クイーンの定員 #109
二壜の調味料
ジャロルズ 1952年 |
Jarrolds 1st Edition |
「本書は掘出し物である――二十六編もの犯罪と推理の物語が収録されており、ことごとくロード・ダンセイニの魅力と機知、独特のスタイルで輝いている。」
エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)
翻訳されると噂されて久しい本書は二十六編の短編から構成されており、そのなかでソースの外交販売員スミザーズが語り手となり、スミザーズと同居していた紳士リンリイが探偵役となるものが九編あります。さらにその九編のうち、スティーガーという謎の男が犯人であると明確なものが四編、スティーガーかもしれないと思わせるものがさらに数編あります。この同一犯で短編を書くという趣向は大変興味深いものなのですが、残念ながら作品数が少なく、犯人スティーガーに一貫した意思が無いなど、短編集という集合体としての効果が感じられません。
リンリイ物以外にも、引退した元刑事リプリイの回想録として記述されている作品が三編、リプリイという名前は出てこないものの引退した元刑事というリプリイを想像する作品が他に一編あります。
二十六編も含まれていると、その内容もヴァラエティに富むことになり、最後の一行であっと驚かす本格的なものから、クライム・ノヴェル的なもの、SF的なものまであります。どの作品もミニ・ミステリとしての完成度は高く、最後のページには必ず驚きや予想外が待っています。「二壜のソース」の印象が強いので奇妙な味の短編集と思われているかもしれませんが、犯人スティーガー・シリーズやクロスワード・パズルの解から犯人の特徴を言い当てる安楽椅子探偵物「推理」など本格系の作品も数多く含まれています。
なお、本書の英初版本は黒クロースであり、緑クロースは全て再版です。
収録短編
・ | 二壜の調味料 (別題:二壜のソース) −The Two Bottles of Relish− |
スティーガーという男と同棲していた女性が行方不明となります。女性が行方不明になってからもスティーガーは別荘から出かけることはせず、からまつの木を切り、ただひたすら薪を作っていました。料理用のソースを外交販売するスミザーズは、スティーガーが自分の販売するソースを二壜購入していたことからこの事件に興味を抱き、同居する紳士リンリイにこの謎解きを持ちかけます。 | |
・ | スラッガー巡査の射殺 −The Shooting of Constable Slugger− |
二壜のソースで事件を担当していたスラッガー巡査が銃で撃たれて死亡します。犯人はスラッガー巡査宅と道を挟んで反対側に住んでいたスティーガーと思われましたが、スラッガー巡査の体内および周辺から銃弾が発見されず、警察はスティーガーを犯人として逮捕することができませんでした。 | |
・ | スコットランド・ヤードの敵 −An Enemy of Scotland Yard− |
もし、キャンベル氏がクラブへ出かけたり、アイランド警部がビリヤードのゲームを観に出かけたり、ホルバック巡査部長がサッカーの試合に出かけるようであれば、彼らを殺害するという脅迫文がスコットランド・ヤードに届きます。そして手紙に書かれていた通りに、キャンベル氏はクラブで毒殺され、アイランド警部は剥がれ落ちた壁の下敷きになって死亡し、ホルバック巡査部長も大勢の観衆が見守る中、サッカー・グランド上で蛇に咬まれて死亡するのです。スミザーズが外交販売員の腕を活かして犯人の住居に侵入します。 | |
・ | 第二戦線 −The Second Front− |
戦争のため別々の生活をしていたリンリイとスミザーズは再会を果たします。リンリイはスティーガーがロンドン内でスパイ活動をしていることをスミザーズに知らせ、スミザーズにそのスティーガーを見張るよう依頼するのです。 | |
・ | 二人の暗殺者 −The Two Assassins− |
スコットランド・ヤードはロンドン訪問中のサン・パラディソ大統領が暗殺されるとの情報を入手します。さらにドン・ファルドスという人物がそれに関わっていることも調べられていました。この暗殺を阻止するため、スコットランド・ヤードはリンリイの助力を求めます。 | |
・ | クリークブルートの変装 −Kreigblut's Disguise− |
スコットランド・ヤードはある男がドイツのスパイとしてロンドンに潜入していること知りますが、その男の容姿がわからず、捜索は難航していました。警察から協力依頼を受けたリンリイはありとあらゆる変装方法について検討し、最もスパイであることを気づかれにくい変装を探り当てます。 | |
・ | 賭博場のカモ −The Mug in the Gambling Hell− |
アルピットという若い男がパーティーに出かけると言い残したまま行方不明となります。警察の捜査でアルピットはギャンブル場に出かけて千ポンド勝っていたことが判明するのですが、それを聞いたリンリイはこの件に関して手伝えることは何も無いと答えるのです。 | |
・ | 手がかり (別題:推理) −The Clue− |
イブライト氏が何者かによって空き家に呼び出され殺害されます。被害者以外の指紋は残されておらず、手がかりは犯人によって現場に残されたクロスワード・パズルのみでした。リンリイはそのクロスワード・パズルの解から犯人の特徴を言い当てるのです。 | |
・ | 一度でたくさん −Once Too Often− |
ある女性が行方不明となり、警察は夫から事情を聞こうとしますが、その夫が見つかりません。アルトン警部がその夫がスティーガーである可能性を示すと、リンリイはスティーガーはすでに顔も身長も変えてどこかに潜んでいるだろうと答えます。そして顔を変えたスティーガーを見つける唯一の方法はチャリング・クロスの駅に立ち続けることだと言うのです。 | |
・ | 疑惑の殺人 −An Alleged Murder− |
エイミー・コティンは二年前に駅のホームで出会ったアルバート・メリットに一目惚れし、いつか再会できると信じていました。そのアルバートが女性殺害の罪で起訴されていることをエイミーは知ります。結局アルバートは無罪となり、すぐにエイミーはアルバートと婚約します。するとアルバートはエイミーの預金口座を自分名義に変更するよう求めてきたのです。 | |
・ | 給仕の物語 −The Waiter's Story− |
その名の通り、あるウェイターが見聞きした物語。アメリカの億万長者マグナム氏は自分のズボンの裾を汚されたことから掃除係のブレグと口論になり、怒ったマグナム氏は秘書のリペットにブレグを殺すよう命じます。命を受けたリペットはその殺害費用として25万ドルかかることをマグナム氏に伝えます。 | |
・ | 労働争議 −A Trade Dispute− |
世界に名だたるスパイがインドに北方から侵入するとの情報が入り、国境線が厳重に見張られていました。しかし国境を通過する全ての人物のチェックがなされていたにもかかわらず、スパイはインドに侵入したとの連絡が入ります。スパイは一体どうやって見張りの目をかいくぐりインドに侵入できたのか? | |
・ | ラウンド・ポンドの海賊 −The Pirate of the Round Pond− |
海賊にあこがれる少年三人はラジコンボートを海賊船に見立てて池で遊ぶことを思いつきます。ラジコンボートから手製の魚雷を発射させ、他の船を沈没させては意気揚々としていました。しかし少年たちの行動は最初の沈没船の主にばれてしまい、少年たちは復讐を受けることになります。 | |
・ | 不運の犠牲者 −A Victim of Bad Luck− |
金銭に困っていた私は、ポッター家に泥棒に入ることをモルソンから持ちかけられます。モルソン曰く、夕食後ひとりになったポッターはラジオでベートーベンを大音量で聴くので、その間、物音を立てても気付かれずに作業ができるとことでした。ところが、ポッターは大音量でラジオを聴いていたにもかかわらず、私達の侵入を察知したのでした。 | |
・ | 新しい名人 (別題:新しい主人) −The New Master− |
私はチェス仲間の男から自動チェス・マシーンという代物を見せられます。その機械はかなり強敵であり、人間がいつも負けていました。ところがある日、機械が人間に負ける日が来ます。その理由は、所有者の男がラジオに夢中になり、機械(チェス・マシーン)が機械(ラジオ)に嫉妬したためのようでした。 | |
・ | 新しい殺人法 −A New Murder− |
クラーソン氏は警察を訪れ、ターランドという男に命を狙われているので助けて欲しいと訴えます。警察はクラーソン氏宅を訪れ、クラーソン氏の自室の窓に銃弾が通ったような穴が空いていることを確認しますが、何故か銃弾が見つかりません。そのかわり、窓の外側に三角の形をしたある破片が残っていました。 | |
・ | 復讐の物語 −A Tale of Revenge− |
戦時中、ライフボートに乗った三人の男達。しばらくは三人でビスケットを分け合っていましたが、いつしかそれも尽き、ついには相手を殺すことを考え始めます。 | |
・ | 演説 −The Speech− |
時期首相候補のひとりであるピーター・ミンチの陣営を一人の男が訪れ、近日中にピーター・ミンチが予定している演説は戦争を引き起こし兼ねないので中止するよう求めます。演説予定当日、警察は最大規模の護衛を行い、誰もピーター・ミンチに近づけないようにしますが、相手は意外な手段で演説の中止を図ってきます。 | |
・ | 消えた科学者 −The Lost Scientist− |
原子爆弾の研究をおこなう機関からひとりの科学者が暗号ノートを持って逃走します。捜査当局は、この科学者の気を引かせるため、ある暗号メッセージを駅構内で放送することにします。 | |
・ | 書かれざるスリラー −The Unwritten Thriller− |
インドラム氏はクラブのメンバーに対してタザー氏の政治活動を中止させるよう求めます。インドラム氏によると、ミステリ作家を志していたタザー氏は自分の思いついた殺人プロットを小説化せずに、実行に移そうとしているというのです。 | |
・ | ラヴァンコアにて −In Ravancore− |
インドの神像を買い、それをポケットにしまったオーティス氏は、突然二人組の男に声をかけられ、インド解放を訴える集団の会合に連れて行かれます。そこでオーティス氏は集団がイギリスから抑圧を受けていること聞かされるのですが、その最中にひとりの男が一枚の封筒をこっそりとオーティス氏に手渡してきます。 | |
・ | 豆畑にて −Among the Bean Rows− |
引退した元刑事リプリイが、かつて自分が経験した事件を語ります。ロシア人秘密結社による大量殺人の計画を知ったリプリイは、自身でその結社に潜り込み、なんとか情報を引き出そうとします。ところがある日の会合で、首謀者がスパイが紛れ込んでいると言い出し、リプリイは絶体絶命のピンチにおちいります。 | |
・ | 死番虫 −The Death-Watch Beetle− |
再び元刑事リプリイの回想と思われる話。泥棒を専門にしていたティップという男が、ある日突然、脅迫を始めます。ティップはウェザリイという男を訪ね、200ポンドを払わなければ、一週間以内に死ぬ破目になると脅します。そしてウェザリイが支払わなければ、別の男を脅迫するまでだと言って立ち去ります。ウェザリイはこの脅迫を無視して警察に通報するのですが、その後本当に彼は死んでしまうのです。 | |
・ | 稲妻の殺人 −Murder By Lightning− |
元刑事リプレイは、ある男が数年間に渡って計画してきた殺人の顛末を話し始めます。その男は稲妻による殺人を思いつき、寝室に仕掛けをするために被害者が外出するのを何年も待ち続け、更にその家に稲妻が落ちるのをじっと待ち続けたと言うのです。 | |
・ | ネザビー・ガーデンズの殺人 −The Murder in Netherby Gardens− |
インカー氏宅を訪ねた私は、インカー氏が男をナイフで殺害する現場を目撃してしまいます。驚き怯えた私が階上に逃げると、インカー氏は追いかけてきます。私は戸棚に隠れ、インカー氏が戸棚を開けると体当たりしようと待ち構えていたのですが、インカー氏は逆に戸外に走り去ります。そしてインカー氏の通報で私は殺人犯人に仕立てられるのです。 | |
・ | アテーナーの楯 −The Shield of Athene− |
ひとりの女性が忽然と行方不明となり、後日その女性とそっくりの大理石の彫刻が発見されます。それを彫ったとされる男は人間をモデルにした大理石彫刻を何体も発表していましたが、男がどこで彫刻を学び、どこで材料の大理石を手に入れたかは不明でした。考えられるのは、モデルたちが伝説のメドゥーザの顔を見て、そのまま自身が石化したということだけでした。 |
ハヤカワ・ミステリ |
『ニ壜の調味料』小林晋訳(ハヤカワ・ミステリ)収録作品 全編 『世界短編傑作集3』江戸川乱歩編(創元推理文庫)収録作品 「二壜のソース」 『EQMM1963年9月号』(早川書房)収録作品 「推理」 『EQMM1960年3月号』(早川書房)収録作品 「新しい主人」 『ミニ・ミステリ傑作選』エラリイ・クイーン編(創元推理文庫)収録作品 「演説」 『ミステリマガジン1986年8月号』(早川書房)収録作品 「ネザビー・ガーデンの殺人」 |