桂離宮と

モンドリアン


(1)構成美の追求

(2)モンドリアンの十字形と宇宙樹

(3)直線の深層心理


(1)構成美の追求


写実ではなく比例分割や構成法よる美

 モンドリアンの抽象画と桂離宮の建築様式は、視覚芸術と建築芸術のジャンルに違いがありますが、矩形、直線、分割、比例などの構成美を追求している点で酷似しています。
モンドリアンは日本文化の影響は直接は受けていないようです。むしろ、オランダの人工的な幾何学的国土、地形やピューリタニズムが発想の土壌になっていると考えられています。
モンドリアンは、描写という写実から決別し、比例的な分割や構成法によって美が成立することを立証した画家です。

対我的実在観を克服した宇宙のリアリズムを表現

モンドリアンのリアリティとは、事物の外観に固執した西洋の対我的実在観を克服したもので、事物に内在する東洋的リアリズム<写意>に近いといわれています。
写意とは対象の生命を写すことで、客観的な写実主義ではありません。
モンドリアンは、神智学といわれる思想を拠り所にし、自然のなかに、現実の関係とは異なる侵しがたい統合を認め、人間も自然的存在の一部として宇宙的秩序と人間の情感を一体化させるリアリティを表現しようとしました。

註:モンドリアンやカンデンスキ-が関係し、影響をうけた神智学というのは、絶対的時間や外的空間に先立ち「宇宙の意志」とも言うべき内なる世界があり、その意志に取り巻かれて外なるものが現れてくるとする思想で、インド仏教などがベースになっています。カンデンスキ-は、この思想に立脚して表現主義を掲げ、重力の上下関係でなく、形そのもののエネルギーの相互の親和と反発の関係性に従って抽象画を描いています。
      
日本の伝統建築との共通性

 空間の均衡関係や自然との融合に美を見出そうとしているのは、日本の庭園、建築、水墨画、生花など日本の伝統芸術の基本的な特徴でもあります。
桂離宮に代表される日本伝統建築は、アンシンメトリな均衡関係に簡素性が結びついた建築美を実現しており、特に、柱、障子、襖、畳み、天井などの矩形、直線が造り出す分割、比例関係(畳割りなど)の構成美が、モンドリアンの抽象画と類似して見えるのは、偶然とはいえ、興味深いものがあります。



(赤根著「ピート・モンドリアン-その人と芸術」参照)


            
(2)モンドリアンの十字形と宇宙樹


宇宙樹と共通する垂直/水平線の二元論的発想

モンドリアンは、キュビズムの影響下で「樹木」を連作しています。
そのプロセスで、彼は、移ろいやすい自然の現象の奥にある不変な力を表す究極の形として、垂直線と水平線が交差する十字形をイメージしました。
それは、男性と女性、空間と時間、静と動、ハーモニとメロディといった二元的なものが相克しあう、ダイナミックな「均衡」を維持している姿であり、リズムを内在している宇宙の力です。
たとえば、波だつ海を十字形で描いています。
対象に従って描くのではなく、対象を動かしている目に見えない力を、線や矩形でとらえ、その展開によって世界を表現しようとしています。
その際の記号や図形は、個性的なものではなく、垂直、水平の直線、三原色の矩形といった普遍的なもので、しかも動的に表現するために、アンシンメトリカルな比例関係で、「宇宙の運動」を表現しようとしました。
この垂直/水平線のモンドリアンの二元論的発想は、神智学をべースとしていますが、天と地、無限有限、生と死を、樹木によって表現しようとした宇宙樹(宇宙軸)とも共通するところがあります。
樹木という存在は、有限な人間にたいして無限を感じさせる存在であるとともに、地平という横軸に垂直にしっかりと根づいている姿は、宇宙を支える軸としてのイメージを感じさせます。
 
幾何学的形体は、自然征服への証

樹木からの発想にもかかわらず、モンドリアンは、「自然」よりもむしろ「人工的な都市」に立脚しているように見えます。オランダは、低地のために長年に亘って「気紛れな自然」と闘い築き上げた幾何学的な人工環境であり、地平線と風車が象徴するような水平/垂直の世界です。
幾何学的なイメージは、都市や機械文明の象徴のようにみえますが、古代エジプトのピラミッドや日本の古墳の前方後円墳などがすべて幾何学であるように、あらゆる民族や時代で幾何学紋様が生まれ用いられてきました。
これは、おそらく人間は自然の恩恵を受けながら天災や獣から身を守るために自然と対峙してきましたから、幾何学的形体は人間だけが作りうる人工の形であり、自然征服への証であり、モニュメントだったにちがいありません。
例えば教会の構造や鳥居は、平和や安定を願うシンボルであり、それゆえ、宗教(呪術)や豊穣の象徴性でもありました。
この点については、人間の無意識の深層心理的な解釈が、必要かもしれません。

(「宇宙樹・神話・歴史記述」イワ-ノフ他共著 岩波現代選書)三井秀樹著「美の構成学」(中公新書)



(3)直線の深層心理


「直線」の深層心理的な意味

 岩井寛の「色と形の深層心理」(NHKブックス)によりますと、「円、直線、曲線、歪んだ形など、「形」は、ある個人の心の内奥に、固有な心理的な「ことば」をもって潜み、その元型が時代や状況の影響のもとに「その時代の形」とし出現してくる」といわれます。
なかでも、直線は、
1. 精神的な均衡や静溢・安定をもたらす効果を持つとともに、
2. 現実のありようを表現する標準的で知的な絵画記号のような機能を持っている、
といいます。
その東西の代表事例として、桂離宮とモンドリアンを取り上げ次のように述べています。
「桂離宮の美は、立体的な構造物が表現する直線美の極致である。
濡れ縁を支える多くの支柱、柱、障子の桟、梁、書院の棚、どれをとっても直線美を意識させない部分はない。
しかも、決して対称美を意識しているわけではなく、数学的な均衡を考えているわけではない。
むしろ非対称の直線と、時には均衡を無視した直線の対比が、ギリシャ美術とは異なった意味での均衡を感じさせ、日本美の不条理な調和をつくり出している。
一方、モンドリアンは、直線のもつデリケートな表出可能性を、とことんまで追求して現代絵画に生かそうとした。直線と直線が共鳴しあう響きを敏感にキャッチし、直線の組み合わせに音楽を聞き、直線たちがうたいあげる詩を画面に定着させようとする。
それは、安定というよりも心の深奥に潜む微細な感情の襞を描き出そうとした。」

天然の造形の基本原理:「動的な均衡」

 モンドリアンやかれの属したデザイングループである「デ ステイル」の発想は、機械文明の反映として、文化の違いや歴史を超えた普遍性をめざしていますが、神や自然に対する人間という有機的な関係を否定した訳ではありません。
むしろ、自然の奥にあって、万象を統合する目に見えない力を、「抽象」的な形で表現しようとしたのであり、天然の造形の基本原理というべき「動的な均衡」[多様の統合」の表現を目指しているように思われます。
「デ ステイルの本当の力点は、過去の伝統や習慣の否定ではなく、あらゆるものの間にある相互の関係を表現することの方にあり、あらゆる既存の対立する要素が統べて等価であり、その同等の価値どうしの絶対的な調和や、均衡こそが新しい現実としての「抽象」である」(新見隆「デ ステイル」)といわれています。
統合ではなく均衡により全体のバランスを保とうとする日本や東洋的発想に近いものがあります(注1)。

注1) 統合ではなく均衡により全体のバランスを保とうとする日本や東洋的発想については、河合隼雄氏の「中心は必ずしも力を持つことを要せず、うまく中心的な位置を占めることによって、全体のバランスを保つ」中空均衡構造が参考になります。(「中空構造日本の深層」(中公文庫))。

宇宙を凝縮したミクロコスモス

また興味深いことに、モンドリアンの新造形主義は、絵画にとどまらず建築や彫刻、音楽など諸芸術の概念として展開されており、特に建築における造形空間においては、自由に入ることの出来る立体空間の美的原理としても新造形主義は展開されます。
このあたりに、壁のない柱による、自然と一体化した日本の伝統建築の空間感覚との接点を見いだすことができます。
日本の伝統建築の空間の原点は「方丈」にあるといわれており、世俗な己を捨て山里の簡素な空間において、ミクロコスモスとして「大自然」を再現し、そこに「本来の己」を見出そうとしてきました。
「方丈」のデザインは、茶室とか禅宗建築にみられるように、柱と梁、畳などの縦横の直線、矩形(抽象)に「大自然」に擬した庭園を調和させた空間の基本型であり、桂離宮もその一展開事例ということができると思います。
モンドリアンの場合も、神智学に関する書簡のなかで「古代人の建築は最も偉大な建築です。それは、水平線と垂直線によって意識的に、といっても計算によってではなく、深い直観に導かれて構築され、調和とリズムを与えられているということです。」と述べているように、かれのめざした造形主義も、抽象と自然が調和した宇宙がおのずと浸透してくるような空間の創造だったのではないでしょうか。

→「日本の伝統芸術の特徴」参照

「モンドリアンの抽象絵画の成立」宮島久雄:美術史学会昭和56年参照