Crippen & Landru
Cloth Edition
1st edition in USA
The Pleasant Assassin

ヘレン・マクロイ
Helen McCloy


2003

★★★

収録短編

Through a Glass, Darkly
鏡もて見るごとく
(『歌うダイアモンド』)

ベイジル・ウィリング博士はブレリトン校のミセス・ライトフット校長を訪れ、同校の美術教師だったフォースティーナ・クレイルがなぜ解雇されたかを尋ねました。校長曰く、二人のクレイル教師が同時に目撃されるという奇妙な事件が校内で何度か発生しており、気味悪がった生徒が次々と転校しそうだったので、それを防ぐためにクレイル教師自身を解雇したというのです。クレイルは自分の分身がいることを噂で知ってはいたものの、自身は全く自覚が無く、ただひたすら悲観に暮れるしかありませんでした。長編『暗い鏡の中に』の原型となった作品で、オカルト色を出しながらも、合理的解決を持たせた傑作本格ミステリです。

The Singing Diamonds
歌うダイアモンド
(『歌うダイアモンド』)

アメリカ各地で「歌うダイアモンド」と呼ばれる謎の飛行物体が次々と目撃されます。そしてそれを目撃した人々が次々と死を遂げていくのです。目撃者の一人マティルダ・フェアヴォーンは自分もいずれ死ぬのではないかと恐れ、ベイジル・ウィリング博士に相談を持ち掛けて来ました。目撃者に共通していたのは、一人を除いて全員が喘息持ちだったことと、数人の家に砂糖漬けの生姜の箱があったことだけでした。絶妙なタイトルで既に十分読者を惹きつけていますが、本文で繰り広げられる謎のおもしろさでも虜にします。

The Case of the Duplicate Door
消えた頭取
(『EQMM 1965年5月号』)

ニューヨークにあるコンサーヴァティヴ信託銀行の頭取が、現金八万ドルと証券三十万ドルを持ったまま失踪します。一緒に買い物に行く約束をしていた現妻をまくように逃げ出し、そのまま行方不明となっていたのですが、次の日、突然先妻のもとへニューヨークへ戻る旨の電報を送ってきたのです。警察は空港で待機し、頭取の自家用機が着陸するや否や、昇降口から客室に乗り込みます。しかしそこに頭取の姿はありません。パイロットは飛行中に頭取が乗っていたことを確認しており、頭取はトイレと昇降口のドアを間違えて、空中に放り出されたと考えられました。クレイトン・ロースンの「マーリニと写真の謎」と同じく、オリジナルはジグソー・パズル付きでパール社より発売されました。パズルを作成し、その絵をヒントに謎を解くという趣向です。後にこのパズルの絵を省略して、米EQMM(1965年2月号)にInto Thin Airとタイトルを変えて再録されました。本書にはそのジグソー・パズルの絵が収録されています。

Thy Brother Death
強襲戦術
(『EQMM 1960年5月号』)

ディック・ブラウントがウィリング博士に見せたのは、死を予告するかのような詩が同封された一通の封書でした。封書はディックの妻クララに宛てられており、最近解雇した女中が恨みから送ったのでないかとディックは博士に話します。そこで女中の筆跡を確認すべく二人がディックの事務所に行くと、そこの電話が鳴っており、電話にでたディックはクララの悲鳴と銃声を電話口の向こうに聞きます。二人が慌てて自宅に戻ると、クララが額に穴を開けて死んでおり、解雇した女中が若い男性と共に近くに立っていました。ミステリ的にはつまらないが、人間の下意識を利用した点は興味深いです。

Murder Stops the Music
ピアノが止んだ時
(『HMM 1978年7月号』)

シビラ・スウェインがダンスパーティーでの演奏を依頼しに有名なピアニストであるエイレンサル夫人宅を訪れた際、一匹のボクサー犬がエイレンサル夫人の部屋に入り込みます。シビラもエイレンサル夫人もその犬に見覚えは無く、何故勝手に入ってきたのか不思議でした。そのボクサー犬はポール・アーモニイという住人の犬であることが判明しますが、その犬が何者かに殺されます。そしてダンス・パーティー当日、エイレンサル夫人がピアノ演奏している最中、突然照明が消え、電気が回復した時には、エイレンサル夫人がナイフで刺されて殺されていたのです。プロットを複雑化し過ぎて理解し難い作品になってしまっています。

The Pleasant Assassin

ボストンに来ていたウィリング博士のもとへフォイル警視の紹介でボストン警察のグローガンが訪れます。グローガンによると、警察は著名なジェレミア・ピットケアーン教授が麻薬密輸に関係しているとの情報を得ており、グローガン自身がその捜査にあたっていました。ある日、教授が現れる予定のバーでグローガンが張り込みをしていると、偶然旧友と出会ってしまい、その旧友がグローガンの名と職業を声に出してしゃべってしまったために、張り込みは失敗に終わってしまったのです。その場にいた誰かがピットケアーン教授に密告したはずなのですが、グローガンは誰がどうやって教授に連絡したかが判らず、ウィリング博士の協力を求めにきたのです。ウィリング博士の娘ギゼラが登場するのが注目です(何故かウィリング博士の妻の名もギゼラです。――『割れたひづめ』参照)。捜査の過程で偶然娘に出会って慌てるウィリング博士がなんとも微笑ましいです。

Murder Ad Lib
死者と機転
(『ミニ・ミステリ 100/中』)

雷鳴がとどろくある夜、ウィリング博士の別荘にひとりの女性が訪れ、家の電話が不通なので電話を貸して欲しいと申し出ます。女性はモイラと言う歌手で、マックスという男性とコンビを組んで好評を博していました。そのマックスの父親が死亡したため、マックスに連絡を取りたいらしいのです。しかしウィリング博士の電話も不通でモイラはマックスに連絡できません。そこへ警察が現れ、マックスの妻が殺害されたことを知らせます。マックスの父親が死んだことはまだニュースで流されておらず、もしマックスが予定通り父親を訪ね、彼が死んだことを知っていれば、要する時間から妻を殺害していないことになると言うのです。そこへマックスが現れ、告げた言葉は……。トリックはおもしろいのですが、ウィリング博士の存在感が全くないのが残念です。

A Case of Innocent Eavesdropping

マーケル夫人は一人暮らしをしていましたが、心臓病を患って以来、息子ジョージとその妻マギー、そして孫のグレッグと共に住むようになりました。ある日、ジョージが仕事で外出している夜、マギーと隣家のフランク・レスリーが不倫している現場をマーケル夫人は目撃してしまいます。更に彼らが余命幾許も無いマーケル夫人の遺産を期待していることを聞いてしまうのです。そしてその夜、マギーが鈍器で殴られて死んでいるのが発見されます。ウィリング博士が専門知識を利用して、ある証言が嘘であることを突き止めるシーンが秀逸です。この事件の時点で、ウィリング博士の娘は結婚して外国住まいをしており、ウィリング博士はひとりボストンに住んでハーバード大学で精神医学を教えています。

Murphy's Law

マーフィーは同じ階に住む教授と共謀してサミー・ボークなる人物が所有する古代ギリシアのコインを盗もうとします。マーフィーはサミー・ボークが滞在するホテルの警備を行っており、教授がサミー・ボークと飲んでいる間に、マーフィーが合鍵でサミー・ボークの部屋に入ってコインを盗む計画でした。ところがマーフィーがコインを盗んで部屋から立ち去ろうとした瞬間、サミー・ボークが教授と共に帰ってきて、さらにジェサップなるコイン商も現れ、サミー・ボークに高価なコインを売りつけ始めたのです。なんとかその場を取り繕って退散したマーフィーと教授でしたが、マーフィーがサミー・ボークの部屋に拳銃を置き忘れてきたことに気づき、それを取りに部屋に戻ると、サミー・ボークがその拳銃で額を撃ちぬかれて死亡していたのです。タイトル通り、「マーフィーの法則」をもじったユーモアあふれる傑作短編です。せっかくコインの窃盗に成功したのに、盗んだコインの歴史が書かれた紙をコピーした後に部屋に返そうとしたり、忘れた拳銃を取りに戻ろうとしたりと、マーフィーのトンチンカンな行動に大笑いします。犯人の意外性など、ミステリてしても良く出来ています。

That Bug That's Going Around

ベイジル・ウィリング博士の娘ギゼラは夫のアランが急用で外出することになったため、アランが夕食に呼んだ客人の対応におおわらわしていました。さらに運の悪いことに息子のピーターが熱を出してしまい、接客をウィリング博士に任せて、ギゼラは医者探しに懸命となります。最初に診断にきたプレスコット医師は心配無いと言って去りますが、その一時間後にピーターが痛みまで訴え出したため、ジセラは信頼できるユール医師にも診断を依頼します。一方、客人たちは宿泊先のホテルで謎の流行病により5人の死者が出たニュースに騒ぎ始めます。そして客人のひとりであるノーベル賞受賞者のジェイソン・ブレアがその場で突然倒れて死亡してしまうのです。謎の細菌を題材にして、現代科学の危険性を訴えたSFタッチの異色ミステリです。ノーベル賞やNASAが登場するのは大袈裟でげんなりしますが、ウィリング博士の家族愛には心暖まります。

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