クイーンの定員 #087


警官の仕事
Policeman's Lot

ヘンリー・ウェイド
Henry Wade

コンスタブル 1933年
London: Constable


Constable Reprint Edition

 ヘンリー・ウェイドの英初版本は全てConstable社から出版されていました。同社はウェイドの作品以外にE・C・ベントリーとH・ワーナー・アレン合作の『トレント自身の事件』を出版したことでミステリ・コレクターには知られていますが、実は老舗の出版社で、1897年にブラム・ストーカーの『ドラキュラ』を出版したことで古書マニアには広く知られています。このConstable社からConstable, Guard Thyself!『警察官よ汝を守れ』が出版されたのですから笑ってしまいます。
 本短編集Policeman’s Lotには、7編のプール警部物と6編の非シリーズ物が収録されています。プール警部物はどれもオーソドックスな謎解き本格ミステリであり、短編ならではの切れの良さがあります。非シリーズ物は名探偵を外すことで被害者や加害者などの事件当事者に焦点を当てており、非シリーズ物だからこそできるおもしろさを作り上げています。この警察目線のシリーズ物と当事者目線の非シリーズ物の書き分けが成功しており、中身の濃いバラエティに富んだ短編集に仕上がっています。
 エラリー・クイーンが評した近代的イギリス流リアリズムとは、アメリカのハードボイルド探偵のように感情的にならず、目前の事実や証拠を冷静に分析して真相に辿り着こうとする地味な探偵手法を示しているのだと思います。

収録短編

決闘
−Duello−
  森の中の空き地で二人の男性が銃で撃たれて死亡しているのが発見されます。二人とも右手にオートマチック拳銃を握っており、決闘をしてお互いに撃ち合ったかのようでした。二人の靴の形にはそれぞれ特徴があり、足跡の見分けは付きました。ところが、体重の重い男性の方が、足跡の沈みが浅かったのです。
消えた学生
(別題:大学生の失踪)

−The Missing Undergraduate−
  オックスフォードの学生がある日忽然と行方不明になります。彼は友人から好かれるタイプで、トラブルに巻き込まれるような学生ではありませんでした。その学生の部屋から借金の催促状らしき手紙の一部が見つかります。プール警部はその紙質とタイプ文字から手紙を書いた人物を特定します。
東からの風
−Wind in the East−
  文房具商を営む男が自宅で頭部を殴られ殺害されます。自宅には兄が同居していましたが、事件が起きた時間は睡眠中で何の音も聞こえなかったと言います。殺害現場を調べていたプール警部は、部屋に飾られていた一枚の絵が東からの風で動くことを発見します。
出張銀行
−The Sub-Branch−
  部屋の一室を間借りして週に一回火曜日だけ開かれていた臨時の銀行で銀行員が殺害され、現金二百二十ポンドが持ち去られます。死因は首を切られたことによる失血死でしたが、被害者の顎の右側には傷があり、犯人が被害者に近づいて襲撃したと考えられました。
本物の事件
−The Real Thing−
  ロンドンの地下鉄駅構内にある上りエスカレーターで男性の死体が発見されます。男性は背後からナイフで刺されており、駅員が発見した時は既に死亡していました。被害者が列車を降りた後にホームで男性と話しをしていたとの目撃情報があり、プール警部はその男が犯人と推察します。
准男爵の指
−The Baronet's Finger−
  ゴルチェスターに住むゲイリング卿が何者かから脅迫状を受け取るようになり、身の危険を感じたゲイリング卿はCIDに保護を求めます。すぐにプール警部がゲイリング卿の屋敷を訪れ、経緯を調べます。しかしプール警部が着いたその夜、屋敷に銃声が響き渡り、鍵のかかった書斎でゲイリング卿が頭を銃で撃たれた姿で発見されます。状況は自殺のようでしたが、ゲイリング卿が右手の人差し指をケガしていたことが判明し、他殺の可能性が出てきます。
三つの鍵
−The Three Keys−
  ダイヤモンド商が金庫に保管していた時価三万ポンド以上のダイヤモンドの原石が盗まれます。金庫は扉の鍵と、中の引き出しの鍵があり、三人の経営者が別々に管理していました。そのため、少なくとも二人の経営者が揃わないとダイヤモンドの原石は盗めなかったのです。
このユダヤ人を見よ
−A Matter of Luck−
  金融業を営むコーヘンがオフィスで手紙を書いていると、顧客のひとりであるエンターフィールドが訪ねてきます。エンターフィールドは、「知人の女性が金を必要としているので、彼女の家まで来て欲しい」と言います。そして、二人がある場所に着いた途端、エンターフィールドはコーヘンを刺し殺し、その証拠を隠滅します。
−Four to One - Bar One−
  競馬の賭元をしている男が背中をナイフで刺されます。誰かがナイフを男に投げつけたのですが、幸いにも急所を外れたため、男は一命を取りとめます。ケガの治療を終えた男は自分を殺そうとした人物を探し出し、その人物に復讐しようとします。
完全なる償い
−Payment in Full−
  アダムズ巡査部長は自分の娘を妊娠させたコンセット少佐の屋敷を訪れ、コンセット少佐にその説明を求めます。しかしコンセット少佐に悪ぶれた様子は無く、腹を立てたアダムズ巡査部長はコンセット少佐をその場で殺害します。そしてコンセット少佐が自殺したかのように偽装するのでした。
−"Jealous Gun"−
  ハート・パーヴェス大尉夫人が所有する一万五千ポンドの保険がかけられた真珠のネックレスが何者かに盗まれます。近隣で同様な宝石盗難事件が相次いでおり、いつもパーヴェス大尉か大尉夫人が出席していたパーティーで盗難事件は起きていました。
−The Amateurs−
  二人の男があるエメラルドのネックレスを盗む計画を立てます。そのネックレスはある女優が所有しており、その女優は現在舞台に出演していました。男たちは舞台俳優の一人を偽の手紙で帰郷させ、その代役として舞台に出演しようとします。
−The Tenth Round−
  森で鹿撃ちをしていた男が誰かが、撃ったライフルの銃弾にあたり死亡します。奇妙なことに、一発の銃弾がその男の脳を貫通していましたが、それよりも大きな口径の銃弾が脳のなかに残っていました。

『新青年1939年新春増刊』(1939)葉田陽太郎訳収録作品
「決闘」

『新青年1938年秋増刊』(1938)吉水吾郎訳収録作品
「大学生の失踪」

『新青年1937年特別増刊』(1937)収録作品
「三つの鍵」

『探偵小説の世紀/下』(1985)吉田誠一訳(創元推理文庫)収録作品
「三つの鍵」

『宝石57-6』(1957)収録作品
「このユダヤ人を見よ」

『ミステリ・リーグ傑作選・上』(2007)駒月雅子訳(論創社)収録作品
「完全なる償い」

『翻訳道楽』宮澤洋司訳
「決闘(No.47)」「消えた学生(No.48)」「東からの風(No.49)」「出張銀行(No.50)」「本物の事件(No.51)」「准男爵の指(No.52)」