クイーンの定員 #086


陽気な略奪者
The Brighter Buccaneer

レスリー・チャータリス
Leslie Charteris

ホッダー&スタウトン 1933年
London: Hodder and Stoughton


Hodder & Stoughton
1st edition in UK

 アルセーヌ・ルパンになれ親しんでいる日本では義賊物に人気があるようです。グラント・アレン『アフリカの百万長者』(1897)、E・W・ホーナング『二人で泥棒を』(1899)、エドガー・ウォーレス『正義の四人』(1905)、トマス・W・ハンシュー『四十面相クリークの事件簿』(1913)、フレデリック・アーヴィング・アンダースン『怪盗ゴダールの冒険』(1914)、ロイ・ヴィカーズ『フィデリティ・ダヴの大仕事』(1924)など、泥棒が活躍する作品が近年続々と翻訳されているのはご存知の通りです。ところが欧米では人気のあるセイント(聖者)ことサイモン・テンプラーが活躍する作品の翻訳は1990年代以降あまり進んでいません。
 1907年に中国人の父と英国人の母との間に生まれた著者レスリー・チャータリスは、英ケンブリッジ大学在学中に犯罪学に興味を持ち、1927年にX Esquireで作家デビューをします。翌年には最初のセイント物であるMeet the Tigerを発表し、以後多くのセイント物を書いてきました。
 セイントは身長6フィート2インチの長身で、運動神経が抜群です。天使の輪のトレード・マークは余りにも有名で、英米の原書ジャケットに数多く描かれています。警察からも厚い信頼を得ているのが特徴で、時には探偵業に専念することもあります。


収録短編

セイント、油揚げをさらう
−The Brain Workers−
  仕事を終えて帰宅途中だったセイントは、屈強な男にからまれている女性を見つけ、その女性を救い出します。彼女は母親が株で騙され財産を失ったことをセイントに打ち明け、何か手の打ちようがないか相談します。そこでセイントは紙屑となった株券を預かり、それを使って彼女の母親を騙した男たちに仕返しすることを考えます。
−The Export Trade−
  弁護士と称する男がセイントを訪れ、これをパリに届けて欲しいと言って小さな箱を差し出します。男は、箱に入っている物は五千ポンドの価値があり、何者かによって狙われていると言います。この依頼を承諾したセイントは翌日パリ行きの飛行機に搭乗しようとしますが、搭乗直前に近づいてきた女性に睡眠薬入りの煙草を吸わされ、直後に何者かによって後頭部を殴打されます。
−The Unblemished Bootlegger−
  顧客に勧めた投資がいつも失敗に終わるクルーンという名のフィナンシャル・コンサルタントがいました。そのクルーンが酒の密輸に関する投資を募集し、興味を覚えたセイントは彼の話を聞きに行きます。クルーンの話を聞いた帰り道、セイントはクルーンの被害者だという男に声をかけられ、彼の投資に乗らないよう警告されます。しかしセイントはクルーンを利用して高額な金を手に入れるあるアイデアを思いつきます。
オーナーズ・ハンディキャップ
−The Owner's Handicap−
  八百長競馬で儲けている男たちにセイントは競馬の勝負を挑みます。セイントは自分自身で馬のオーナーとなり、調教師を雇ってレースに備えます。一方セイントが心を寄せ、彼の片腕でもあるパトリシア・ホームは対戦する競争馬のオーナーを訪ね、嘘の話を持ちかけて、レースで意図的に負けるよう依頼します。
−The Tough Egg−
  金庫から五千ポンドの債券と宝石を盗んで海外に逃亡しようとしていた男をティール警部は捕まえます。しかし男が持つカバンのなかには石ころと新聞紙しか入っていませんでした。男も驚いている様子であり、ティール警部はセイントの仕業と考えます。
−The Bad Baron−
  ひとりの男爵が高価な貴金属をロンドンに持ち込んでいましたが、男爵は貴金属の警備に絶対の自信を持っていました。当時、「キツネ」というあだ名がついた盗賊が世間を騒がしており、男爵の貴金属は「キツネ」の次の標的になると噂されました。
−The Brass Buddha−
  セイントは酒場で出会った男性から真鍮の仏像を見せられます。その仏像は男性の伯父が上海で購入したもので、十五シリングの価値しか無いが、二千ポンド払う人物が現れたら売り払うよう遺言が残されていました。その仏像は三体あるうちの一体で、ある人物が一万五千ポンド払う用意があることをセイントは知ります。
詐欺師セイント
−The Perfect Crime−
  法律の網をすり抜けながら借り手を窮地に追い込み、元に戻れない状態にして高利をかせぐ悪徳金融業者がいました。法廷でその商法を目の当たりにしたセイントは、借り手としてその業者に近づき、騙し合いに臨もうとします。ところがセイントの詐欺がばれてしまい、セイントは警察に逮捕される事態になります。
−The Appalling Politician−
  英通産大臣を務めるジョゼフ・ウィップルスウェイトの自宅金庫からアルゼンチンと締結予定だった条約文が盗まれます。金庫の鍵は二つあり、ひとつは大臣が所有し、もうひとつは銀行に預けられていました。また、自宅は二人の警官で見張られており、犯人が出入りした痕跡はどこにも残されていませんでした。
セイントと因業家主
−The Unpopular Landlord−
  貸家を探していたセイントは、不動産屋に向かう途中でいい物件を見つけます。セイントが不動産屋に尋ねると、不動産屋は何故かその物件に関わることを拒みました。その物件はある少佐がオーナーとなっており、少佐は自分に都合のよい契約を結び、その契約をタテにして借家人を恐喝していたのです。
−The New Swindle−
  トランプ詐欺師のアルフレッド・ティルソンは知人の男から詐欺の話を持ちかけられます。宝石店からダイヤモンドのネックレスを購入し、それを箱に入れて発送する瞬間に偽の箱とすり替るというものでした。トランプを自由に操るティルソンの手先だけがそのすり替を為し得たのです。
五千ポンドの接吻
−The Five Thousand Pound Kiss−
  セイントはデンプスター=クレイヴン夫人が所有する「マンダレイの星」と呼ばれるダイヤモンドに目をつけます。セイントは夫人の車に衝突し、彼女の気を引くことに成功します。そして彼女主催のパーティーに招待されるのですが、そこには同じダイヤモンドを狙うライバルがいました。
贋金つくり
−The Green Goods man−
  イングランド銀行に務めていた男が予備の紙幣刷り版台を盗みだします。ニューヨークに渡ったその男は死に際になって版台を別の男に譲ります。版台を譲られた男はそれを使って偽のポンド札を製造し、イギリスでひと儲けしようとします。悪事が潜んでいることを知ったセイントは騙されたふりをして偽札を作っている男に近づきます。
盲点
−The Blind Spot−
  ある男がインクで書いた文字を簡単に消せるクレヨンを発明します。その男は発明登録しようと特許代理人を訪ねますが、特許代理人に騙されてしまい、彼の発明は別人名義で登録されてしまいます。それを知ったセイントは、路上で買ったクロムめっき剤を持ってその代理人を訪れ、同じように発明登録を依頼します。
聖者の金儲け
−The Unusual Ending−
  「セイント、油揚げをさらう」のなかで、セイントによってテムズ河に投げ込まれた男が再び悪巧みを始めます。男は投資信託会社を創設して投資者から資金を集め、ネズミ講を開いていたのです。男が集まった資金を持って南米に高飛びすることを知ったセイントは、男が滞在するホテルに乗り込み、資金を奪い取ろうとします。

Dpoubleday
1st edition in USA

『別冊宝石77号』収録作品
「五千ポンドの接吻」

『敗者ばかりの日』(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
「オーナーズ・ハンディキャップ」

『完全犯罪大百科(下)』(創元推理文庫)収録作品
「盲点」

『EQMM No.11』収録作品
「贋金つくり」

『EQMM No.112』収録作品
「セイントと因業家主」

『HMM No.170』収録作品
「セイント、油揚げをさらう」

『HMM No.191』収録作品
「詐欺師セイント」

『HMM No.199』収録作品
「聖者の金儲け」