樹木の歳時記(夏)

SUMMER

TREE HAIKU POET
葉桜 葉桜の中の無数の空さわぐ 篠原 ぼん
葉桜や子に言葉増え我に減る 小泉俊子
新樹 大風に湧き立ってをる新樹かな 高浜虚子
若楓 若楓琴のごとく橋置かれ 加賀美子麗
新緑 動くもの皆みどりなり風わたる 五百木瓢亭
万緑 万緑の中や吾子の生え初むる 中村草田男
万緑の中一ばく(滝)のあきらかに 畠山譲二
万緑や一人で渡る橋長し 砂井斗志男
夏木(立) 四五本の夏木が影をひとつにす 谷野予志
鴉ばかり啼いて住みうし夏木立 渡辺水巴
緑蔭 幹高く大緑蔭を支へたり 松本たかし
緑蔭の深ければ蝶ゆるやかに 岸風三桜
犬眠る緑蔭そこに憩ひたし 三島静子
ひと一人ゐて緑蔭の入りがたき 飯島晴子
緑蔭や矢を獲ては鳴る白き的 竹下しづの女
画紙ひろぐ子等に緑蔭あまねしや 飯阪以以女
尼の服黒し緑蔭出ても尚ほ 秋元不死男
夏になると木陰は、砂漠のオアシスのような場所になる。人間も動物も生き物が皆憩う。色彩的には、深い緑に鮮やかな白が浮き出るし黒は溶け込む。
薔薇 花びらの落ちつつほかの薔薇くだく 篠原 ぼん
卯つ木 空は我を生みし蒼さや花卯つ木 渡辺水巴
くちなし 今朝咲きしくちなしの又白きこと 星野立子
くちなしの白は油絵のような質感がある。緑との対比で白さが一層鮮やかになる。
紫陽花 水鏡してあじさいのけふの色 上田五千石
紫陽花はおもたからずや水の上 富沢赤黄男
紫陽花は、ぼんやりした美しさで、あまり印象に残る句に出会わない。雨や水を得てその美しさを増すようである。
葉柳に舟おさえ乗る女達 阿部みどり女
女性が大騒ぎしながら、揺れる舟に乗る時の様子がうかがわれ、可愛い雰囲気があるが、この句には、揺れる柳、揺れる舟、乗り移ろうとする人の「動きの組み合わせ」がある。
牡丹 牡丹散ってうちかさなりぬ二三片 与謝蕪村
虹を吐いてひらかんとする牡丹かな 与謝蕪村
金雀枝 金雀枝(えにしだ)の咲きあふれ色あふれけり 藤松遊子
グミ 庭のグミとる子なければたわわなる 富安風生
きょうちく桃 きょうちく桃一枝折れて咲きゐたり 徳川夢声
葉や枝を切ると、出る乳液が有毒である上に、炎天下で生き物が疲弊していても平然と赤い花が咲いているのをみると、何か特別な異力をこの植物に感ずる。白い花はとても可憐であるが。
葉隠れの赤い李になく小犬 一茶
楊梅 農繁期楊梅(やまもも)に子らよじのぼる 阿波野青畝
花石榴 泣き止まぬ赤子抱きて花ざくろ 古谷静江
花石榴雨きらきらと地を濡らさず 大野林火
雨止みて人行き交へり花石榴 山崎一子
妻の居ぬ一日永し花石榴 辻田克巳
ざくろは、梅雨の頃、赤い可愛い花をつける。やがて存在感のある大きな実ざくろに成長してゆくのだが、花ざくろには、やがて母親になっていく少女の内に育まれる素朴な優しさがある。
椎の花 杜に入る一歩に椎の花匂う 山口誓子
夜はさらに森のふくらみ椎の花 檜紀代
栗の花 世の人の見付けぬ花や軒の栗 松尾芭蕉
花栗のちからかぎりに夜もにほう 飯田龍太
馬の飲む泉の深し栗咲けり 村越化石
栗の花いまだ浄土の方知らず 角川源義
栗の花も椎の花も、匂い、色とその独特の雰囲気に存在感がある。とくに匂いが精液似ていて、空気や森を膨らませてゆくような力を感じさせるが、闇、老いといった「陰」のイメージを伴う。
蜜柑の花 全山に蜜柑花つけ通過駅 斎藤おさむ
潮風の止めば蜜柑の花匂う 瀧春一
青梅 青梅の臀うつくしくそろひけり 室生犀星
うれしきは葉がくれ梅の一つかな 杜国
青梅を落せし後も幹仰ぐ 小林広芝
溝またぎ飛び越えもして梅落とす 高浜虚子
青梅を洗い上げたり何の安堵 細見綾子
青梅の頃になると、実が落ちる前に取り入れねばと思う。梅は、健康を支える力があるものだという思いがあり、自然の恵は、無駄にしない。また、初春の美しい梅の花が、青梅に姿を変えたのだと思うと一個たりとも見逃すまいと思う。
山桜桃 田舎の子小さき口やゆすらうめ 中村草田男
さくらんぼ 茎右往左往菓子器のさくらんぼ 高浜虚子
びわ びわ山の眩しさ海に近ければ 畠山譲二
桐の花 花桐や雲流れきてくらみたり 原田種茅
一里ほど先から見えて桐の花 蒼こう
豪華で大きな青紫の花を咲かせる桐の木は、輪郭がくっきりしていて、遠くからもその美しい姿をみることができる。下から眺めると、青空に溶け込んゆこうとしているように天に向かって咲いている。
朴の花 岨(そば)高く雨雲ゆくや朴の花 水原秋桜子
朴散華即ちしれぬ行方かな 川端茅舎
みづき 一風にさはだつ森の大みづき 品田美須子
白いみづきの花は、森の木々の間に横に広がって咲く。風に揺れると、さながら、深い緑の海の白波のように見える。
ユッカ ユッカ咲く庭芝広く刈られけり 西島麦南
泰山木 泰山木離れて花のあまた見ゆ 木津柳芽
泰山木花に身を載せ揺られたし 林昌華
泰山木巨らかに息安らかに 石田波郷
泰山木の花は大きい。そのことに先ず驚く。頭上高く咲く大きな花に身を載せて天を仰いでみたくなる。又この花には、「息をして」生きているといった存在感がある。
天女花 大空に天女花ひかりたれ 原石鼎
えごの花 乙女らの私語の如くえご散りぬ 小林玲子
えごの枝には、びっしりと可憐な釣鐘型の白い花が、皆、下を向いて咲く。可憐で美しいが、数が多いことにすこしうんざりする。そのあたりのニュアンスを「乙女らの私語の如く」と表現した。
合歓の花 合歓散れり夢のつづきを地にうつし 長倉閑山
葉が夜間になると閉じて睡眠する不思議な樹木である。花が頬紅のブラシのようで華やかな可愛らしさがある。落花しても眠り続ける童話のような句である。
どの谷も合歓のあかりや雨の中 角川源義
しゃらの花 二三滴雨のこりゐぬ夏椿 福田甲子雄
踏むまじき沙羅の落花のひとつふたつ 日野草城
うちしきてあしたの沙羅のよごれなし 長谷川素逝
我が家には姫沙羅が毎年咲くのだが、花の寿命が短いのか毎朝新鮮な花が庭一面に落ちている。汚れなく、踏んではいけないという気持になる。
のうぜん花 千手観音どの手もやさしのうぜん花 文挟夫佐恵
塵とりにのうぜんの花と塵すこし 高野素十
桑の実 黒く又赤し桑の実なつかしき 高野素十
仏桑花 海凪ぎて今日の花閉づ仏桑花 片山鶏頭子
百日紅 百日紅雀かくるる鬼瓦 石橋秀野
炎天の地上花あり百日紅 高浜虚子
咲き満ちて天のかんざし百日紅 阿部みどり女
深々と百日紅に今日の空 星野立子
炎天下に濃いピンク(白やピンクもあるが)の花を咲かせる。確かに、「天のかんざし」のようにも見える。百日花、杏竹桃、のうぜん花、花ざくろなどが、真夏の激しい日差しの攻勢を赤や黄の色に吸収して柔らかく受けとめてくれる。なかでも、百日花は、熱射を特に好むかのごとく、長い間咲きつづけ、燃え続ける。
竹落葉  鈴をふるごとくに竹の葉落葉せり 上田五千石 
竹の皮脱ぐ 竹皮を脱ぎかけてをり手を貸しぬ 立石節子
植物が、動物の力を借りて生きのびようとするする例は、花と蝶々、蜂の関係のように数多く存在する。しかし、人間の力は、特に必要としない(勿論、栽培植物は、人手を必要とするが)。「皮を脱いでる竹を手を貸す」という人間と植物の対等の共生感覚がとても新鮮である。