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和田屋
その2

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ジュエリーの歴史 ―日本では―

和田屋イメージ1 日本人の装身具の歴史として最初のものにあげられるのは、縄文時代の耳飾り、腕輪、櫛などです。石あるいは粘土製のものや、食用の貝の一部で作ったもの、動物の骨や漆が塗られた竹でできた櫛などがあり、これらは実用の域を越えた装飾も施されていました。弥生時代になると青銅器が登場し、装身具の世界でも青銅でできた腕輪などが見られます。 

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 そして、3世紀から7世紀にかけての古墳時代は、大陸との交易も盛んになり、日本のジュエリー史において欠かすことのできない、「玉」と呼ばれるものが登場します。「玉」とは、陸からとれる玉石と海からとれる真珠を指しますが、中国では美しいものの総称として使われ、それらには翡翠、ガラス、水晶、瑪瑙(メノウ)、琥珀(コハク)などがあります。形はよく知られている勾玉(まがたま)などで、それに穴をあけて糸を通しただけの首飾りや腕輪から、金や銅などをかぶせた指輪、帯金具までいろいろな装飾品が出土しています。

 ところが、飛鳥、奈良時代になると、日本の社会的背景や生活様式のためか、装身具というものがほとんど消えてしまうのです。櫛・かんざし・笄(こうがい)を除き、明治時代になって日本人の生活に欧米の影響が強く現れるまで、装身具は全くと言っていいほどありませんでした。そして明治、大正の時代になると、洋装化とともに、支配階級のためのジュエリーが作られ、それが戦後の民主化に伴い大衆化して、現在に至るのです。

 以上は日本の例ですが、どの国でも、極めて素朴な素材からジュエリーが生まれ、素材と技術が洗練されてやがて流行となっていく経緯は変わりないのです。

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オークションの歴史

 オークションとは西欧で発達した競売のこと、すなわち競り売りのシステムです。競売の起源は紀元前18世紀頃の古代バビロニア王国の時代にさかのぼり、紀元前5世紀から1世紀にかけてのギリシア・ローマ帝国時代には、戦利品や奴隷制度による人身売買が競りにかけられていました。現代につながる美術品に関する オークションは中世ヨーロッパにおいて、破産や遺産相続人のいない財産処分から発達しました。そして1700年代には現在も世界のニ大オークション会社であるサザビーズとクリスティーズの礎が創立され、現在に至っています。

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香りの歴史

 香料と人間との関わりは古く、クレオパトラや楊貴妃の時代にもその存在があったことが語り継がれていますが、現在のオードトワレのような香水が登場するのは14世紀です。当時ハンガリー女王であったエリザベスのために、ローズマリーを主体にして作られたのでした。
 
  そして、16世紀イタリアでは、ドミニカ会修道士が香料製造用のアトリエを開設したとか。香料は裕福な人々のステイタスであり、石鹸・化粧水の中などに入れられていました。一方、フランスでも香料産業の発達が見られますが、それが当時の上下水道事情の悪さによる悪臭隠しであったことも見逃せません。

 18世紀中頃には、イタリアの香料商の作った柑橘系のケルンの水が大流行し、以来オーデコロンはこの香りを引き継いでいくことになりました。

 19世紀になると、化学合成香料が発明され、それにより、天然香料にはない新しい香りが出現しました。また、大量生産も可能になり、香水が上流階級だけのものではなくなり、広く一般の人々も香りを楽しむようになったのです。

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