイムなど数名が働いています。
 「クイーンの定員」によると、ハーヴァード・ロウ・スクール教授会によって将来の法学生たちのために選定された図書目録―〈法を職業として選ぼうと決断を下す際に役立ち、あるいは法研究の予習として価値のある書物〉―のなかに、〈法律家としての実践の最中に出くわすかもしれない多岐多様な疑問や創意を示す機会を展示して見せた楽しい短編小説集〉としてタットものが含まれていたそうです。
 法律用語が多いわけではありませんが、英語は少し難解です。


収録短編
−The Human Element−
靴磨きを職としていたアンジェロ・セラフィノはロザリーナという女性と恋に落ち結婚しますが、ロザリーナの元恋人である理髪師のトマッソ・クロセドロから度重なる中傷を受け、クロセドロを拳銃で殺害します。妻ロザリーナの依頼でアンジェロの弁護を引き受けたタット氏は裁判で正当防衛を主張しますが、殺人の目撃者もあり、アンジェロの有罪は逃れようがありませんでした。そして、さしたる決め手も無いまま、ついに運命の判決の日を迎えます。果たして奇跡は起きるのか?信じることの素晴らしさを教えてくれます。
−Mock Hen and Mock Turtle−
80年前、一人の女性を巡って二人の男性が争い、一人の男がもう一人を殺害しました。男性二人は中国人で、それぞれ別の結社に属していたため、その事件以降、結社間で抗争が起き、互いに復讐し合うはめになりました。そして今もまた、ひとつの結社で四人の男が選出され、対立結社の男の殺害を命じられます。近くにいた警察官が事件直後に一人の男が走り去る姿を目撃したため、その男は逮捕され裁判にかけられますが、弁護にあたったタット氏は男のアリバイを主張します。こういった抗争には裁判が無意味であることをほのめかしています。
−Samuel and Delilah−
タット&タット事務所を一人の美女が訪れ、対応に出たタットはその美しさに息をのみます。その女性、ミセス・アリソンは聖職者ウィンスロップ・オークランダー氏から結婚を申し込まれていましたが、彼女に離婚暦があることを知られ、結婚の約束を破棄されたと言うのです。ミセス・アリソンがすっかり気に入ったタットはオークランダー氏に連絡を試みますが、返答がありません。四通目に差し出した手紙で一万ドルの慰謝料を請求したところ、オークランダー氏本人がタット&タット事務所に突然現れ、ミセス・アリソンという女性は全く知らないと言い放ちます。そこでタットはミセス・アリソンにミセス・オークランダーと名乗ることで相手を脅す手段を提案します。本編の主役はタットで、最後に大失敗を犯してしまいます。タット&タット事務所で働く人達も本編で詳しく紹介されています。
−The Dog Andrew−
隣同士に住むアップルボーイ氏とタニーゲート氏はかつて親密だったにもかかわらず、いつしかお互いにいがみ合う仲になっていました。ある日、アップルボーイ氏は妻の伯母から犬を借り受け、自宅で飼うことにしますが、その犬がタニーゲート氏に噛み付き、アップルボーイ氏は犬という凶器を用いた暴行容疑で逮捕されます。タット氏は過去の事例をもち出し、アップルボーイ氏の弁護にあたります。一音節語で言い合うアップルボーイ氏とタニーゲート氏の会話がおもしろおかしく描かれています。
−Toggery Bill−
切手収集を趣味としていた青年ウイリー・トゥースエイカーは、自身のコレクションを完成させるある一枚の切手を店頭で眺めていました。その時、風が吹いてその切手が飛んでしまい、トゥースエイカーは慌ててその切手を拾いに行きます。シリーズの切手が揃った姿を見たくなったトゥースエイカーはその切手を持ち帰り、自身のコレクションに加えてしまいます。このことが店主にばれてしまい、トゥースエイカーは高額の支払いを迫られます。悪意のある者が責められ、善意のある者が救われる結末はホッとします。
−Wile Versus Guile−
タット氏の事務所をエフィンガム夫人が訪れ、自分は詐欺にあっているかもしれないと心配そうに話し始めます。71歳のエフィンガム夫人はバッジャーという男から油田が見つかったので自分の会社の株が高騰するという話を持ちかけられ、債券を担保に1万ドルを銀行から借り受け、それでバッジャーの会社の株を買ってしまいます。バッジャーが詐欺師であることを知っていたタット氏はエフィンガム夫人を助けるべく、ある芝居を打つことにします。珍しく裁判所が出てこない作品で、タット氏は弁護士というよりも名探偵然とした行動をします。
−The Hepplewhite Tramp−
ヘップルホワイト氏の招きで氏の邸宅を訪れていたウィザースプーン夫人が客人用の部屋に荷物を置こうとした時、ベッドのなかに一人の男が寝ていました。ヘップルホワイト氏の通報で警察官がすぐに到着し、男を連行して行きます。捕まったその男は空腹のためにヘップルホワイト氏の邸宅に侵入したようですが、疲労もあってそのままベッドで寝込んでしまったのでした。哀れに思ったタット氏はその男の弁護に立つことを決意します。タット氏が必ずしも正義の立場に立つ訳では無いところが痛快です。
−Lallapaloosa Limited−
秘密裏に集まった男達は、発見された鉱脈で一儲けするために、ある架空の会社を設立し、その会社と鉱脈を有する会社で取引をさせることで不正に株価を吊り上げようとしていました。さらに男達は一般の株主にはその利益が渡らないようにまでしていたのです。このことを知ったタット氏は異常な勢いでその悪に立ち向かおうとします。鉱脈で儲けようとしているところが時代を反映しています。
−The Hand is Quicker Than the Eye−
セファス・マカフィ氏は自身が買った株の支払いのためにウエストバリー&フィートランド社を訪れ、25000ドルの小切手をウエストバリー氏に手渡します。ウエストバリー氏は中身を確認し、会計係のプレスコットに領収書を切るよう命じます。その後プレスコットは小切手を銀行に持って行くのですが、そこで小切手が16000ドルしか無いことに気づきます。プレスコットは手渡された小切手をそのまま持参しただけであり、小切手は最初から16000ドルしか無かったに違いありませんでした。しかし不幸なプレスコットは9000ドルの横領で逮捕されるのです。自分が間違っていたかもしれないと自問自答するマカフィ氏の心理描写がぐっときます。