第6章 ローマ字つづり方問題

     1.つづり方詮議の必要

 ローマ字の読み書きに当たって、第一に問題になるのはつづり方である。

ローマ字論者の中には、ローマ字でさえあればつづり方はどうでもよいと

いう人もあるけれども、そういうものではない。一体何事によらず、本気

になってやろうということに、どうでもよいということはあり得ないこと

で、どうでもよいという人は、 それを本気に考えるところまでまだ行っ

ていない人だといっても大きな間違いはあるまい。

 特にローマ字つづり方問題では、最もよいつづり方を調べてかからねば

ならない理由が二つある。

第一 ローマ字が一般に行われるところまで漕ぎつけることは容易な仕

事ではない。そういう大きな仕事は、できるだけよい方法を選んでかから

なければ、不成功に終わるか、不成功に終わらないまでも、労多くして成

績が悪いことは見易い道理である。現に私の知っている範囲でも、前々か

ら ローマ字に心を寄せていたが、中学校辺で教えられる英語風なつづり

方では十分得心が行かないので躊躇していたという人が少なくない。こう

いう人は深く考える真面目な人達だから、ローマ字発展のために逃がして

はならない人達であるのに、ローマ字の方式がよくないと、そういう人は

動かないのである。

第二 語の書き方というような社会一般の人を相手の仕事は、いったん

ある式が広まってしまうと、その後にもっとよい式にそれを改めようとし

ても、なかなか改まらないものである。日本における仮名遣いの問題、英

国米国における英語のつづり方改善の運動などは皆それの生きた実例であ

る。こういうことは、なるべく早くよく研究して最もよいものにして進ま

なければならない。われわれのローマ字運動の初期においてすら、英語方

面で行われてきて居るつづり方が幾分「既に広まったつづり方」という権

利を振り回す傾向があるためにわれわれは大分悩まされて居る。つづり方

はどうしても今のうちに十分調べてかからねばならない問題である。

 

     2.日本式つづり方

 われわれが、多年研究の結果、日本語に一番適当しているつづり方とし

て使って居るつづり方は、つぎの表のようなものである。これは日本語に

固有な性質を基にして定めたつづり方である点から、「日本式つづり方」

と呼ばれている。


       ローマ字の日本式つづり方

  イ

  ウ

  エ

  オ

    拗     音

a

i

u

e

o

-ya

-yu

-yo

-wa

 カ

 キ

 ク

 ケ

 コ

 キャ

 キュ

 キョ

 クワ

k

ka

ki

ku

ke

o

kya

kyu

kyo

kwa

 サ

 シ

 ス

 セ

 ソ

 シャ

 シュ

 ショ

 グワ

s

sa

si

su

se

so

gya

gyu

gyo

gwa

 ザ

 ジ

 ズ

 ゼ

 ゾ

 ジャ

 ジュ

 ジョ

z

za

zi

zu

ze

zo

zya

zyu

zyo

-

 タ

 チ

 ツ

 テ

 ト

 チャ

 チュ

 チョ

t

ta

ti

tu

te

to

tya

tyu

tyo

-

 ダ

 ヂ

 ヅ

 デ

 ド

 ヂャ

 ヂュ

 ヂョ

d

da

di

du

de

do

dya

dyu

dyo

-

 ラ

 リ

 ル

 レ

 ロ

 リャ

 リュ

 リョ

n

na

ni

nu

ne

no

nya

nyu

nyo

-

 ハ

 ヒ

 フ

 ヘ

 ホ

ヒャ

 ヒュ

 ヒョ

h

ha

hi

hu

he

ho

hya

hyu

hyo

-

 パ

 ピ

 プ

 ペ

 ポ

 ピャ 

 ピュ

 ピョ

p

pa

pi

pu

pe

po

pya

pyu

pyo

-

 バ

 ビ

 ブ

 ベ

 ボ

 ビャ

 ビュ

 ビョ

b

ba

bi

bu

be

bo

bya

byu

byo

-

 マ

 ミ

 ム

 メ

 モ

 ミャ

 ミュ

 ミョ

m

ma

mi

mu

me

mo

mya

my

myo

-

 ヤ

 (イ)

 ユ

 (エ)

 ヨ

y

ya

( i )

yu

( e )

yo

-

  -

  -

-

 ラ

 リ

 ル

 レ

 ロ

 リャ

 リュ

 リョ

r

ra

ri

ru

re

ro

rya

ryu

ryo

-

 ワ

 *1

 (ウ)

 *1

 ヲ

w

wa

wi

( u )

we

wo

-

-

-

-

はねる音にはすべて n を使う 例 Anma,Kanban

つまる音には次にくる k s t p を二つ重ねて書く。

 例 Sekkei, Ressya, Ittyôme, sappari. 

引く音には a I u e o に ^ を付け、または(特に

大文字の時は)母字を二つ重ねて書く。

例 Kôbe, Oosaka, Tôkyô, TOOKYOO

 

【Amite注:現在では、di du kwa gwa wo wi we はほとんど

  使われていない。とくに、wi we はまったく使われないし

  <現代かな>では、対応する文字もない。       】


 

このつづり方の特徴は、

(1)五十音図の各行に一定の父字を使う。

(2)キャ シャ等の拗音をすべて同じ規則に従って書く。

この二つである。ただしヤ行のイ エとワ行のウとは、かなでもア行の

イ エ ウと区別なしに書くから、yi ye wu の綴りを使わない。

このつづり方が初めて明らかにこの形にまとまってでたのは明治18

年田中舘博士が「ローマ字意見及び発音考」として発表されたものにおい

てである。(ただしそのときの表は yi ye wu を認めることになっていた

点だけちがう。)

英語の方面で普通に使われて居るつづり方(われわれがヘボン式と称えて

居るもの)には、上の日本式に較べてつぎのような違いがある。

 

         日本式     ヘボン式

   シ      si         shi

   ジ      zi         ji

   チ      ti         chi

   ヂ      zi         ji

   ツ      tu        tsu

   ヅ      du         zu

   フ      hu         fu

   エ      e         ye

   シャ     sya        sha

   シュ     syu        shu

   ショ     syo        sho

   ジャ     zya        ja

   ジュ     zyu        ju

   ジョ     zyo        jo

   チャ     tya        cha

   チュ     tyu        chu

   チョ     tyo        cho

   ヂャ     dya        ja

   ヂュ     dyu        ju

   ヂョ      dyo        jo

 

 われわれが、日本語のローマ字書き方として、ヘボン式を斥けて日本式

をとる理由は、ヘボン式は英語を主にして日本語の音を写した形、または

英米の人が聞いて書いた日本人の音の書き方という意味でこそ理屈に適え、

日本人が日本語を書く書き方としては、理屈に合わないものだからである。

このように言う理由はつぎの節以下で十分に述べる。

 

     3.実際上の利害

 理屈の上から日本式が優れて居ることはつぎの節で述べるとして、まず

実際上の利害について述べる。

 (1)宣伝の上から。外国人の外国語関係の方面で発達してきたヘボン式

をそのまま使うことは、われわれの重大な趣意を日本人全体に感ぜしめる

に不適当である。日本式を持ち出せば、そこにある新しい趣意のあること

が具体的に現れており、努力が見えるから、人の注意奮発を促す効能がす

こぶる大きい。実際ローマ字を使って居る人の中に「日本式でやるからこ

そこの仕事が面白い、やり甲斐がある、ヘボン式でやるのでは一向つまら

ない」という人が少なくない(それにはつぎの節で述べる理由があるので)。

特にローマ字論が社会に勢力を得るのには、国学者を無視することができ

ない。理屈から言っても実地から行っても、われわれの仕事はそれらの人

の十分な了解同情を得て進むべきはずの仕事である。しかるに外国人外国

語に寄生して育った、性質上日本語に適しないローマ字は、これらの人の

了解同情を得るにははなはだ不適当である。半外国語の勢力の下にあるヘ

ボン式を使うことは、これらの人にローマ字反対の材料を貸すことになる。

 (2)教え方の上から。日本式つづり方は五十音図に対して規則正しいか

ら、外国語や音声学を知らない小学校生徒や一般の日本人にきわめて容易

に合点される。一方ヘボン式は、大体五十音図に従って居て、しかも shi,

chi, tsu, fu 等不規則なものがあるために初学者にははなはだ困難であ

る。特に拗音は、日本式ならすべて一定の規則で行くために一度で全部を

覚えるに引きかえて、ヘボン式では、キャ キュ キョは kya kyu kyo だ

が、シャ シュ ショは sha shu sho, チャ チュ チョは cha, chu, cho,

ジャ ジュ ジョはただ二字の ja, ju, joであるなど、初学者にはなかなか

合点されがたい。また、「丁稚」「一丁目」を Detchi, Itchômeとするな

ども覚えにくい方の最も著しい例である。

ヘボン式の主張者は、中学校辺で外国語を学ぶ傍らローマ字綴りを知っ

て居る人が多くあるから、それをそのまま使う通いと考えるようだが、し

かしこれらの人に対しては、つづり方の少しばかりの差異は一向問題にな

らない。簡単な、しかも日本語の性質上自然的な日本式は、一回の話、一

枚の説明書で、直ちにこれらの人に了解される。その上、(感情の行き違

いなどからヘボン式を固執する人は別として)、普通の人は(1)のとこ

ろで述べたようなわけで、かえって日本式の異なるところが導火になって、

大いにローマ字国字論に肩を入れるようになる。そしてそれらの人が知己

の児童などにローマ字を教えるという場合についてみても、複雑なヘボン

式よりは簡単な日本式で教える方が広まり方が早いにきまって居る。

 (3)実地の読み書きの上から。また実地の読み書きについて比較するに、

日本語には直音のシチツなどははなはだ多く使われる音であるのに、ヘボ

ン式でそれらに限って他の直音よりも一時づつ多くの字を読み書きするの

ははなはだ煩わしい。これは、少しでも日本式を使ってみた人の誰も実際

に感ずることである。もっとも、ジャジュジョヂャヂュヂョについては、

日本式は各三字を要しヘボン式は二字ですむけれども、これらは日本語で

でてくることが少なくもあり、またこれらの音がシャシュショチャチュチョ

と同じ資格の音である点から、日本式でこれらと同様に三字づつで書くの

がわれわれの心持ちから言ってもむしろ自然で、それが煩わしいという漢

字を生じない。現に看板や広告などにジャジュジョなどを jya jyu jyoな

どと書いてあるのが珍しくないのはこの自然の心持ちを証明して居る。

田中舘博士が明治18年頃に数多くの普通の文章(新聞紙などからとっ

た実地の例)についてとたれた統計によると、同じ文章をヘボン式で書く

のと日本式で書くのとでは、字数が百分の三違うということである。すな

わちヘボン式で書いて100ページの書物は日本式では97ページで済む

わけになるので、これは、日本全国にローマ字を使う場合には、用紙やい

ろいろな手間に莫大な差を生ずるわけである。

以上の説明で、現在ヘボン式が中学生以上に知られて居ることを考えに

入れても、すべての点で日本式の方がローマ字広めのために有利であるこ

とが知れる。しかもその有利ないくつかの点はいずれもきわめて重大な意

味のものである、―――この問題に注意する人の気受けの点も、教え方の

難易の点も、実地の読み書きの点も。

 

   4.日本式つづり方が日本語の性質に合って居る証拠

日本式つづり方が、日本語の性質に適して居ることの証拠となる最もよ

い実例は、動詞の変化と音便の変化である。

上に(第3章の3)かなとローマ字との比較のところで見たとおり、

 (1)現在の日本語の文法で同種類の動詞と見られて居る5段活用(文語では4段)の動詞「書く、汲む、押す、立つ」等の変化は、

        kak --u, --anai, --i, --e, --ô 

日本式なれば kum --u, --anai, --i, --e, --ô 

os --u, --anai, --i, --e, --ô 

tat --u, --anai, --i, --e, --ô 

のようにただ一つの変化 --u, --anai, --i, --e, --ô で統べられるが、

kak --u, --anai, --i, --e, --ô 

ヘボン式なれば kum --u, --anai, --i, --e, --ô 

os --u, --anai, --hi, --e, --ô 

ta --tsu, --tanai, --chi, --te, --tô 

このようになって四つの動詞が同じ規則に従うということができない。

(2)文語で中二段の動詞「落ちる、朽ちる」等の文語変化や口語変化を、

同種類の「お切り、下りる」等のそれと較べてみるに、日本式で書くと

out, otizu, otureba; otiru 等

  kutu, kutizu, kutureba; kutiru 等

oku, okizu, okureba; okiru 等

oru, orizu, orureba; oriru 等

この通り変化が同じ形になる。 これをヘボン式にすると、

otsu, ochizu, otsureba; ochiru 等

oku, okizu, okureba; okiru 等

のようになって、これらの動詞が変化仕方において同種類の動詞であるこ

とが形に現れなくなる。

 (3)自動詞と他動詞の関係でも、タ行と他の行と五十音図に従って同様

に行って居る。日本式で書くと、

otiru (落) と otosu

hiru (干) と hosu

など、また

tatu (立) と tateru

aku (明) と akeru

komu (込) と komeru

など、皆平行に行く。ヘボン式にして ochiru, tatsu などとしては同じ

形には行かなくなる。

(4)音便の例を見るに、たとえば

日本式なれば  Tama tikai Ture Tyawan

Akadama tedikai Mitidure Kakedyawan

 

ヘボン式なれば tama chikai tsure chawan

        Akadama tejikai michizure kakujawan

日本式では 「 t が d になる 」という規則一つで尽きて居るのに、ヘ

ボン式ではそれが三通りの変化になる。

 (5)ハ行の音便でも、

  Hune(船) が Kobune

  Huta(蓋) が Nakabuta

になるのと

  Ha(歯)  が Ireba

  Hitu(櫃) が Komebitu

  Hei(塀)  が Itabei

  Hori(堀) が Turibori

になるのと較べ、また

  Huku (服) が Monpuku

  Hun (分) が roppun

になるのを

  Ha(派)  が Sinpa

  Hi(日)  が Tenpi

  Hen(遍)  が Hyappen

Hon(本)  が Gappon

になるのと較べると、フ と ハヒヘホ とが全く同様な性質を持っていて、

これらの変化は、日本式では単に「 h が b または p になる」という

ことで尽きて居る。ヘボン式で書くと、bとfとの二つが全く同じように

変わるという珍しい結果になる。

 (6)他の音便の例を言えば、

  kakeba が kakya

  yomeba が yomya

になる類がある。日本式では

  tateba が tatya

  oseba  が osya

だから、皆 kakeba yomeba などと同じ形で行って、すべて eba が ya に

変わるという規則で統べられる。ヘボン式でそれを書くと、タ行サ行に限

って

  tateba が tacha

  oseba  が osha

だから、そのような規則が成り立たなくなる。

上の通り日本式の方で規則が簡単になるのは決して偶然なことではなく

て、それが日本語の性質に合って居るからであるのは言うなでもない。言

い換えれば、上の実例は皆日本式つづり方が日本語の性質に合って居る証

拠だといってよい。

  1. 漢字の音(日本で認められている音)を漢字の字引で引くと、例え

ば「加」は「古牙切」とある。これは、ko-ga の前の字は父音 k ,後の字

は母音 a を供給して「加」の音 ka を与えることを意味して居る。すなわ

ち、k(o-g)a における中の部分を取り去ってその音を知るのである。拗音

の方では、例えば「秒」が「亡沼切」とあるのは、 bô-syô を b(ô-s)yô

のようにして、byô がそれの音であることを示すのである。また「駆」が

「丘宇(注:カンムリを除いた字)切」となって居るのを見ると k(yû-)u

だから、説明の字二つのうちの前の方が拗音であるのは無関係であること

が知れる。

このような規則を知って「地」を引くと、それは「徒利切」となってい

て、 to-ri を上のようにすれば t(o-r)i で自然に「地」の音として ti

のつづりが得られる。また「貯」の「丁呂切」は t(ei-r)yo で tyo のつ

づりを与える。逆にチやチョの音からタテツなどの出る例は、「琢」の

「竹角切」が t(iku-k)aku で taku を与えるの(もし chiku-kaku と書い

て ch を独立の父字と見るならば chiku になる筈)や、「呈」の「直貞切」

が t(yoku-t)ei が tei になる(もし choku-tei ならば chei になる筈)

などである。「墜」の「直類切」が t(yoku-r)ui で tui になるなどは、

チ音とツ音とが同じ父字でつづられることを示す点で特に面白い。

これで見ると、日本式つづり方は、日本で――ローマ字の形にこそは現

れなかったにしても――昔から認めていたもの否実地に使っていたもので

ある。

 

     5.国語の正字法に関する一般的考察

    ――― ( Tuzuku ) ―――

 

  

第3章 かなとローマ字との比較

Modoru