The Witness for the Prosecution

「検察側の証人」

アガサ・クリスティ

1948

★★★

Dodd Mead & Company 1st edition in USA


検察側の証人
−The Witness for the Prosecution−
レナード・ヴォールは街で困っていた金持ちの老女ミス・フレンチを助けたことが縁で、ミス・フレンチの金銭的事務を任されるようになります。そのミス・フレンチが殺害され、レナードは容疑者として検挙されますが、アリバイがあったことから法廷では無罪を主張します。しかしレナードのアリバイを唯一証明することができる彼の妻は夫憎さに嘘の証言をするのです。2度に渡るドンデン返しには誰しもが驚愕することでしょう。騙されたというより楽しませてくれた本編は、間違いなくクリスティの最高傑作短編です。
赤信号
−The Red Signal−
伯父であり精神病の権威でもあるアリントン・ウェスト卿と共にトレント夫婦宅を訪ねていたダーモット・ウェストは、突然胸騒ぎを感じます。「今夜何か悪い事が起きる」と。それを裏付けするかのように霊媒師までもが「帰るな」と忠告します。ダーモットは帰り際にウェスト卿から、「トレント夫人に対する愛情を捨てろ」と言われますが、その忠告を無視してトレント夫人が居るダンスホールへ向かいます。そしてその数分後ウェスト卿が射殺されたのでした。この短編ミステリーの核を成す、あるイギリスの法律の存在に驚かされました。この作品は1930年代に書かれた物なので、現在もその法律が存在しているかどうか定かではないですが、「そんな理不尽な」としか言いようがありません。しかしその法律を利用し、見事な作品に仕上げたクリスティにはもっと驚かされます。
第四の男
−The Fourth Man−
汽車の一等席に乗り合わせた医者、弁護士、牧師の3人が不思議な女性の話をしています。フェリシー・ボウルという名のその女性はフェリシー1から4までの4つの性格を持ついわゆる四重人格者で、ある時は平凡な女性ですが、別の人格になると外国語を話しピアノを上手に奏でたりするのです。その話で3人が盛り上がっていたある時、席の隅に座っていたもう一人の男が突然笑い出したのです。ミステリーに多重人格者を用いることは「何でもあり」を可能にするため、結果的につまらないことが多いと思っていましたが、クリスティはそれを逆手にとって見事な作品に仕上げています。ただ短編であるが故の物足りなさは感じました。
SOS
−S.O.S.−
モーティマー・クリーヴランドは車のタイヤがパンクしたために雨と霞の中で立ち往生していました。すると、丘の斜面にチラチラと明かりがまばたいているのが見え、そこに小さな一軒の家があるのを発見します。住人は両親と娘二人に息子一人の計五人家族で、彼を暖かく迎え入れてくれたうえに宿泊を薦めてくれます。そこでモーティマーは部屋のマホガニーのテーブルに書かれた「SOS」の文字を見つけます。本編の魅力の半分は母親のディンズミード夫人のキャラクターでできています。内容的には非常にオーソドックスなミステリーですが、手品のように試験管が出て来るのはちょっと腑に落ちません。
ラジオ
−Where There's a Will−
医師から心臓が弱ってきていると忠告されたハーター夫人の気晴しに、夫人と同居している甥は部屋にラジオを取り付けます。数日後、そのラジオから「間も無く迎えに行く」という亡くなった夫の声が聞こえてきます。そして亡き夫が迎えに行くと告げた当日、夫人は本当に亡くなったのです。サスペンス仕立ての作品です。結末は簡単に想像できますが、オチまでは判りませんでした。単純に終らないところ、一つも二つもひねって終るところがクリスティのうまさです。
青い壷の秘密
−The Mystery of the Blue Jar−
ある朝ジャックは一人でゴルフをしている最中に、「人殺し!・・・助けて!・・・人殺し!」という女性の叫び声を聞きます。近くの家から聞こえたと思ったジャックがその家に駆けつけると、ひとりの女性が何事もなかったかのように草むしりをしていました。そしてその女性は何も聞こえなかったというのです。そら耳だったとその日は引き返したジャックでしたが、次の日も全く同じ時刻に同じ叫び声を聞きます。そら耳かどうか確証を得るために、次の日ジャックは精神科の医者を連れてゴルフに出ました。読了後、思わず「うまい!」とうならされました。神秘的な短編が続いていたので、「この作品も何か恐いことが最後にある」と思っていたら、見事に裏切られました。傑作短編です。
六ペンスの唄
−Sing a Song of Sixpence−
金持ちの叔母が自宅の食堂で文鎮で頭を殴られ殺害されます。使用人が外部から侵入した者はいないと証言したことで、家族四人に容疑が絞りこまれました。しかし家族の無実を信じるマグダレン・ボーンは、エドワード・パリサー卿に助けを求め、事件の真相を究明しようとします。王室勅選弁護士のパリサー卿を探偵役に据えた珍しい作品です。
イーストウッド氏の冒険
−The Mystery of the Spanish Shawl−
自称小説家のイーストウッド君のもとへある女性から助けを求める電話がかかってきます。イーストウッド君がその女性に指定された場所へ行くと、突然警察が入ってきてそのまま彼を連行しようとします。無実を主張するイーストウッド君は好きなように調べてみろと言いますが――。イーストウッド君のキャラクターがこの物語の全てです。クリスティにしてはめずらしくとてもコミカルな人物として描かれていて、だからこそ最後のオチに耐えうるのでしょう。始終微笑みながら読める一作です。
うぐいす荘
−Philomel Cottage−
アリクスはディック・ウィンディフォードを愛しており、いつの日か結婚するだろうと考えていました。そのアリクスの前に突如ジェラルド・マーティンが現われ、二人は一週間たらずのうちに婚約してしまいます。結婚後は幸せそうに見えたアリクスでしたが、夫が死体となって横たわり、その上にディックがかがみこんでいるという夢を何度も見たため、一抹の不安がしのび寄ってきました。疑心暗鬼による恐怖感が見事に伝わってくるサスペンス物です。
事故
−Accident−
夫が砒素の飲み過ぎで死んだことから妻に殺人の疑いがかけられましたが、夫が砒素の常用者であったことから妻は無罪になっていました。実はその妻は義父が崖から落ちた時のもその場に居合わせていたのです。殺人犯は一回の犯行で満足しないと言われており、その女性が再婚した夫も最近生命保険に入ったのでした。とても衝撃的な終りかたをします。予想できない結末であり、クリスティの名に恥じないサスペンス物の名作でしょう。
第二のドラ
−The Second Gong−
晩餐の時間に厳格だったヒューバート・リッチャム・ローシュ氏がその日に限って食事を知らせるドラが鳴っても顔を見せませんでした。事前にヒューバート氏から家族の調査を依頼され同家を訪れていたポアロは、鍵のかかった書斎のなかでヒューバート氏が頭を銃で撃たれて死んでいるのを発見します。警察は自殺と断定しますが、ポアロはそれを信じませんでした。短編なのに登場人物が多いのが難点ですが、プロットがとても良くできており、クリスティには珍しい密室物になっています。

おまけ

 その1)「情婦」(検察側の証人)
 短編の中から映画化された数少ない作品の一つです。1957年ビリー・ワイルダー監督のもと、マレーネ・デートリッヒが熱演しています。

 その2)六ペンスの唄
 有名なマザーグースのひとつであるこの歌はクリスティのお気に入りだったらしく、『ポケットにライ麦を』や「二十四羽の黒ツグミ」にも使われています。詳しくは『ポケットにライ麦を』をご覧下さい。
「検察側の証人」
アガサ・クリスティ
厚木淳訳
創元推理文庫

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