明治の頃、橘通り親和会の辺りは、緑に囲まれた屋敷の点在す る別荘地帯で、名称の由来となった橘が黄金色の実をつけ、葉 を繁らせていました。
大正から昭和の初めにかけて、フロンティア精神に富んだ人々 が、この地に道を作り、街を作り、商店街を作りました。藤沢 駅南口からすぐそばに位置する商店街は、地の利を得た上、地 域に密着したサービスと顧客の身になって考える店主の努力に よって、順調に発展しました。
今、会員数は60前後、そのうち新しいフロンティア精神に導か れた人々の店は過半数を超え、昭和と平成が渾然一体となり、 最初の開拓者精神を守っています。
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