樹木の歳時記(秋)

AUTUMN

TREE HAIKU POET
木犀 木犀が匂う蔭より日向より 古屋秀雄
金木犀雨の雀がこもり鳴く 皆川盤水
木犀の香に昇天の鷹ひとつ 飯田龍太
木犀の香の沁みてゆくとなりの樹 野沢玲子
木犀の匂い日陰に隠れゐし 福田甲子雄                
むくげ 道のべのむくげは馬に喰われけり 芭蕉
花木槿蕊つつみゆく雨夕べ 森田シズ子
白むくげ嬰児も空を見ることあり 細見綾子
芙蓉 風はらむはずみにひらく芙蓉かな 阿波野青畝
畳屋が路地塞ぎをり紅芙蓉 多田納君城
紫式部 霧一過紫式部映えにけり 阿波野青畝
椿の実 椿の実拾ひためたる石の上 勝又一透
実の多くなりし椿の大樹かな 高浜虚子
秋果 沈む色浮く色秋果盛られをり 岡田貞峰
白桃 白桃を洗ふ誕生の子のごとく 大野林火

柿をとりつくして天を淋しくす 菖蒲 あや
いちまいの皮の包める熟柿かな 野美山朱鳥
柿といふ温かきもの冷たきもの 石田勝彦
日あたりや熟柿の如き心地あり 夏目漱石
よろよろと棹がのぼりて柿挟む 高浜虚子
柿の朱を点じたる空こはれずに 細見綾子
太陽の裏まで見えて柿熟るる 佐野青陽人
色付き熟した柿には、太陽が宿っている。明るくて温かく恵深い。葉が落ちて、柿の実がたくさん顔を見せはじめると、周囲が明るくなりのどかな風景となる。
柿紅葉 塀外の二枚落ちたる柿紅葉 高浜虚子
音たてて夕日の沈む柿紅葉 吉本秀子
りんご 刃を入るる隙なくりんご紅潮す 野沢節子
星空へ店より林檎あふれおり 橋本多佳子
ぶどう ぶどう垂れ下がる如くに教へたし 平畑静塔
一房に秤傾くぶどうかな 吉屋信子
葡萄食う一語一語の如くにて 中村草田男
ざくろ 熟れそめて細枝のしなふざくろかな 西島麦南
塀の内にざくろ熟して人住まず 折井愚哉
なつめの実 とびついてとるあをぞらの熟れなつめ 飴山実
浪音の空にしてゐる棗の実 茨木和生
なつめの実母の様なる風過ぎつ 岸田稚魚
レモン いつまでも眺めていたりレモンの尻 山口青そん
かりんの実 かりんと坐す少し傾ぐは相似たる 加藤しゅうそん
知らぬ町迷いて仰ぐくわりんの実 中村姫路
紅葉 もみじの葉泳げば魚飛べば鳥 菅野憲正
散るのみの紅葉となりぬ嵐山 日野草城
障子しめて四方の紅葉を感じをり 星野立子
紅葉せり何もなき地の一樹にて 平畑静塔
一雨来て十重に彩増す紅葉山 山田みづえ
一山を統べし一樹の初紅葉 岡本福太郎
考へることやめし樹よ紅葉して  中尾寿美子
かちかち山雑木紅葉の色となりぬ 山口青邨
もみじは、万葉集で見られるように、植物が色づくことを意味する「もみち」に由来する。
もみぢして松に揺れそふ白膠(ぬるで)かな(飯田蛇忽)
(「植物と行事」湯浅浩史著)
黄葉 黄葉を踏む明るさが靴底に 内藤吐天
照葉 照葉して名もなき草のあはれなる 富安風生
蔦紅らむ野外音楽堂椅子一目 宮津昭彦
櫨紅葉 櫨紅葉農夫に没日とどまれる 赤尾兜子
山頂の櫨の紅葉を火のはじめ 矢島渚男
さきがけて柞が黄なり森の口 福永耕二
赤松に柞もみぢの降り急ぐ 杉山岳陽
銀杏 銀杏を割って取り出す天の色 対馬康子
銀杏散る遠くに風の音すれば 富安風生
おしゃべりの幼児のごとく銀杏散る 古田秋砂
銀杏散るひかりに重さあるごとし 増田史
地に復るもののきらめき銀杏落つ 鍵和田抽子
錦木 錦木や鳥語いよいよ滑らかに 福永耕二
桐一葉 桐一葉日当たりながら落ちにけり 高浜虚子
桐一葉大地に軽き音残す 市橋山斗
一葉して幹は下りゆく蟻ばかり 皆吉爽雨
柳散る 人中に柳散るなり京の町 五百木瓢亭
名ある木 名ある木も名もなき木々も散りはじむ 青柳照葉
欅散る 早口の四十雀来て散る欅 黒坂紫陽子
新松子(しんちぢり) 潮騒の追ってくる道新松子 島村茂雄
海の陽は橘の黄を新たにす 椎橋清翠
橙をうけとめてをる虚空かな 上野泰
ななかまど 湿原に神の焚き火ななかまど 堀口星眠
雲海へ紅葉吹き散るななかまど 岡田貞峰
ななかまど岩から岩へ水折れて 桜井博道
桐の実 鳴らざれば気づかざりし桐は実に 加倉井秋を
栴檀の実 栴檀の実に風聞くや石畳 芥川龍之介
いいぎりの実 日が遠しいいぎりの実を仰ぎては 岸田稚魚
南天 南天の実太し鳥の嘴に 高浜虚子
茨の実 野茨の実を透く風の過ぎにけり 福田甲子雄
頬白に朝がはじまる茨の実 青柳志解樹
拘杞の実 拘杞の実の人知れずこそ灯しをり 富安風生
がまずみ がまずみや蓑虫切に糸縮め 殿村面菟絲子
山葡萄 山葡萄むらさきこぼれる山日和 水原秋桜子
たら 底見えぬ崖に茫茫たらの花 加藤知世子
木の実 木の実落つ小さき木魂返しつつ 緒方句狂
よろこべばしきりに落つる木の実かな 富安風生
老いの手をひらけばありし木の実かな 後藤夜半
木の実降る音からからと薮の中 高浜虚子
木の実みな熟れてさだめの時お待つ 飯田龍太
一樹あり木の実こぼして仰がるる 神坂ふゆ子
くろがねもちの実 神木のくろがねもちの木の実かな 大松まさを
椋の実 椋の木の下には椋の実を拾ひ 池内たけし
松手入 松手入れする声落ちる枝落ちる 辻田克巳
竹伐る 竹切って遠くより日の射しにけり 遠山りん子
破芭蕉(やればしょう) 生き方は死に方に似て破芭蕉 高橋悦男
さらさらと白雲わたる芭蕉かな 正岡子規
横に破れ縦に破れし芭蕉かな 高浜虚子
もう風を怖れず芭蕉破れにけり 館岡幸子
芭蕉破れ雲八方にみだれけり 長倉閑山
待つことは長し栗の実落つることも 山口青そん
栗のいが籠の中へも日がはいる 細見綾子
団栗 団栗の己が落葉に埋もれけり 渡辺水巴
旅の掌の中の団栗あたたかし 山崎ひさを
石段に落ちて団栗はずみけり 宇田川やす子
梅もどき 横向ける小鳥のはしに梅もどき 岡安迷子
訪ふ人に呼ばれし垣や梅嫌 長谷川かな女
鵯の声去りてもゆらぐ梅もどき 水原秋桜子
一位の実 手にのせて火だねのごとし一位の実 飴山 実
通草 通草食む烏の口の赤さかな 小山白楢
鳥飛んでそこに通草のありにけり 高浜虚子
母追うて走る子供の手に通草 橋本鶏二