Ten Little Niggers
(And Then There Were None)


「そして誰もいなくなった」

アガサ・クリスティ

1939

★★★★★

Dodd Mead Company 1st edition in USA


あらすじ
 イギリス、デヴォン州沖にある孤島インディアン島に、お互い見知らぬ男女十人がU・N・オーエン氏なる人物からの招待状で集まった。主もおらず、不安にかられたまま迎えた最初の晩餐において、突然何処からともなく十人の過去を暴く声が聞こえ、遂に童謡「十人のインディアン」の歌詩に載せた連続殺人が始まった。一人殺されるたびに、一体減っていく人形達。果たして誰が最後に残るのか?

感想
 童謡殺人の最高峰とも言うべき本作品はクリスティが渾身を込めて作ったクリスティ自身の最高傑作でもあります。犯人当てというミステリの基本的な部分はもちろん含み、スリルとサスペンスにも満ち溢れ、映画化、戯曲化されたように視覚的効果も多分に取り入れられた最高に贅沢な作品です。この作品がミステリ史上に残した痕跡は大きく、今なお人気ベスト10に必ず入る人気を誇っています。

おまけ

 「よく「無人島に何か一つ持っていくとしたら?」という質問に「本」と答える人がいる。もしその本がアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』だったら…。」

 「この本には生きていくための手段が何一つ載っていない。火の焚き方、野草の見分け方、船の作り方など役に立つことが何も書かれていない。あるのは十種類の死に方だけである。おまけにすべて他殺とくれば、自殺志願者も本を投げ出すだろう。」

 クリスティ最大のヒット作品の一つであり、ミステリ史上に燦然と輝く本書は、その犯人の意外性のみならず、巧みな叙述トリックや登場人物の心理描写が高く評価されています。特に、見えない犯人に怯え、死を間近に感じ、お互いに疑心暗鬼し合う人々の心の描写はクリスティでしか成しえない見事な技といえるでしょう。一人ずつ減っていく、あの息詰まる緊張感が、最後の最後に読者にもたらされる驚愕をより一層大きなものへとしています。
 「母親の唄うマザーグースを聞きながら心地よく眠りにつくのはいいけれど、そのまま永遠の眠りにはつきたくないものだ。」 「そして誰もいなくなった」
アガサ・クリスティー
清水俊二訳
ハヤカワ文庫

 クリスティ研究家G・C・ラムゼイ氏によると、童謡「Ten Little Niggers」は1864年にアメリカで作詞され、1868年にイギリスで改作されたそうです。1960年代まで黒人を見かけることのめったになかったイギリスでは、「Niggers」と言う言葉に偏見の意味があるとは誰一人思わなかったらしく、クリスティもその例外ではなかったでしょう。
 1940年、大西洋を渡ってアメリカで本書が出版された際、「Niggers」に代って「Indians」が採用された理由はただの思い付きだったようです。アメリカにはすでに「Ten Little Indians」という別の童謡が存在しており、それを意識した結果であったのも事実でしょう。
 イギリス版の童謡には実際二種類あり、クリスティが幼い頃はもう一つの「一人が結婚して、誰もいなくなった」という歌詞の方が一般的だったらしく、戯曲ではこちらをエンディングとして採用した話は有名です。

 「イギリスの生んだもう一人のミステリの女王ドロシー・L・セイヤーズの代表作は『五匹の赤い鰊(The Five Red Herrings)』」

 最後の手紙の中に犯人が真相究明の手がかりを解説する場面がありますが、その中で七番目の子守歌の文句「燻製にしん」についてふれています。ミステリに詳しいかたならご存じでしょうが、"Red Herring"には「燻製にしん」以外に「人の注意を他へそらすもの」という意味があります。その補足を載せないと、このままの訳では読者に意味が通じません。童謡をモチーフにする場合、いかに歌詞をもじるかがその作品の魅力となるわけですが、この訳ではそのせっかくの魅力が台無しになってしまいます。十種類のうち、この殺人が一番うまくもじってあると思うだけにとても残念です。

 「この作品はよく売れたし、評論家たちの高い評価も得た。けれども作品の出来をほんとうに喜んでいるのはこの私である。この作品を書くのがどれほど難しかったか、どんな評論家よりも私がいちばんよく知っているのだから。」

アガサ・クリスティ



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