クイーンの定員 #085


十三人の被告
Les 13 Coupables
(The Thirteen Culprits)


ジョルジュ・シムノン
Georges Simenon

アルテーム・ファイアール 1932年
Paris: Arthème Fayard


Arthème Fayard
1st edition

「一九三二年、ジョルジュ・シムノンは三冊の短編小説集を著わしたが、故アレグザンダー・ウルコットはそれらを高く評価し、三冊とも探偵小説の推薦図書に含めた。最上作は予審判事フロジェの的確で簡潔な捜査物語を収めている。」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 ジョルジュ・シムノンは、『クイーンの定員』に二冊取り上げられている数少ない作家の一人です。一冊は有名なメグレ警視の登場するThe Short Cases of Inspector Maigret(1959)であり、もう一冊がメグレ警視の誕生する以前に書かれた本書Les 13 Coupablesです。
 フロジエ判事を主人公としたこの13の物語は1930年にGeorges Sim名義で仏Detective Magazineに連載され、1932年に短編集となって出版されます。Les 13 Mysteres、Les 13 Enigmesも同年に出版され、上述の評論家故アレグザンダー・ウルコットの評価につながります。本書Les 13 Coupablesは長らく仏語のままとなっていましたが、2002年になってようやくThe 13 Culpritsと題してCrippen & Landru社から英訳本が出版されました。
 本書の特徴として、各短編のタイトルが全て容疑者の名前であることが挙げられます。個人名のものが多いですが、家族名、ニックネーム、人種などもあり、それらは結末にひとひねり加えられています。
 それらの容疑者と対峙するのがフロジエ判事で、外観は全て白と黒で表現されます。白い肌に、白い髪、糊の効いた白いシャツ、そして黒のスリー・ピースのスーツを着こなしています。寡黙であり、非情なまでに冷徹な性格で、与えられた事実から疑問点を洗い出し、容疑者と会話をすることで結論を導き出します。各短編の最後にはフロジエ判事がメモ書きした証拠や仮説が並べられ、いかにしてフロジエ判事が結論に至ったかを読者に判りやすく説明しています。
 また、各短編には証拠品や現場などの写真が挿入されており、読者を目でも楽しませてくれます。これらの写真はCrippen & Landru社のハードカバー版付属パンフレットでも見ることが出来ます。


収録短編
ジリウク
−Ziliouk−
国の外交文書を他国に売り飛ばして金儲けしていたジリウクと呼ばれる世界的に有名な詐欺師が捕まります。逮捕歴が何度もあるジリウクは、今回もすぐに解放されるだろうと暢気に構えていると、フロジエは八年前に起きた殺人事件について質問を始めます。
ロドリーグ氏
−M. Rodrigues (英題: Monsieur Rodrigues)−
セーヌ川から若い男性の刺殺死体が発見されます。被害者と前夜会っていたロドリゲスが逮捕され、彼の自宅に捜査が入ります。自宅の床には血痕が残っており、重要な証拠と考えられましたが、ロドリゲスは自分で指を切ったと反論します。フロジエの冷徹さに読むほうも寒気を感じます。
マダム・スミット
−Mme. Smitt (英題: Monsieur Rodrigues)−
下宿生が犬の死骸をアパートの庭に埋めようとしたところ、土のなかから人間の死体が見つかります。頭蓋骨を骨折していた被害者は死後五年以上が経過しており、警察は下宿の大家であるスミット夫人の証言を得ようと考えます。しかしスミット夫人は重い病を患っており、高熱を出してベッドに横たわったままでした。
フランドル人
−Les 'Flamands' (英題: The "Flemings")−
フロジエが会った容疑者バースは七十二歳、ヒゲで顔を覆った獣のような男でした。殺されたのはバースと同居してい男性で、頭をハンマーで殴られていました。外部の人間による犯行だろうと供述するバースに対して、フロジエはある罠を仕掛けます。作品名が個人名でなく、フラマン人であることがポイントです。
ヌウチ
−Nouchi−
金持ちの夫人宅に侵入し、高価な真珠のネックレスを盗んだとして、ハンガリー人の若い女性ヌウチに容疑がかかります。宝石をしまってあった机にヌウチの指紋が大量に残っていたことが理由でした。しかしヌウチは机に触れたことは無いと答えます。最後に鮮やかな逆転劇を見せてくれます。
アーノルド・シュトリンガー
−Arnold Schuttringer−
薬局店の地下倉庫からバラバラにされ硫酸をかけられた女性の死体が発見されます。残った衣服の切れ端から、被害者は薬局店で働いていたジョリイ夫人と考えられました。ジョリイ夫人と不倫関係を持っていたと噂される薬剤師のアーノルド・シュットリンガーが容疑者とされ、フロジエの追及を受けます。薬局店の売上金と在庫が合わないことから事件は解決へと向かいます。
ワルデマル・スツルヴェスキー
−Waldemar Strvzeski−
ある人物の死刑執行を新聞で知ったワルデマルは放心状態となり、その足で空の拳銃を持って牛乳店に押し入り、金銭を要求します。ワルデマルは駆けつけた警官にすぐに捕まるのですが、一切逃亡しようとしなかった彼の行動にフロジエは疑問を抱きます。事件の裏に潜む事件が鍵を握ります。
フィリップ
−Philippe−
ある男が薬物の大量摂取によって死亡します。男は薬物を常用しており、警察は当初自殺と考えました。しかし、捜査を進めるにつれ、男の従者として使えていたフィリップという男に不審な点が見つかり、フロジエはフィリップに事件当日の行動に関して質問を始めます。監獄行きを宣言するフロジエの声が冷たく響き渡ります。
−Nicolas−
酒場で飲んでいた男性が何者かによって頭を殴られ、血を流して倒れます。被害者は大金の入った財布を所持していましたが、その財布が紛失しており、一緒に飲んでいたニコラスという男に容疑がかかります。しかし、ニコラスを身体検査をしても財布は見つからず、彼を逮捕するには証拠が不十分でした。
チンメルマン夫婦
−Les Timmermans (英題: The Timmermans)−
ジャグリングを得意とした若い男性サーカス団員ジャックが、恋愛関係にあったとされる女性団員ヘニーとともに行方不明となります。後日、川からジャックの旅行鞄が発見され、なかにはジャックの死体が入っていました。フロジエは、ヘニーの伯父母で、ベテラン・サーカス団員のティンメルマン夫妻から事情聴取を行い、賃金に不公平な点があったことを聞き出します。
トルコ貴族
−Le Pacha (英題: The Pacha)−
本名エネスコ、通称パシャ(トルコの高官)という男は女性をホテルに連れ込み、女性の肌にタバコを押し付け、直後に大金を払って口封じをするという悪行を繰り返していました。ある日、マリアという女性がパシャに連れて行かれ、その後行方不明となります。
オットー・ミュラー
−Otto Muller−
洋服店経営者が殺され、店内が荒らされるという事件が発生し、前日被害者に金を貸すよう迫っていたオットー・ミューラーが逮捕されます。被害者は夜九時半頃に最初の殴打を受け、その後三時間近くは命を取り留めていましたが、深夜になって再び殴られて死亡に至るという不思議な経過を辿っていました。
バス
−Bus−
ニューヨークのハーレムにある酒場で二人を射殺、一人にケガを負わせた通称バスと呼ばれる黒人が逃亡を図り、ヨーロッパ警察にもその情報が回ってきます。バスは何度もその姿を目撃されながらも、常に追っ手を振り切ってきたのですが、ある日、パリ行きの列車に乗るところで何の抵抗もせずに逮捕されます。そしてフロジエの前で涙を流すのでした。ラストにふさわしい一味違った作品です。



Crippen & Landru
1st US edition

『猶太人ジリウム』(1937)山野晃夫訳(春秋社 シメノン傑作集全12巻)収録作品
「Nicolas」以外全編