便利!もっと楽しく!江の島(江ノ島)・湘南・鎌倉観光ガイド

観光案内

杉山検校の墓地図ページへ

江戸時代の鍼師、杉山検校は5代将軍徳川綱吉の病を治し、関東総検校の地位を得ました。
その時使用した管鍼術は江の島弁才天から授かったと云われ、お礼に三重の塔を建てるなど、江の島とはゆかりの深い人物です。

福石

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盲目の杉山検校がこの石につまづき転んだ時、偶然拾った竹筒の中に松葉が入っていたことから管鍼術を考案したといわれます。
以後ここで物を拾うと幸運を授かると伝えられ、この石は福石と呼ばれるようになりました。

奉安殿地図ページへ

奉安殿内に安置されている江の島弁財天は日本三大弁財天の一つに数えられ、鎌倉時代には戦勝祈願、江戸時代からは芸能・音曲上達祈願と信仰の目的が変遷していきました。

八坂神社地図ページへ

毎年7月中旬に行われる江の島天王祭は夫婦神である八坂神社と腰越の小動神社が年一回海上渡御にて会いに行く勇壮な祭りで、神奈川の祭り50選に選ばれています。
現在のお社は平成13年に1450年記念事業の一環として造営されました。

鶴岡八幡宮地図ページへ

康平6年(1063)源頼義公が奥州を平定して鎌倉に帰り、京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りし、源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願したのが始まりです。
その後、源氏の再興に邁進した源頼朝公は、治承4年(1180)鎌倉に入り由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地に遷し、 建久2年(1191)には本殿も現在の形に整え、鎌倉の都づくりの中心としました。
また、頼朝公は流鏑馬や相撲・舞楽など今日まで伝統として引き継がれている神事や行事にも力を注がれました。
以後、鶴岡八幡宮は武家の精神のよりどころとなり、国家鎮護の神として全国に信仰が広がりました。 これによって鎌倉に根付いた質実剛健の気風は、その後「武士道」という日 本人の精神性の基調となりました。
現在では国際的に著名な古都鎌倉の中心的施設として 国内はもとより海外からも年間を通して数多くの参拝者が訪れています。
現在の御本殿は、文政11年(1828)、江戸幕府11代将軍徳川家斉公の造営による代表的な江戸建築で、 若宮とともに国の重要文化財に指定されています。
境内には源頼朝公、実朝公をお祀りする白旗神社をはじめとする境内社のほか、 静御前ゆかりの舞殿や樹齢千年余の大銀杏が八百年の長い歴史を今に伝えています。

円覚寺地図ページへ

1282年(弘安5年)鎌倉時代後半、時の執権北条時宗が中国より無学祖元禅師を招いて創建されました。
武家政治の不安定さの心の支えとして、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。
時宗公は禅を弘めたいという願いと蒙古襲来による殉死者を敵味方区別なく平等に弔うために円覚寺建立されました。
円覚寺の名前の由来は建立の際、大乗経典の「円覚経」が出土したことからつけられたといわれます。室町時代には日本の禅の中心的存在となり、五山文学や室町文化に大きな影響を与えました。
室町から江戸時代に何度かの火災に遭い、衰退したこともありましたが、江戸末期(天明年間)に大用国師(誠拙周樗)が僧堂・山門等の伽藍を復興し、今日の円覚寺の基礎を築かれました。