クイーンの定員 #083


女探偵ソランジュ物語
The Solange Stories

F(フリニウィド)・テニスン・ジェシー
F. Tennyson Jesse

ウィリアム・ハイネマン 1931年
London: William Heineman


Heineman
1st edition

「ミス・ジェシーは〈悪の存在を警告してくれる超霊的感覚を自然から授けられた〉女探偵ソランジュ・フォンテーヌを創造した。」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 F・テニスン・ジェシーはイギリスの作家・劇作家で、詩人テニスンの妹の孫娘にあたるそうです。
 本書に収められた女探偵ソランジュ・フォンテーヌの五作品は、1929年8月から"The Canary"を皮切りとしてロンドン・マガジンに毎月連載され、これらが唯一のシリーズと長らく考えられていました。ところが後年になって、ロンドン・マガジン連載から10年以上過去にさかのぼった1918年にプレミア・マガジンでもソランジュ・フォンテーヌのシリーズが連載されていたことが明らかになり、それら七作品が1995年に84部限定で単行本化されます。この単行本The Adventure of Solange Fontaineにはストランド・マガジン1931年11月号に掲載された"The Railway Carriage"も含まれており、ソランジュ・フォンテーヌのシリーズは合計十三作品となりました。
 〈考える〉探偵は数え切れないほどいますが、〈感じる〉探偵はおそらくソランジュ・フォンテーヌひとりでしょう。犯罪の奥には必ず悪が存在し、ソランジュはその悪を体で〈感じる〉ことで、犯罪の真相を暴くのです。これはソランジュが生まれつき持っていた才能のようで、ソランジュ初登場となる"Emma-brother and Susie-brother"では12歳の時に初めてその感じを受けたと書かれています。この初登場作の時点で、ソランジュ・フォンテーヌは30歳の独身で、フランス人科学者の父フォンテーヌ博士の仕事を手伝っています。イギリス人の母は既に亡くなっており、ソランジュは父と生活・行動を共にすることで、様々な事件に巻き込まれていきます。


収録短編
−The Pedlar−
教区牧師宅で開かれたお茶会で、ソランジュ・フォンテーヌは神知学者のミス・プラットと出会います。ミス・プラットは神を信じることの素晴らしさをソランジュに語りますが、ソランジュは素っ気無い返答を繰り返します。翌日ミス・プラットと再会することを約束してソランジュは滞在先のコテージに戻るのですが、そこで突然ソランジュは寒気を感じます。すると玄関に一人の行商人らしき男性が立っており、「お願いですから、私のワセリンを買ってください」と懇願してきます。恐怖を感じたソランジュは男を追い払い、その日は何事もなく過ぎ去りますが、翌日ミス・プラットにある男性を紹介された際、ソランジュはその男性から再び同じ寒気を感じるのです。ミス・プラットは神のお告げによりその男性と結婚すると言うので、ソランジュは父親に相談し、警察に通報することにします。神を信じるミス・プラットと、自分の感覚を信じるソランジュ・フォンテーヌを対比させた第一作で、最後に明かされるワセリンの謎が圧巻です。
−The Reprieve−
ソランジュ・フォンテーヌは亡き母の友人だったモートン夫人から、殺人罪で捕まっているチャールズ・イヴリンが無罪であることを証明して、彼を監獄から救い出して欲しいと依頼されます。チャールズを子供の頃から知るモートン夫人は、チャールズが殺人を犯すような人物でないと信じていたのです。その事件とは、チャールズが雇主のナイジェル・バネットを射殺したというものでした。ある日、二人はジャニス・エイムスという女性を巡って口論となります。その直後、銃声が響き渡り、執事がかけつけるとナイジェルは床に倒れて死亡しており、横にはチャールズが銃を持って立っていたのです。チャールズは銃声が自分の後ろにあった窓の外から響き、ナイジェルが倒れたのに気を取られ、窓に振り向いたときには既に誰もおらず、自分が机の上に投げられてあった銃を持った瞬間、執事が入ってきたと証言します。ソランジュは関係者から聞き込みをしますが、一向に誰からも悪を感じず、チャールズの死刑執行日だけが刻々と近づいてきます。死刑執行を目前にしたチャールズの心の動きを描いた場面が秀逸で、ソランジュの焦りもよく伝わってきます。
−The Canary−
フランスへ帰る途中ロンドンに立ち寄ったソランジュ・フォンテーヌは、幼い頃家族で住んでいたアパートを訪ねることにします。ソランジュがアパートに着き、そこの大家であるフェルプス夫人を呼ぶと、出てきたフェルプス夫人はソランジュとの再会を喜びながらも、たった今大変な事が起きたと言って気が動転していました。その日の朝、アパートに住むセプティマス・ブラウンリー氏が毒を盛られて部屋のベッドで死んでいるのをブラウンリー夫人が見つけたのです。その直後、ブラウンリー氏の妹ハナがアパートを訪ねてきて、兄の死を知るやいなや、ブラウンリー夫人を殺人犯扱いしだしたのです。ブランリー夫人とハナの関係は以前から悪く、昨夜もアパートで喧嘩をしていました。ソランジュは同じアパートに住む霊媒師のミス・レマンからブラウンリー夫人が浮気していたことを聞き出し、そこに事件の原因があると考えます。被害者と医者を除いて、探偵も容疑者も関係者も全て女性という珍しい設定で、最後に女性だけで降霊会を開き、それによって事件が解決します。
ロトの妻
−Lot's Wife−
ソランジュ・フォンテーヌはあるホテルでマクタヴィッシュ親娘と出会い、ミセス・マクタヴィッシュから娘フローラの恋愛相談を受けます。フローラは画家のアンガス・マーティンに恋をしていましたが、アンガスには別居中の妻がおり、離婚が成立しない限りフローラの恋は成就しませんでした。アンガスも離婚を望んでいましたが、妻ガートルードの行方が判らずにおり、アンガスはソランジュにガートルードを探して欲しいと依頼してきます。ソランジュは手紙の差出住所からガートルードを見つけますが、ガートルードは病に倒れており、余命わずかの状態でした。数週間後ガートルードはこの世を去り、アンガスとフローラは新しい人生を共に歩み始めます。それから半年が経ったある日、ソランジュはフローラから招待を受け、二人が住む別荘を訪ねます。二人はそこで幸せな人生を送っていましたが、ソランジュは別荘の蔓棚から邪悪な感じを受けるのです。悪に毅然と立ち向かう一方で、人の幸せも願うソランジュの行動が印象的です。タイトルに隠された秘密は翻訳の最後に訳注として書かれています。
−The Black Veil−
パリに戻っていたソランジュ・フォンテーヌは、父親が仕事で忙しい間、海辺の街に住む旧友のマダム・ドジネットを訪ねます。一人暮らしのマダム・ドジネットは質素な生活を送っていましたが、密輸に関わっているとの噂があり、高額な貯蓄を家のどこかに隠していると言われていました。ソランジュがマダム・ドジネットと再会を果たしたその日は何事も無く過ぎ去りますが、翌朝、ソランジュはマダム・ドジネットが殺害されたニュースで起こされます。マダム・ドジネットは頭部を重い物で殴打されており、部屋にあった金銭は全て盗まれていました。即死では無かったようで、彼女の手には「見知らぬ人がやった…」と書かれた紙が握られていました。警察から助言を求められたソランジュは、廊下に残された血痕とロウのしたたり落ちた跡から、犯人が左効きであることを推測し、ついには容疑者を見つけ出します。しかしその容疑者はマダム・ドジネットと古くから付き合いがある人物で、彼女にとって「見知らぬ人」ではありませんでした。著者が得意としたミステリ・神秘・女性の三要素が見事に融合された本短編集の最高傑作です。結末には必ずや心を打たれるでしょう。



Macmillan
1st edition in USA

『犯罪の中のレディたち・下』厚木淳訳(創元推理文庫)収録作品
「ロトの妻」