クイーンの定員 #111


あなたに似た人
Someone Like You

ロアルド・ダール
Roald Dahl

アルフレッド・A・クノッフ 1953年
New York: Alfred A. Knopf


Alfred A. Knopf 1st edition

少し日常からかけ離れた出来事を、緊張感あふれるストーリーで読ませるアメリカ探偵作家クラブ賞受賞の名著です。読めばどこか異常に思える部分も、実は読者一人一人が持っている可能性があることをタイトルが示しています。


収録短編


−Taste−
美食家のリチャード・プラットはスコウフィールド家の晩餐の席上でワインの銘柄当ての賭けをしようと言います。それは、プラットが銘柄を当てることが出来た場合はスコウフィールドの娘と結婚し、負けた場合は自分の別荘二軒を手放すという大胆なものでした。スコウフィールド夫人と娘が止めるよう懇願しますが、スコウフィールドは賭けに乗じます。まさにアッと驚くエンディング、これぞ短編のおもしろさです。
おとなしい凶器
−Lamb to Slaughter−
メアリ・マローニはいつもと同じように仕事から帰宅する夫を待っていました。いつもの時刻に夫は帰ってきましたが、何故かその日に限ってふさぎこんでいる様子でした。そして夫の打ち明け話を聞いた妻メアリは夫の後頭部めがけて羊肉をふりかざしたのでした。ブラック・ユーモアたっぷりの作品で、原題のLambは羊肉とおとなしいの意をかけています。
南から来た男
−Man fron the South−
ホテルのプールで若いアメリカ人の男性が南米から来たと思われる初老の男性から賭けの申し出をうけます。若いアメリカ人の持っているライターが10回続けて火がつくのであれば、初老の男性は所有するキャデラックを譲り、もし失敗したら男性の左手の小指を渡せと言うのです。チャンスと思った若いアメリカ人はこの馬鹿げた賭けを受けたのでした。火をつけるカウントダウンの瞬間は心底背筋が凍ります。最後のオチも申し分ありません。
兵士
(別題:兵隊)

−The Soldier−
男は犬に声をかけながら、小道のスロープをのぼって帰路についていました。その間に幻想する様々な出来事。ママが足にピンを刺す瞬間、医者が爪先をいじくりまわす、毎日変わる部屋の壁紙の色……。戦争の悲惨な体験を幻想的に描いた異色作です。
わが愛しき妻、可愛い人よ
(別題:わがいとしき妻よ、わが鳩よ)

−My Lady Love, My Dove−
妻は今晩ブリッジをしに遊びに来る夫婦が嫌いでたまりませんでした。そこで夫に、その夫婦が泊まる部屋に盗聴マイクを仕込もうと言います。当初抵抗した夫でしたが、結局彼らの部屋のソファの下にマイクを隠します。そして一見楽しい夕べの後、二人がマイクを通して聞いた夫婦の会話は驚くべきものでした。恐妻家の夫の心理がおもしろおかしく描かれています。
プールでひと泳ぎ
(別題:海の中へ)

−Dip in the Pool−
男はその日一日の航行距離を当てる船上オークションに参加していました。今晩の天気は荒れると読んだその男は、最も距離の短い低ナンバー圏を、彼の2年間の貯金に相当する200ポンドで落札しました。もし当たれば1800ポンドになる予定でしたが、翌朝男が起きてみると海はおだやかで船はスピードを上げていたのでした。そこで男が取った行動とは……。これまたブラックな作品です。
ギャロッピング・フォックスリー
(別題:韋駄天のフォックスリイ)

−Galloping Foxley−
パーキンズは36年もの間、いつも同じ汽車の同じ席に座り、規則正しくロンドンまで通勤していました。ある日、顔見知りしかいないはずの乗車駅でステッキを持った見知らぬ男を見かけます。さらにその男はパーキンズがいつも一人で座っている車室に乗り込んできて、彼の神聖な朝のひとときを乱したのでした。翌朝もその男と一緒になったパーキンズは、その男が子供の頃にさんざんいじめられたフォックスリイだと気づきます。見事に裏をかくエンディングです。
皮膚
−Skin−
ドリオリ老人は街の画廊でひとつの油絵を見つけます。それは数十年前に自分が可愛がっていた男の子が描いたものでした。当時ドリオリ老人は男の子の絵の腕を見込み、自分の背中に妻の姿を刺青で描いてもらいました。その刺青は脊椎と肩甲骨の隆起をたくみに利用したそれは見事なものだったで、ドリオリ老人は画廊の人にそれを見せようとします。はたして生きている人間の刺青を他人が買うにはどうすればよいか……。

−Poison−
ハリイ・ポープが友人のティンバーを訪れると、彼はベッドの上でじっと動かずに寝ていました。腹の上に毒蛇がいるためピクリとも動けぬと言うのです。ハリイはあわてて医者を呼び、どうにかして窮地のティンバーを救おうとします。ハリイと医者が毒蛇を何とかしようとして行なうドタバタが本編の見せ場です。
願い
(別題:お願い)

−The Wish−
少年は膝小僧にできたかさぶたをむしって下に落とした瞬間、下に敷かれた赤と黒と黄色の絨毯に気づきます。赤い部分は石炭が赤く燃えているかたまり、黒いところは蛇のかたまりのため、向うへ渡るには黄色の部分だけを歩かなくてはなりませんでした。少年の無邪気な心理を描いたショート・ショートです。

−Neck−
私がタートン卿所有の絵画と彫刻に興味があったことから、彼の広大な屋敷を訪れたのは、とある週末でした。そこの執事から、チップはいらないからその日行われるカードゲームで勝った総額の99%を譲って欲しいと頼まれます。この奇妙な申し出の裏にはタートン卿と夫人の微妙な関係があったのです。終始穏やかですが、ラストで一気に心拍数が上がります。
サウンドマシン
(別題:音響捕獲機)

−The Sound Machine−
クロースナーが作ったのは人間が聞こえない音波も改調して聞き取れるようにする音響捕獲機でした。彼が試しに庭で使用してみると、何やら非人間的な叫びがその機械から聞こえてきます。まわりにはサウンダース夫人しかおらず、彼女の口は動いていません。どうやらそれはサウンダース夫人がバラの茎を切る度に発生しているようでした。作ることは技術的に不可能でないこの機械、ぜひ試してみたいものです。
満たされた人生に最後の別れを
(別題:告別)

−Nunc Dimittis−
天才と呼ばれる画家ジョン・ロイデンは女性の肖像画を描く時、そのモデルのヌードをまず描き、それから下着とドレスを上描きするという変わった手法をとっていました。ライオネルは彼のこの手法を利用して、陰口をたたいているジャネットに仕返しをすることを決意しました。最後まで読んだら最初を読み返したくなります。
偉大なる自動文章製造機
−The Great Automatic Grammatisator−
電気技師のアドルフ・ナイプが休暇中に考案したものは自動的に小説を書く機械でした。それは簡単な初期設定をするだけで、様々なジャンルの小説を数分間で書き上げてしまう画期的なものだったのです。彼は主任のボーレン氏と共に、多くの作品を出版社に送り付け、一躍大金持になることを夢見ました。著者ロアルト・ダールの本心が見え隠れするユニークな作品です。
クロードの犬
(別題:クロウドの犬)

−Claud's Dog−
給油所で働く私とクロウドの二人を中心に描き、「ねずみとりの男(The Ratcatcher)」「ラミンズ(Rummins)」「ホディ氏(Mr. Hoddy)」「フィージイ氏(Mr. Feasey)」という4つの独立した物語で構成されたオムニバス小説です。それぞれ、ねずみとりを職とした男の数奇な行動、束ねた乾草の綱解き、ウジ虫製造工場の発案、偽の犬を使ってドッグ・レースでひと儲けする話を描いており、お互いの作品間に関連性を持たせることで全部でひとつの作品であることを意識させています。どれも余韻を残して終わるのが特徴的です。

『あなたに似た人T』(2013)田口俊樹訳(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
「味」「おとなしい凶器」「南から来た男」「兵士」「わが愛しき妻、可愛い人よ」「プールでひと泳ぎ」「ギャロッピング・フォックスリー」「皮膚」「毒」「願い」「首」

『あなたに似た人U』(2013)田口俊樹訳(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
「サウンドマシン」「満たされた人生に最後の別れを」「偉大なる自動文章製造機」「クロードの犬」

『あなたに似た人』(1976)田村隆一訳(ハヤカワミステリ文庫)収録作品
全編

『クイーンの定員W』(1992)深町眞理子訳・各務三郎編(光文社文庫)収録作品
「皮膚」