クイーンの定員 #093


トレント乗り出す
Trent Intervenes

E(エドマンド)・C(クレリヒュー)・ベントリー
Edmund Clerihew Bentley

トマス・ネルスン 1939年
London: Thomas Nelson


Thomas Nelson
1st Edition

収録短編
ほんもののタバード
(別題:ほんものの陣羽織)
−The Genuine Tabard−
(Trent and the Mystery of the Genuine Tabard)
独立戦争関連の品の収集家が、ふらりと立ち寄った教会で英国王家の紋章が入った古い官服(タバード)を発見します。収集家は司祭を説得し、その官服を入手しますが、トレントから紋章が違うと指摘を受けます。オチに洒落を使った『黄金の十ニ』にも選ばれた代表作です。
絶妙のショット
(別題:好打、すばらしいショット)
−The Sweet Shot−
毎朝、朝食前にゴルフをする男が2番ホールのフェアウェイで死亡しているのが発見されます。服はずたずたに破れ、髪や顔が焼け焦げていたことから落雷による事故死と考えられましたが、その時刻に雷が落ちたという情報はありませんでした。緻密に伏線の張られた佳作です。トレントが真相を述べるシーンも印象的です。
りこうな鸚鵡
(別題:利口なおうむ)
−The Clever Cockatoo−
ランシー夫人の妹レディ・ボズワースは夕食の度に顔から生気が失われ、あらゆる魅力・気力を無くしていました。普段はひかり輝いている彼女が、なぜ夕食の時だけ変貌するのか?細かなミス・ディレクションを積み重ねているのが楽しいです。
消えた弁護士
(別題:失踪した弁護士)
−The Vanishing Lawyer−
(Trent and the Mystery of the Vanishing Lawyer)
ゲイルズという名の弁護士が事務所に保管されていた莫大な資金とともに失踪しました。穏健な人物だったゲイルズが、なぜ誰にも一言も告げずに身を隠す道を選んだのでしょうか。「そこまでする」理由が釈然としませんが、「そこまでする」姿が笑えます。
逆らえなかった大尉
(別題:無抵抗だった大佐)
−The Inoffensive Captain−
あるパーティーで伯爵夫人が身につけていたダイヤモンドのペンダントが紛失します。犯人として開業医の息子が逮捕されますが、彼はその時ペンダントを所持していませんでした。その男が刑務所から脱走を図ります。彼の目的地はペンダントの隠し場所と考えられました。一見何の変哲も無い手紙に隠されたペンダントの隠し場所をトレントが解読します。
安全なリフト
−Trent and the Fool-Proof Lift−
ワイン輸入代理店を経営するビネ=ガイリー氏が自宅のフラットへ帰り、リフトのボタンを押しましたが何も起きませんでした。不思議に思ったビネ=ガイリー氏がリフトの格子扉を開くと、リフトは最上階に止まっており、シャフトの終点になっている窪みに男が死んでいたのです。エレベーターを利用した物理トリックです。
時代遅れの悪党
−The Old-Fashioned Apache−
(Trent and the Mystery of the Old-Fashioned Apache)
語学に堪能なハウランド博士が夕食前の散歩の途中、何者かに襲われ重傷を負います。博士が発見された場所から30ヤードばかり離れたところでフランス語で書かれた紙片が見つかり、そこに書かれた言葉は泥棒が使う隠語だとトレントは見抜きます。隠語の話がとても興味深いです。
トレントと行儀の悪い犬
(別題:いけない犬)
−Trent and the Bad Dog−
(Trent and the Mystery of the Bad Dog)
人から嫌われがちな酒好きの男が訪問先の銃器室でナイフによって刺殺されているのが発見されます。その当時屋敷にいたのは、召使いを除いて主人のシェリー将軍だけで、その他の人間は外出していました。一瞬の空白な時間を利用した殺害トリックがおもしろいです。
名のある篤志家
−The Public Benefactor−
元治安判事のサマートン氏はトレントに向かって自身が精神の病にかかっていると説明します。頼んでいない物が届いたり、呼んでもいないボーイが来たり、スタンドで買った新聞が1年前の物だったりしたと言うのです。興味を持ったトレントはサマートン氏が病気で無いことを証明しようとします。人の裏表を描いた好編です。手品的な要素も小気味良いです。
ちょっとしたミステリー
(別題:ちょっとした不思議な事件)
−The Little Mystery−
(Trent and the Mystery of the Unseen Visitor)
外科医の秘書をしているマリオン・シルヴェスターは自分が外出中に部屋に誰かが入ったと気付いたのはごく最近でした。テーブルの上に傷が付いていたり、抽斗が少し動いていたりするだけのほんの僅かな違いでしたが、誰かが侵入していたことは確実でした。彼女は知人であるトレントにこの調査を依頼します。マリオンの明るさと犯行の陰湿さが対照的です。
隠遁貴族
(別題:失踪した貴族)
−The Unknown Peer−
(Trent and the Mystery of the Unknown Peer)
サウスロップ卿が所有していた小型の幌付き自動車が発見されたのは海岸のそばでした。車のなかには卿の持ち物がそのまま残されており、海岸で卿の帽子が見つかったことから、サウスロップ卿は入水自殺をしたものと考えられましたが……。ワイン通にはたまらない手がかりが、あるところに隠されています。
ありふれたヘアピン
−The Ordinary Hairpins−
不運な事故で夫と子供を亡くしたレディ・アヴィモアが、メイドや義理の弟と共に乗ったヴェネツィア行きの船上で行方不明となります。船室には自殺をほのめかす書き置きが残されていましたが、それを書いたペンや便箋などは船室から発見されなかったのです。短編集を締めくくるに価する情緒豊かな作品です。幕切れの美しさには感動すら覚えます。



国書刊行会
好野理恵訳
『トレント乗り出す』(2000)好野理恵訳(国書刊行会)収録作品
全編

『黄金の十二』(1955)宇野利泰訳(ハヤカワ・ポケットミステリ)収録作品
「ほんものの陣羽織」

『世界短編傑作集2』(1961)江戸川乱歩編(創元推理文庫)収録作品
「好打」

『バンカーから死体が』(1988)村田勝彦訳(東京書籍)収録作品
「すばらしいショット」

『毒薬ミステリ傑作選』(1977)宇野利泰訳(創元推理文庫)収録作品
「利口なおうむ」

『名探偵登場A』(1956)宇野利泰訳(ハヤカワ・ポケットミステリ)収録作品
「失踪した弁護士」

『探偵小説の世紀/上』(1983)宇野利泰訳(創元推理文庫)収録作品
「無抵抗だった大佐」

『シャーロック・ホームズのライヴァルたち2』(1983)乾信一郎訳(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
「いけない犬」

『別冊宝石77号』(1958)収録作品
「ちょっとした不思議な事件」

『ハヤカワ・ミステリマガジン1985年7月号』(1985)佐宗鈴夫訳(早川書房)収録作品
「失踪した貴族」