クイーンの定員 #123


主題は殺人
The Theme Is Murder

ミリアム・アレン・デ・フォード
Miriam Allen deFord

アベラード・シューマン 1967年
New York; Abelard-Schuman


Abelard-Schuman 1st Edition

「彼女は、奇妙なもの、普通でないものに常に特別な関心を持っているが、それが現実の人間や現実の因果律から遊離したことはない。」

エラリイ・クイーン著『クイーンの定員』からの引用(名和立行訳)


 著者ミリアム・アレン・デフォードは1888年8月フィラデルフィア生まれの女流ジャーナリストです。学生時代から執筆活動を始め、大学卒業後は編集者や新聞記者などを経験し、その後作家に転身したそうです。ミステリ専門の作家ではなかったようですが、ミステリでは犯罪実話を得意とし、MWA賞も受賞しています。フィクションの長編ミステリは書かなかったものの、短編ミステリはEQMM等の雑誌に数多く掲載され好評を博していました。それらを一冊に集めたのが本書で、彼女の唯一の短編集となりました。デフォードはアガサ・クリスティー(1890年生まれ)より年上で、本書が出版されたのは彼女が79歳の時ですから驚きです。
 本書には十七編の短編が収録されていますが、その内容は実にバラエティに富んでいます。時代として、現代のほかに、紀元前1850年の古代メソポタミアと、紀元前数百年の古代ローマを設定した作品があります。犯罪を描く視点は目撃者だったり、被害者だったり、犯人だったりしますが、探偵はありません。これは著者が犯罪に巻き込まれた人々を内面から鋭く描こうとした結果だと思います。デフォードは心理描写に秀でており、エラリイ・クイーンは次のように評しています。「まやかしものでない味わいと明晰な表現、人間の生き方に対する鋭い洞察力と異常心理学に対するゆきとどいた知識がある」


収録短編
ひとり歩き
−Walking Alone−
会社をさぼって散歩をしていたジョン・ラーセンは、ひとりの少女が男に誘拐される瞬間を目撃します。一週間後、その少女は死体となって発見され、ひとりの男が殺人容疑で逮捕されます。しかし、その男はラーセンが目撃した男とは別人でした。無実の男が裁判にかけられようとしていましたが、ラーセンは仕事をさぼったことを妻や会社の上司にバレることを恐れて、真実を語ることができませんでした。
−Beyond the Sea of Death−
ソフィー・レンフォードは南アフリカに住むキース・ハザウェイという男性と文通を始め、初めて会った時に彼との結婚を決意します。しかしキースは仕事のために戻った南アフリカで死亡し、二人の夢はかないませんでした。それから数日後、ソフィーはキースが自分にだけ遺したはずの言葉と同じセリフが新聞広告に出ていることに気づきます。
正直な届出人
−The Death of Eric Heilkram−
保険屋のジョー・ガンディは顧客であるエリック・ハイルクラムという男性から「これを受け取ってくれ」と言われ、腕時計と財布を渡されます。その翌日、ハイルクラムは行方不明になり、後に溺死体となって港内から引き上げられます。検死の結果、ハイルクラムの頭蓋骨に打撲傷が見つかり、殺人事件として捜査が開始されます。
−He Was Frightened−
フロリアン・クックは二十八年間勤めた弁護士事務所を解雇され、一軒の巨大な屋敷の管理人を命じられます。その屋敷には部屋が二百以上あり、階段の段数やシャンデリアのライトなど、数えられるものの多くが十三から成っていました。ある夜、誰もいないはずのその屋敷で、クックはかすかな足音を聞きます。そして貯めてあった食料が少し減っていることに気づきます。
夾竹桃
−The Oleander−
幼い頃から、私の傍には夾竹桃の木がありました。大学生の時、弟のギルバートが実験に使っていた試験管が割れ、私の両眼の視力が失われます。それでも私は夾竹桃の木の下の陽だまりで寝そべって過ごす時間を好みました。時が経って周りの人たちが亡くなったり去ったりし、いつしか私とギルバートの二人だけになったある日、ギルバートが私の反対を押し切って夾竹桃の木を切ってしまいます。
探しだされ読まれるために
−To Be Found and Read−
弁護士のデイル・ハーデンは、自分の結婚式に車で向かっている途中、道端で瀕死の老人を発見します。デイルは老人を車に乗せますが、走り出してすぐに老人は息絶えます。結婚式まで時間のないデイルは老人を車から下ろし、灌木の茂みに死体を隠して、走り去るのでした。
−The Judgement of En-lil−
古代メソポタミアの都市ニップル。最高神エンリルを祀った寺院の経理担当だったルイナンナは、妻のニンダダと夫婦関係が悪化し、自分の息子が欲しいために妾を囲おうとします。怒り狂った妻ニンダダはひとりの奴隷を呼びつけ、仕入れに出かけている夫ルイナンナの暗殺を命じます。
−A Death in the Family−
ジャレッド・スローンは孤児院で育ち、家族での生活に憧れていました。そして五十八歳になった今、ジャレッドは祖母、両親、兄弟に妻子と大家族で住むようになっていました。唯一、普通の家族と違う点は、ジャレッドの家族は全て防腐処理の施された死体であることでした。さらにジャレッドは娘が欲しくなり、自分の好みにあった女の子がいないか探し始めます。
−Full Circle−
バーで働いていたサム・エヴァーズは、リュウ・ディロンが客として来店したことに気づき、こっそり裏口から逃げ出します。サムは近くの駐車場で見知らぬ男性を殴って車を盗み、その車に乗って逃走します。ところが車が信号待ちで止まっていた瞬間、ロックをかけていなかったドアからひとりの男が車に乗り込んできて、サムにナイフを突きつけます。
死手譲渡
−Mortmain−
看護婦のコウラ・ヘンドリックスは刑期を終えて出所する恋人と結婚をするために金を必要としていました。彼女の雇用主であるマーズデンは死期が迫っており、コウラはマーズデンが金庫に蓄えている一万ドルの現金を盗み出そうとします。コウラはマーズデンが定常的に飲む薬に毒を混ぜて飲まそうとしますが…。
−Something to Do with Figures−
ロリーナ・ブラケットがホテルの一室で殺害されます。隣人がロリーナの悲鳴を聞き、通報を受けたホテルの従業員がロリーナの部屋を開けると、そこにはロリーナの兄が血まみれのナイフを持って被害者の横に立っていました。ところが、ロリーナの兄は一貫して殺害を否定するのでした。
−Death Sentence−
ある日、ノーマン・フレインはアル・ラベニールから突然の電話を受け取ります。アルはノーマンの代わりに長い間獄中生活を送っており、務めが終わった今、ノーマンを脅すためにやってきたのです。妻に秘密を知られたくないノーマンは、ある計画を立ててこの苦悩から解放されようとします。
−De Crimine−
古代ローマ時代。ファヴィラは亡くなった友人の父キケロを訪れ、ある相談をします。それは、数ヶ月前に亡くなったファヴィラの義理の伯母が所有していた先祖代々伝わるジュエリーが紛失し、そのジュエリーをファヴィラの弟の恋人が何も知らないそぶりで身に着けていたということでした。
−Musca Domestica−
殺人課に勤める警察官スチュアート・マッケンジーが自宅で妻とのんびり過ごしていると、伯母の妹であるネティーが泣きながら訪ねてきます。伯母のベラは横暴な性格であり、その夜ネティーにひどい言葉を浴びせていたのでした。翌朝、二人の仲を取り戻そうと考えていたマッケンジーは、伯母ベラが自宅で殺害されたという電話を受けます。
−Right the Wrong−
ある日、不動産業者の男性が路上で何者かに拳銃で撃たれ死亡します。数日後、警察に「犯人はアレッサンドロ・コンテだ」という匿名の通報があります。警察が家宅捜索した結果、コンテの自宅から凶器の拳銃が発見され、コンテは逮捕、終身刑を受けます。それから数十年後、コンテの義弟が当時の弁護士を訪れ、真犯人はコンテではなく、別にいたことを明かします。
−Nameless Enemy−
弁護士のウィルソン・ブラインは地方検事選挙に立候補しており、当選は確実視されていました。しかし、ある夜、ブラインはスキャンダラスな写真を騙されて撮られ、それが原因で立候補を取り下げるだけではなく、弁護士の資格まで剥奪されてしまいます。妻子とも別れ、何もかも失ったブラインは、自身を陥れた犯人を捜し出し、その人物に復讐しようとします。
−Homecoming−
サン・セバスチャンという小さな町で少年の誘拐事件が起きます。犯人は捕まりますが、後日、誘拐された少年が海で死体となって発見されます。この事実を知った町の住民は怒りだし、警察署の前に集まって、牢獄にいる犯人を引っ張り出そうとします。


『ハヤカワ・ミステリマガジン1978年5月号』(1978)秋津知子訳(早川書房)収録作品
「ひとり歩き」

『ハヤカワ・ミステリマガジン1978年11月号』(1978)間山靖子訳(早川書房)収録作品
「正直な届出人」

『ハヤカワ・ミステリマガジン1959年10月号』(1959)小笠原豊樹訳(早川書房)収録作品
「探しだされ読まれるために」

『ハヤカワ・ミステリマガジン1958年9月号』(1958)宇野利泰訳(早川書房)収録作品
「死手譲渡」

『毒薬ミステリ傑作選』(創元推理文庫)収録作品
「夾竹桃」