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Svetlana SV572-3 シングルパワーアンプ |
関戸 良一 (E-Mail: rsekido@cityfujisawa.ne.jp)
完成年月:97年 7月
初版 :97年 9月14日
最終更新:97年11月12日
このたび,Svetlana から新しく発売された大型直熱三極管 SV572-3 を使用したシングルモノーラルパワーアンプを製作しましたのでここにご紹介します.
今年の1月頃になりますが,インターネットでオーディオ関係の WEB サイトを探しているうちに Svetlana 社のホームページでこの大型出力管を見つけました.
ありがたいことに同社のホームページでは各種のデータを簡単にダウンロードできるようになっています.さっそくデータをダウンロードして検討したところ,その巨大なプレート損失(125W !)と直線性のよさに目を見張りました.さっそく秋葉原へ出向いて1ペアを買い求め,アンプの設計に着手しました.
Svetlana SV572-3 について
この新しい出力管は96年に Svetlana Electron Devices 社から発表されました.同社では以前から SV811 シリーズという直熱三極管を発売していますが,これには同型番の送信管が存在しており,その現代版と言われています.しかし, SV572 シリーズに対応する既存のチューブはなく新種の出力管と言えそうです.(*)
SV811 と同じく SV572 も増幅率の違う4つのシリーズで構成されています.それぞれ,SV572-3, SV572-10, SV572-30, SV572-160 で,枝番が大体の増幅率を示しています.今回はこれらのうちからもっともオーソドックスな SV572-3 を選びました.表1,表2,表3に主な特性ならびにメーカー発表のシングル動作例を示します.
外見は小型の UV-211 といった雰囲気ですが,ベースはセラミックで通常の UX-4 ピンです.プレート損失は 125W もあり,これは UV-211 シリーズの 75W や 100W を上回っています.表3に示すように,Eb=750V, Ib=140mA の A2級動作で 25W 得られ,これは UV-211 や 845 より扱いやすい数字です.フィラメントは 6.3V/4A でこれも 211 や 845 より低いワッテージです.ただ,これくらいのフィラメントだと暗闇で新聞が読めるくらいに輝きますが.
内部の構造はがっしりとしていていかにも信頼性が高そうです.管壁にゲッターはありませんが,チタンコーティングされた分厚いカーボングラファイトのプレートがガスを吸収するのでしょう.その他のデータは表4に示してあります.
(*) ある読者の方から572Bという送信管が存在するとの情報をいただきました.それによると,572Bは811を2本一緒にしたような構造で,500W級の送信機によく使われており,アマチュア無線の世界では有名な球だそうです.ただ,このスペックからすると,SV572は,572Bとは全く別系統の球と言えそうです.
このアンプについて
本アンプは,プレート電源,DCフィラメント電源,バイアス電源,2段の電圧増幅そしてパワーステージで構成されています.
プレート電圧,電流とも一般のアンプよりかなり高いので,直流はすべて半導体で整流しています.各ステージの真空管は順に,6SL7 パラレル接続,6BX7 パラレル接続,SV572-3 シングル接続となっています.
本アンプでは出力段のプレート電圧が 700V 以上,プレート電流が 約 100mA,グリッドバイアスが -150V くらいになります.特にこのグリッドバイアスは例外的に深いので,ドライバー段の設計はやっかいなものになります.
初段ならびにドライバー段
初段とドライバー段にはそれぞれ 6SL7GT と 6BX7GT を使用しています.各真空管はオーソドックスなプレートフォロワーです.以前この構成で 3W 程度の小さなアンプを作成しましたが,これが思いのほか素直な癖のない音で鳴ってくれたため,今回もこのラインナップでドライブしてみました.
ただし,これらはすべてパラレルに接続してあります.これは少しでもプレート抵抗を減らして高域のレスポンスをよくするためです.
さらに重要なのは,ドラーバー段では SV572-3 をドライブするために約 100Vrms が必要になる点です.また,データシートからは SV572-3 のグリッド抵抗の制限が不明です.ごく最近に設計製造された真空管ですから,昔の球のようにグリッド電流が流れやすいということはないと思いますが,一般的に直熱管では傍熱管に比べてグリッド電流が流れやすい傾向があります.この点からはグリッド抵抗はあまり高くしないほうがよいと言えます.
このように高いドライブ電圧が必要で低インピーダンスで駆動したいケースでは,インターステージトランスが昔から使われてきました.しかし,やはり昔から使われてきた方法がもうひとつあります.それはドラーバーのプレートにチョークを挿入する方法です.このプレート・チョーク方式は例えば,浅野勇氏の名著 [1] で '50 シングルアンプとして紹介されています.また,Reich の有名な教科書 [2] にもこのようなインダクタンス・キャパシタンス結合とトランス結合を比較した場合の優位性が述べられています.(余談になりますが,アメリカではこのような古い教科書(初版は1941年)が未だに出版されていて容易に手に入ります.日本にもかつてはこのようなよい参考文献があったのでしょうが,今では神田の書店街でも見かけません.真空管というデバイスを工学的に扱うための文献が手に入らないのは私のような若い世代にとって非常に残念です)
このアンプではプレート・チョークドライブを採用しました.使用したチョークコイルはタンゴの TC-30-50 で,インダクタンスは 30H,最大直流電流は 50mA というスペックです.
増幅回路の回路図を図1に示します.初段はごく普通の電圧増幅回路です.ドラーバー段も特に変わったところはありませんが,6BX7 の一方の負荷(SV572-3 のグリッド抵抗)には若干考慮しなければなりません.上で述べたようにこの負荷抵抗はできるだけ低くしたいし,それによって低インピーダンスドライブによる力強いサウンドが期待できるからです.
予備実験の結果,このグリッド抵抗は 10KΩに落ち着きました.したがって,ドライブ電圧が 100V で負荷が 10KΩですから,このドライブ段は出力 1W のパワーアンプということになります.実際には余裕を見て最低でも150Vrms くらいをドライブする必要がありますから,1.5W の出力が低歪みで取り出せるA級パワーアンプを前段に配置することになります.
NFB は 6BX7 のプレートから 6SL7 のカソードにかけるマイナーループ NFB を設けてあります.帰還量は 4dB から 6dB の範囲で設定します.一方,これとは別に出力トランスの2次側から初段のカソードに戻すメジャーループの NFB もあり,これも帰還量は最大で 6dB 程度です.これらは音質の変化をみるために,スイッチで切り替えられるようになっています.いずれにしても,今回は SV572-3 の素顔を知る目的から帰還量はごく少ないものになっています.
出力段
ドライバー段の準備ができたところで,次は出力段です.メーカー発表の Eb - Ib データから次のような動作を今回は考えました.(図2に示します)
Eb | 735V |
---|---|
Ib | 100mA |
Ec | -135V |
RL | 5 KΩ |
予想出力 | 15W |
よりパワーを求めるなら,このようなグリッドがプラス領域でも使える球の場合,A2 級動作という手もあるでしょう.しかし,今回は SV572-3 の素顔を探る目的もありますので,単純な A1 級動作としました.
前記しましたが,バイアスは -135V という非常に深い値ですから,これを自己バイアスで動作させることはできません.したがって,固定バイアスが必要になりますし,フィラメントハムを減らすために,フィラメントの DC 点火も必要になります.
今回使用した出力トランスは,タンゴの XE60-5-SNF です.これは1次インピーダンスが 5KΩ,ハンドリングパワーは 40W/30Hz という製品です.また,NFB 専用の巻線を備えていますので,オーバーオールの NFB はこの巻線からかけることになります.前記した NFB の切替えスイッチも設けます.オーバーオールの NFB はマイナーループと同じく 4dB としてあります.
また,出力管のプレート電流を常時監視できるように,SV572-3 のカソードに電圧計を取り付けてあります.
出力部の回路図も同じく図1をご覧ください.ここで,SV572-3 のグリッド抵抗は,少なからぬ電力を消費しますので注意が必要です.十分なワッテージの抵抗を使用しないと焼けてしまいます.回路図では 20K/3W と 18K/3W の並列で,都合 9.7K/6W となっていますが,これは予備実験の値そのままなので,実際には 10K/3W で十分でしょう.
電源部
電源部は,出力部ならびに前段への B+,出力管の C-,出力管のフィラメント用直流電源,前段のヒーター電源から構成されますので,比較的大がかりになります.出力管の電圧が高いのとシャーシの物理的な制限もあり,すべて半導体で整流しています.
電源部の回路図を図3に示します.
この構成ですと,電源投入時に出力管には約 180mA のラッシュカレントが流れます.これはバイアス電源の立ち上がりがフィラメントの立ち上がりより遅いためです.SV572-3 のプレート最大電流は 200mA ですからこれを下回ってはいますが,プレート電源の遅延回路を設けたほうがよりよいと思います.
電源トランスはタンゴの MS-155 でこれにはセンタータップ付きの 550V と 250V ならびに2組の 7.5V/4A があります.出力管の B+ には 550V を全波整流しています.その他の B+ ならびに C- は 250V を同じく全波整流しています.これらのダイオードには 1500V/1A のスペックで金属ケース入りのものを使用しています.また,550V の整流には2本を直列に使用しています.
フィラメントには直流で 6.3V/4A が必要なので,2組の 7.5V/4A を並列にしています.また,15,000 MF のコンデンサ2本と 0.5Ω/20W のセメント抵抗でπ型フィルターを形成しています.ここに使用したダイオードは 250V/20A のブリッジタイプですが,かなり熱くなりますので,できればもう少し大きいタイプがよいかもしれません.
使用パーツについて
測定
本アンプの測定結果は次のとおりです.
測定に使用した計測器は次のとおりです.
オーディオ発振器 | ケンウッド AG-203A |
---|---|
交流電圧計 | ケンウッド VT-171 |
歪み率計 | Hewlett-Packard 331A |
オシロスコープ | 岩崎通信機 SS-5215 |
NFB = 0dB では,クリップは入力 0.56V,出力 18.6W で観測されます.NFB = 4dB では 0.9V / 18.0W になります.(図4,図5)
周波数特性は,NFB = 0dB では 30Hz - 25KHz が -1dB に収まっています.マイナーループの NFB 4dB ではこれが若干ワイドになります.また,オーバーオール NFB 4dB では,12Hz 付近に少しピークがみられますが,これはフィードバックループの中にインダクタンス(プレートチョーク)が含まれているのが原因と思われます.ただし,ピークの大きさが 1dB 程度で,ピークを生じる周波数が可聴域の外ですので,大きな問題ではないと考えられます.これらの結果は図6に示してあります.
図7は全高調波歪み率(以下,歪み率)ですが,NFB = 0dB では 1W 時に 0.7%,5% 時の出力は 20W 得られています.これは無帰還で十分に実用になる値です.
マイナーループ NFB = 4dB では,低域を除いて歪み率は若干低くなります.(図8)
図9はオーバーオール NFB = 4dB の場合の歪み率です.これは,マイナーループより更に低くなりますが,低歪み率だから音がよいとは一概に言えません.このアンプの場合には,オーバーオール NFB では音が少し硬くなるように感じられます.各測定周波数では,歪み成分は第2次高調波のみが観測されました.これは直線性のよい三極管に見られる現象です.
その他の測定結果は次のとおりです.
残留雑音(NFB = 0dB) | 0.9mV |
---|---|
残留雑音(マイナーおよびメジャー NFB =4dB) | 0.65mV |
ダンピングファクター | 約 2.0 at 1KHz/1W |
試聴
リスニングテストで使用したコンポーネントは次のとおりです.
ターンテーブル | ガラード 401 |
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トーンアーム | オーディオテクニカ AT-1501 II |
カートリッジ | シュア Me97-HE |
CD プレーヤー | デンオン DCD-1650GL |
プリアンプ | 真空管式 SRPP CR型イコライザー |
比較用パワーアンプ | VT-62/801A シングル |
スピーカー | JBL L220 |
比較に使用したパワーアンプは,直熱管で比較的高いプレート電圧で使用するという点で,今回作成したアンプと似たタイプです.
テストには次のソースを使用しました.
テストでは,NFB はマイナーループにセットしました.ほとんどのソースでこのセッティングが一番よかったからです.もちろん,無帰還でも十分に使えますが,オーバーオール NFB では音が硬く,多少弱々しくなる傾向があるようです.
最初のソースでは,比較用の VT-62 アンプとの差はあまり感じられません.両アンプともア・カペラコーラスを大変自然に再生します.人間の声は,なかなかごまかしが効きませんからリスニングテストでは重要なソースと考えられます.
2番目では,特にギターやドラムスの再生で本アンプのほうが優れています.ギターの弦やスネアドラムのアタックが大変クリアに聞こえます.
3番目ではその傾向が一層顕著になります.ドラムやシンバルにスティックがあたる瞬間の音がよく表れていますし,ライブ録音の雰囲気もよく再現されます.
4番目では,カレン・カーペンターの歌声がより魅力的です.また,ギター,ベース,キーボードなどの電気楽器も VT-62 よりパワフルでクリアです.
両アンプは小編制の室内楽などは同等の再現力を持っていますが,5番目のソースにあるようなフルオーケストラでは本アンプがやはり優れています.いきなり強烈なフォルテが来るような場合でも,破綻することはありません.
一般的に,トリウムタングステンフィラメントの真空管は,高域の再現力に優れていると言われますが,SV572-3 にもそれは当てはまります.加えて,SV572-3 はトリウムタングステン管の繊細さと大型送信管の大パワーを兼ね備えた球といえるでしょう.そして,そのような性能が大型送信管に比べてあまり大げさな設計をせずに実現できます.この意味で,SV572-3 は近年に開発された中で,大変優れた出力管と言えるのではないでしょうか.
謝辞
このアンプを製作するにあたって,実験機を組んで設計を煮詰めていましたが,実験機を試聴している最中に一本の SV572-3 のフィラメントが切れてしまいました.販売店のサンエイ電機(秋葉原ラジオデパート)に相談したところ,快く新しいペアチューブに交換してくれました.当時は SV572 シリーズはそれほどコンスタントに入荷していなかったようなので,ずいぶんと骨を折って頂いたことと思います.ここに感謝いたします.
参考文献
[1] 浅野 勇, "魅惑の真空管アンプ(下巻)", 誠文堂新光社, 1975.
[2] Herbert J. Reich, "Principles of Electron Tubes", Audio Amateur Press, 1995.