Crippen & Landru
Cloth Edition (175 copies)
1st edition in USA
The Newtonian Egg
and Other Cases of Rolf le Roux

ピーター・ゴドフリー
Peter Godfrey


2002

★★★

収録短編

The Newtonian Egg
ニュートンの卵

いつ死ぬかわからないという腸結核にかかって入院しているハル・ブルックが、同じ病気をもつ同室の二人と殻の割れていない卵のなかに毒を入れる方法について語りながら朝食に用意されたゆで卵を食べて本当に毒死してしまいます。ハルはその日看護婦のドリスと結婚式をあげる予定であり、決して自殺をするような人物ではありませんでした。結婚式に呼ばれて病院を訪れていたロルフ・ルルーはこの難事件にひとり取り組み、意外な真相に気付きます。エラリー・クイーンの言葉を借りると、「Whodunit、Whydunit、Howdunitの三つの要素が全て含まれた不可能犯罪とアリバイくずしを兼ね備える」奇跡の短編ミステリです。

The Fifth Dimension

爆弾犯として一度は逮捕されたものの脱獄して行方不明となっていたトム・レリートなる人物が、ケープタウン警察のジャウバート警部に再び爆弾予告を送りつけてきます。明日の午前11時にケープタウン中心部の公共施設で爆破を実行することを記した予告上には、Who、Why、Where、Whenに次ぐ5つ目の要素を見つけ出せば、椅子に座っていてもおのずと爆弾を発見できると記されていました。ジャウバート警部は市内に緊急配備をしますが、爆弾を発見することができません。そして時計が11時のチャイムを鳴らし始めた瞬間、ロルフ・ルルーは……。章を短く切り、次々と場面を切り替えながら、ゼロ時間に向かっていく緊張感を見事に描いています。後記で著者が明かしたトーマス・バークのある作品との意外な関係も驚かされます。

Kill and Tell

ジャウバート警部はジョンソン刑事とロルフ・ルルーとともに作家のバニスターを訪れます。バニスターは実際に起きた未解決殺人事件をまるで真相を知っているかのようにフィクション化してきた作家で、実際の被害者と死亡直前に会っていたなど事件にも直接関与していた人物だったのです。そのバニスターの新作に関するインタビュー記事が前日の新聞に掲載されたのですが、その新作の内容が現在捜査中の殺人事件に極似しているため、ジャウバートたちはバニスターが何らかの事情を知っていると考え訪れていたのでした。しかし、作中で犯人に鉄壁なアリバイがあったように、バニスターにも難攻不落なアリバイがあったのです。本作品に用いられたアイデアは非常におもしろいのですが、真相が予測できてしまうのが残念です。ただ動機は予想外で、それに対する伏線も用意されています。

And Turn the Hour

結婚を間近に控え喜びに溢れていたドナルド・ウインターは、新しい生活に合わせて新しい腕時計を買います。古い時計をズボンのポケットにしまい込み、新しい時計をシティ・ホールの時間10時55分に合わせます。その時、彼の心に何かが起き、彼が再び意識を取り戻したのは11時47分になってからでした。ところが彼の腕には何故か古い腕時計がしめられており、ポケットには見知らぬ映画のチケットと潰された白い花が入っていたのです。ドナルドは52分間の記憶を完全に喪失していました。ドナルド自身に記憶を取り戻そうとする意志が無く、このまではドナルドは錯乱し結婚も破談になると考えた医者のべレスキーは、ドナルドと同じアパートに住むロルフ・ルルーにドナルドが記憶を無くした理由を探しだすよう依頼します。著者ゴドフリーがお気に入りに一作。記憶を失うきっかけとなった背後の事件に背筋がゾクゾクします。

Angel of Death

ジャウバート警部の部下であるケルダー刑事が波止場に泊めてある船のなかで射殺死体となって発見されます。ケルダー刑事はビングルという男の警護のためビングルの滞在しているホテルにいたはずであり、何故ケルダー刑事が持ち場を離れて波止場まで来たかが当初は理解できませんでした。しかしその謎を解く鍵となったのが、ケルダー刑事の財布のなかからみつかったクロスワード・パズルだったのです。クロスワード・パズルを解くように言葉遊びを繰り返しながら事件も解決していきます。

Time Out of Mind

「天国」と名づけられた精神病患者のための療養施設で、経営者の一人であるシスター・ヘンショーが編針で右目を刺されて殺害されているのが発見されます。犯人の仕業なのか、被害者の顔には化粧がしてあり、鉛筆で書かれた眉毛のうえから化粧パウダーが塗られるなど不自然な仕上がりになっていました。発見当時、施設にいたのは五人の女性患者と一人の看護婦だけでした。ジャウバート警部とともに現場に駆けつけたロルフ・ルルーは各人の定時の行動から犯人を割り出します。EQMMに採用された最初の作品で、逆説的な終わり方が心地よいです。

The Face of the Sphinx

およそ80万ポンドにも及ぶ宝石類がダイヤモンド販売会社の金庫から盗まれます。犯人は一人の黒人男性と一匹の犬で、犬が被害者を押し倒し、喉元に牙をむき出してうなっている間に男が宝石を盗むという手口でした。さらに同じ手口の犯行が連続しておこり、ケープタウンの住民を恐怖の底に落とし入れます。そして白人の若者数人が犬を連れて歩いていた黒人男性を襲撃したことをきっかけに、街は人種対立を起こし、暴動寸前となったのです。被害者たちが犯人の額には南米大陸の形に似た痣があったと共通して証言したことから、ロルフ・ルルーは事件を解決し、黒人集会でその真相を述べたのです。南アフリカの悲しい事実に正面から取り組んだ意欲作で、ルルーの演説が作者の気持ちを代弁しているようです。

Little Fat Man

ジェファーソン・カーライルと名乗る男が警察を訪れ、見知らぬ男に付け回されているので助けて欲しいと懇願します。始まりはニューヨークにあるカーライルの家に投げ込まれた脅迫状でした。そこには昨日道で見たことを忘れろと書かれていたのです。あわてて窓から外を覗いたカーライルはひとりの小柄で太った男を目撃します。特別なことを見た記憶が無いカーライルはそのままそのことを忘れていましたが、出張中のロンドンで再び脅迫状を受け取ります。そして再びあの男を目撃したのです。怖くなったカーライルは男を撒くようにあらゆる国を旅しますが、いつもあの男に遭遇し、ここ南アフリカでも同じ目に会っていたのです。真相は見え見えですが、ルルーが指摘する証拠にちょっと驚きを感じます。

The Flung-Back Lid
この世の外から(『ミステリマガジン』1988年12月号)

車掌のヘストンはテーブル山の頂上からひとりで下りのロープウェイに乗りこみます。ところが上りのロープウェイに乗っていた技師のディンブルが、ワゴンのすれ違いざまにヘストンの背中にナイフが突き刺さっているのを目撃するのです。頂上では元気だったヘストンが密室であるロープウェイのなかでどうやって殺害されたのか?電話を受け駆けつけたジャウバートとロルフ・ルルーはこの前代未聞の不可能犯罪に取り組みます。大筋は「この世の外から(Out of This World)」と同じですが、「この世の外から」が火星人に存在にこだわっているのに対して、本作品はそのようなくだらないSF色を排して、割とすっきりした本格ミステリに仕上がっています。トリックは密室物でよく使われる手法ですが、ロープウェイのなかというのが斬新です。

The Perfumes of Arabia

ケープタウンに来ていた劇団の俳優エドマンド・モーティマーが夜の10時街の路上で撲殺されます。目撃者によると、犯人はモーティマーを棍棒のような物で殴った後一度立ち去りましたが、再び引き返してきて狂ったように殴り続けたとのことでした。劇団はシェイクスピアの「マクベス」を上演するためにイギリスから来ており、劇団所有のかつらなどで変装していたことから犯人はこの劇団関係者と目されました。「マクベス」をもじった悪魔的な犯行に戦慄をおぼえます。