The Silver Mask

「銀の仮面」


ヒュー・ウォルポール


1928-1938

★★★
国書刊行会
倉阪鬼一郎訳

誰しもが一度は感じたことのある様々な妄想や恐怖心を独特の雰囲気で描く傑作短編集です。


収録短編

銀の仮面
−The Silver Mask−
ディナー・パーティの帰り道、ソニア・へリスは一人の痩せ細った男から声をかけられます。やむなく自宅に招きいれたソニアは男に軽食を与え、その日は1ポンド札を握らせて帰らせます。しかし男はその後も何回とソニアの前に姿を現し、彼女の生活を狂わせ始めます。決して脅すことなく、いつも媚びながらも、人の生活を蝕んでいく不気味なお話です。

−The Enemy−
古書店主ジャック・ハーディングは同じ通りに住む男から通勤途中に声をかけられ、自店の近くまで朝の会話をする羽目になります。その後毎日のように顔をあわせてくるその男に、いつしかハーディングは敵対心をもつようになります。誰でも持ったことがあろう心理をストレートに表現することが読む者に響きます。
死の恐怖
−The Fear of Death−
ウェストコットは休養で訪れていた島のホテルに自分が大嫌いなウィリアム・ロリンがいることに気付き気分を害します。それでも仕方なく話しをしているうちに、ロリン夫人が夫のせいで抑制された生活を送っていることを知ります。彼女は正気を失っているかのようでした。結末の事実が書かれていなくとも、読者は想像で恐怖を感じます。
中国の馬
−Chinese Horses−
ミス・マクスウェルは財政難からセントジョンズウッドにあるお気に入りの家を人に貸すことを決意します。ミス・マーチという若い娘の借り手がすぐに見つかりましたが、いざ貸し出してみるとミス・マクスウェルは急に家がいとおしくなったのです。物への執着心を描いた作品ですが、この短編集のなかではかなり穏やかな作品です。
ルビー色のグラス
−The Ruby Glass−
ある日、いとこのジェーンがコール家に連れられてきます。いつも怯えて泣いてばかりのジェーンに八歳のジェレミーは不愉快なものを感じていました。そのジェーンがコール夫妻が大事にしていたルビー色のグラスを割ってしまいます。そこでジェレミーが出た行動は……。子供の視点と心理で描かれていますが、その内容は大人のそれを超えるかもしれません。
トーランド家の長老
−The Oldest Talland−
コンバー夫人がよそ見をしている間にぶつかってしまった子供は町の二大勢力の一つトーランド家の娘でした。そしてコンバー夫人は子供を送り届けた際、トーランド家の長老ですでに口のきけなくなった老婆に出会います。親切と迷惑、送る側受け取る側の感情の違いを冷淡なまでにたんたんと描いています。
みずうみ
−The Tarn−
フェニックにとってフォスターは自分の幸運を妨げ続けた憎き存在でした。そのフォスターがフェニックを訪ねてきます。表面上はいい顔をしていたフェニックでしたが、いつしかフォスターを人気のない湖に連れ出します。自らを失うまで妄想する怖さがたまりません。
海辺の不気味な出来事
−Seashore Macabre―A Moment's Experience−
父と妹とともにシースケイルの砂浜で過していた私は、お小遣い片手に一人小さな駅へと向かいます。そして駅で雑誌を購入した直後、私はひとりの背中の曲がった老人とぶつかりそうになります。そのまま老人のあとをつけた私は……。子供の見る怖い夢を再現したような物語です。

−The Tiger−
イギリス生まれのホーマーは仕事の関係でニューヨークに移り住みます。自分がニューヨークで独りぼっちであることに気付いたホーマーは、いつしかニューヨークじゅうに野獣が絶えずうろついている妄想を抱き始めます。孤独な男が大都会のなかで追い込まれていく心理を鋭く描いた傑作です。

−The Snow−
エリナーは夫ハーバートとのケンカを反省し自分から謝罪をしますが、ハーバートはさらに不満をぶつけてきます。ハーバートが前妻との比較を出してきたためエリナーも怒りを爆発させ、ついにハーバートは家を出て行きます。残されたエリナーは誰かが部屋にいる気配を感じます。暗い感情のなかに迫り来る恐怖が背筋を凍らせるホラーです。
ちいさな幽霊
−The Little Ghost−
友人の死に意気消沈していた私は、兄の友人であるジャック・ボールドウィンから招待を受けボールドウィン家を訪れます。そこには騒がしいまでに子供達が走り回っており、静かになりたい私は寝室にこもるようになります。そこで私は子供の幽霊の存在に気付きます。死の悲しみを幽霊によって癒す設定が独特の世界観を生み出しています。

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