クイーンの定員 #096
ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件
スル 1942年
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岩波書店 |
身に覚えの無い肉屋殺しの罪で二十一年の懲役刑を受け獄中生活をしているドン・イシドロ・パロディが、面会者から話を聞くだけで事件の謎を解く究極の安楽椅子探偵物です。文豪ボルヘスとビオイ=カサーレスがH・ブストス・ドメックの名で合作したもので、スペイン語で書かれた最初の探偵小説とも言われています。
収録短編
・ | 世界を支える十二宮 −Palabra Liminar− −Las doce figuras del mundo− |
新聞記者のモリナリは知人であるアベンハルドゥンからイスラム教ドゥルーズ派の加入礼の儀式を受けることを薦められます。三日間紅茶だけで過ごし、黄道十二宮を暗記してのぞんだその儀式でモリナリは目隠しをし長い竿を持って人を探すことを求められます。彼がその試練を終え目隠しを取ると、そこにはアベンハルドゥンが死んでおり自分の持つ竿は血で汚れていたのです。手品の世界で有名なトリックを応用したアイデアに感心します。ドゥルーズ派というはじけた虚構の世界と冷めたドン・イシドロの対比がおもしろいです。 | |
・ | ゴリアドキンの夜 −Las noches de Goliadkin− |
舞台俳優モンテネグロはブエノスアイレスに向かう急行列車でゴリアドキンというダイヤの取引業者と同室となります。ゴリアドキンは昔馬丁をしていた時に皇女と愛人関係になり、彼女が所有していたダイヤの原石を盗んだのですが、20年の月日が経った今、国際強盗団から狙われながらもなんとかその原石を彼女に返そうとしていたのです。しかし彼は何者かによって列車から突き落とされ、モンテネグロが犯人扱いされてしまいます。仕掛けの割に地味な解決が残念です。 | |
・ | 雄牛の王 −El dios de los toros− |
詩人アングラーダが作家や定期購読者のために自分の別荘を解放した際、<モンチャ>の愛称で親しまれる女性と文通していた手紙の束が紛失します。その手紙が世間に公表されることをアングラーダが恐れていたため、モンテネグロはアングラーダ達を農場に連れて行き保養させることにします。しかしその農場で荘重な雄牛の行列が続く最中に<モンチャ>の夫が匕首で刺し殺されてしまいます。話に一貫性が無いため内容がほとんど理解できません。脱線にもほどがあります。 | |
・ | サンジャコモの計画 −Las previsiones de Sangiacomo− |
勲章受勲者サンジャコモは妻を早くに亡くし、一人息子のリカルドを大切に育てていました。そのリカルドが<プミータ>と呼ばれる女性と婚約をします。しかし両家数人が集まって楽しいひとときを過した翌日、<プミータ>は毒殺され寝室で冷たくなって発見されます。登場人物の一人の人生を茶番劇にすることで、逆に愛情の大切さを訴えている気がします。 | |
・ | タデオ・リマルドの犠牲 −La victima de Tadeo Limardo− |
ヌエボ・インパルシアル・ホテルにタデオ・リマルドと名乗る貧相な田舎者が泊りはじめます。リマルドは何度かホテル経営者と揉めますが、それでもホテルに居座り続けていました。そのリマルドがホテルの一室で血まみれになって死んでいるのが発見されます。切ない男の哀愁漂う物語です。 | |
・ | タイ・アンの長期にわたる探索 −La prolongada busca de Tai An− |
中国雲南の中心に秘密の湖があり、その湖の中心にある島には護符の宝石が祭られていました。その宝石がある日盗まれ、祭司長は魔術師タイ・アンに泥棒を捕まえ宝石を取り戻してくるよう依頼します。そしてタイ・アンは職を変えながら泥棒を探しているうちに、ファン・シェという雲南出身の不幸な男に出会います。無秩序と思われた事をドン・イシドロが秩序立てるくだりが圧巻で、ラストも鮮やかに決まった傑作です。 |