編成例など

ここでは発売される形式の客車を使用した列車の編成を紹介します。
現在はスハ44系が主体なので、まずはその形式が組み込まれた列車を中心にお送りします。


特急列車 急行列車 その他
特急列車

「つばめ」 「はと」 「かもめ」 「さくら」 「はつかり」 「あさかぜ」 「みずほ」

製品化第一段のスハ44系、そして予定されているナハ10系客車が登場初期に使われたの が特急列車。特にスハ44系は「つばめ」「はと」「かもめ」用に作られた客車であり、 花形でした。後に昼行は151系電車とキハ80系気動車、夜行は20系客車に追われることに なりましたが、全盛期の編成を模型化するにはこれら列車となるでしょう。

1/2レ「つばめ」3/4レ「はと」S26.5〜S26.9.30
←大阪    東京→
スススススマスススマ
ハ        イ
ニハハロロシロロロテ
32434360603560606039
マシ35はカシ36となる場合もあり(以下同じ)

1/2レ「つばめ」3/4レ「はと」S26.10.1〜S31.11.18
12345678910
スススススマスススマ
ハ        イ
ニハハロロシロロロテ
35444460603560606039

1/2レ「つばめ」3/4レ「はと」S31.11.19〜S32.9.30
123456789101112
スススススススオスススマ
ハ          イ
ニハハハハロロシロロロテ
354444444454541754545439

1/2レ「つばめ」3/4レ「はと」S32.10.1〜S35.5.31
123456789101112
スススススナナオナナナマ
ハ          イ
ニハハハハロロシロロロテ
354444444410101710101039

伝統の名列車「つばめ」と戦後の姉妹列車「はと」に投入されたのはマシ35の方が一足 早く、老朽化した食堂車の体質改善と連結列車の増発の為という今では考えられない理 由でした。その後普通車がスハ44系に置き換えられるのですが、展望車と特ロ(現在の グリーン車)をどうするかがカギとなるでしょう。展望車は必ず編成の最後尾ですし、 ここに金属製の重い車両を持ってくると脱線の原因となりかねません。
東海道全線電化と同時に塗色を変更、グリーン車がスロ54に変更になったのですが、食 堂車もオシ17となってしまい、ラインナップで組成できないのが残念です。さらに特ロ がナロ10に変更された後、電車化されました。

5/6レ「かもめ」S28.3.15〜S28.10.31
123456789
ススススススススス
ハ       ハ
ニハハロロシロロフ
354444545447545443

5/6レ「かもめ」S28.11.1〜S32.6.4
123456789
ススススススススス
ハ       ハ
ニハハハロシロロフ
354444445447545443

5/6レ「かもめ」S32.6.5〜S33.9.30
←博多   京都→
オスススマナナナナ
ハ       ハ
ニロロロシハハハフ
365454544911111111

201/202レ「かもめ」S33.10.1〜S36.9.30
←博多   京都→
123456789
オスススマナナナナ
ハ       ハ
ニロロロシハハハフ
365454544911111111
スロ54はナロ10に、マシ49はオシ17に後に置換

「つばめ」「はと」と同じ頃に計画された列車でしたが、実際の運転開始まで1年半程 待たされました。こちらは展望車がなく、実物では「二流」と言われましたが、模型化 には好都合です。特ロがスロ54ですが、スロ53でも見た目は同じです。食堂車が旧型な ので(しかも三軸台車)どうするか悩みどころですが。
展望車もないのに方向転換が必要だったせいか、(門司局にしてみれば体よく巻上げら れる口実となり)スハ44系はオハニ36とナハ10系に、その後オハニ36以外は全て10系化 されて後、昼行客車特急列車のしんがりを勤めてキハ80系二次車に置き換えられた。

「さくら」S32.夏〜S33.9.30
123456789
スススススマススス
ハ       ハ
ニハハハハシロロフ
354444444435545443
スロ54はナロ10の場合有

44系の計画当初には車両充当予定に組まれていた列車だったが、臨時であったことが災 いしてか、実際に使われたのは「かもめ」が10系化されてその車両を転配してからであった、さらに翌年には「こだま」の登場で列車はあっさり廃止、名前は長崎夜行に転用さ れて車両は「はつかり」にと、わずかの活躍であった。もし「さくら」が予定通りに登 場していたら、スハニ35の悲劇はなかっただろうにと悔やまれる。

1/2レ「はつかり」S33.10.10〜35.12.8
12345678
ススススマナナス
ハ      ハ
ニハハハシロロフ
3544444435101043
マシ35はオシ17に後に置換

44系客車による昼行特急のしんがりがこれ。同時期に登場した20系にあわせて青15号に クリーム1号の帯に変更された。約2年の活躍の後、新鋭のキハ80系1次車に置き換え られ、客車はアコモ改良で入場することになった。

7/8レ「あさかぜ」S31.11.19〜S32.3.9
←博多    東京→
12345678910(下り)
10987654321(上り)
オナナナナナマスママ
ハハハハ    ロロ
ニネネネハハシロネネ
         フ
36101010101035544029

7/8レ「あさかぜ」S32.3.10〜S32.4.30
←博多      東京→
12345678910増増(下り)
1098765432112(上り)
オママスマナナナナナナナ
ハロロ  ハハハ ハハハ
ニネネロシネネネハフネフ
  フ
364029543510101010101010
          └┘
          └広島止

7/8レ「あさかぜ」S32.5.1〜S32.7.19
←博多      東京→
1増2345678910増増(下り)
10増98765432112(上り)
オマママスマナナナナナナナ
ハロロロ  ハハハ ハハハ
ニネネネロシネネネハフネフ
   フ
36404029543510101010101010
           └┘
           └広島止

東海道の電化が完成した昭和31年11月19日改正で、大阪を無視してでも有効時間とス ピードアップを稼ぐ全く新しい寝台特急(いや、今まで寝台特急はなかった)として 誕生した「あさかぜ」だが、その中に「つばめ」「はと」から回されたマシ35が組み 込まれていた。増結による重量の制限と、新型食堂車オシ17の増備により、20系化さ れる前の昭和32年7月20日に、「さくら」に転用される形で「あさかぜ」の運用を下 りることになった。

臨時「あさかぜ」S35年末臨
←熊本      東京→
123456789101112
スオオナスススススススス
ハロロハハハハハハハハハ
フネネネネネフネネネネフ
431010113030433030303043
       └博多止┘

1003/1004レ不定期「みずほ」S36.10.1〜S37.9.30
←熊本       東京→
12345678910111213
スオスオナナスオオオオオス
ハロ  ハハハハハハハハハ
フネロシネネフネネネネネフ
43105417111143171717171743
       └博多止 ┘

オハネ17の落成までは
123456789101213
スオスオナナスナナナスス
ハロ  ハハハハハハ ハ
フネロシネネフネネネハフ
431054171111431111114443
       └博多止┘

7/8レ「みずほ」S37.10.1〜S38.5.31
←熊本       東京→
12345678910111213
スオナオオオスオオオオオス
ハロ  ハハハハハハハハハ
フネロシネネフネネネネネフ
43101017171743171717171743
       └博多止 ┘

昼行3特急から撤退後、もう特急としての運用はないものと思われたが、その年の 年末から臨時「あさかぜ」としてスハ44から改造され、アルミサッシの輝きも眩し いスハフ43の10番代が使われ、逼迫する夜行需要に答えるべくそのまま「みずほ」 として定期化され、20系化されるまで使用された。当時不足するハネの需要に対し、 戦前のスハネ30を戦時中にハに改造したものを再びスハネ30に改造し直すことを行っ ても足りず、余剰となって格下げも進みつつある並ロの台枠を利用して軽量車体を 載せたオハネ17に各工場をフル稼働して改造を行うも不足する間はスハ44も1両組 まれていた。1963年6月、「みずほ」の20系化により、44系客車の特急運用は幕を 閉じた。


急行列車

「銀河」 「明星」 「さつま」 「かいもん」 「阿蘇」 「天草」 「玄海」
「雲仙」 「平戸」 「西海」 「つくし」 「夕月」 「日南」 「出雲」 「さぬき」

特急が追われる形となった44系客車や10系客車であるが、夜行急行の体質改善や臨時 急行で活躍することになった。特に近代化改造を受けて回転シートにされた44系客車 は、まだなお座席車の連結される列車の指定席として重宝されることになった。
近代化改造工事車として、あるいはブルーや裾に白帯巻いた姿はこれら列車の模型化 に役立つでしょう。

11/12レ「銀河」S40.3.25〜S40.9.30
←神戸        東京→
 12345678910111213
ママオオナオオオオオオススナ
 ロロ ハハハハハハハ  ハ
ニネネシネネネネネネネハハネ
      フ      フ
 41101610171717171717444410

103/104レ「銀河」S40.10.1〜S41.9.30
←姫路        東京→
 12345678910111213
マナオオオオスススススススス
 ハロロハハ       ハ
ニネネネネネハハハハハハハフ
 フ
 10101017174444444444444443

103/104レ「銀河」S41.10.1〜S42.9.30
←姫路        東京→
 12345678910111213
マナオオスススススススススス
 ハロロハハ       ハ
ニネネネネネハハハハハハハフ
 フ
 10101030304444444444444443

103/104レ「銀河」S42.10.1〜S43.9.30
←姫路        東京→
 12345678910111213
マオオオスススススススススス
 ハロロハハハハハハハ  ハ
ニネネネネネネネネネネハハフ
 フ
 12101016161616161616444443

101/102レ「銀河1号」S43.10.1〜S45.9.30
←大阪        東京→
 12345678910111213
スオママススススオススススス
 ハロロハハハハハ    ハ
ユネネネネネネネネハハハハフ
 フ      フ
 12404116161616124444444443

101/102レ「銀河1号」S45.10.1〜S47.3.14
←大阪        東京→
 12345678910111213
スオオオススススオススススオ
 ハロロハハハハハハハハハハ
ユネネネネネネネネネネネネネ
 フ      フ    フ
 12101016161616121616161612

103/104レ「銀河2号」S43.10.1〜S47.3.14
←姫路        東京→
 12345678910111213
マオオオススススオススススス
 ハロロハハハハハ    ハ
ニネネネネネネネネハハハハフ
 フ      フ
 12101016161616124444444443

101/102レ「銀河1号/紀伊」S47.3.15〜S50.3.9
←大阪         東京→
1234567891011121314
オオスススススオオオスオオオ
ハロハハハハハハハロハハハハ
ネネネネネネネネネネネネネネ
フ      フフ    フ
1210161616161612121016121212
        └「紀伊」┘

103/104レ「銀河2号」S47.3.15〜S50.3.9
←大阪         東京→
1234567891011121314
オオススススススススオオスス
ハロハハハハハハハハハハ ハ
ネネネネネネネネネネネネハフ
フ          フ
1210161616161616161612124443

103/104レ「銀河」S50.3.10〜S51.2.20
←大阪         東京→
1234567891011121314
オオススススススススオオスス
ハロハハハハハハハハハハ ハ
ネネネネネネネネネネネネハフ
フ          フ
1210161616161616161612124443

スハ44系客車が使用された急行列車の白眉と言えば、やはりこの列車、「銀河」であろ う。客車もまだほとんどが茶色で、東海道新幹線が走り始めた頃、昭和40年3月25日に、 「明星」と共にマロネ402両をスハ44に置き換えて座席指定車として使われたのが最初 で、同年10月改正ではその数が2両から8両と過半数を超えるまでに激増し、輸送列車 としてその主役となった。(「明星」は再び寝台専用化)その後寝台車の冷房改造に伴 い、形式変更や寝台車の増減を繰り返すことになる。
昭和43年10月改正で愛称名整理に伴い、「明星」を編入、見ためはほぼ同一の2往復に なる。(違いは旧「明星」である1号が個室付のマロネ40(と41)で、座席が指定車( 2号は自由席)であった。)
万博終了後の昭和45年10月改正でマロネは2両ともオロネ10に変更、座席車も寝台車に 変更された。新幹線岡山開業の昭和47年3月改正では、1号は「紀伊」と併結列車に、 2号も大阪止と短縮され、座席車は2両(指定席)になった。
新幹線が博多まで延びた昭和50年3月改正で1号の方は特急に格上げ(「あさかぜ」1 往復廃止に伴う車両の転用)となり、「銀河」の方は「出雲」救済の出雲市行「いなば」 とされた。そして残る1往復も20系急行転用の第1号となり、 昭和51年2月21日、20系 化された。と同時に四国ローカルで残るスハフ436両を残して44系客車の終焉となりま した。

13/14レ「明星」S40.3.25〜S40.9.30
←大阪       東京→
 123456789101112
オママオナスススススススナ
 ロロロハハハハハハ  ハ
ユネネネネネネネネネハハネ
      フ     フ
 404110103030303030444410

「銀河」と同じく昭和40年3月25日に、マロネ402両をスハ44に置き換えて座席指定車 を連結したもので、わずか半年で再び寝台専用列車化されたが、3年後には愛称は新大 阪〜熊本間に新設の583系による寝台特急に格上げされたものの、列車は「銀河」に編入 されてスハ44組み込みの共通編成とされた。(以下「銀河」の項参照)

601/602レ「さつま」S39.10.1〜S40.9.30
←鹿児島        名古屋→
   1増234578910111213
   スマ  ナナナナナナナ
ハ  ハ ハハ      ハ ハ
ニニユフシネネロロハハハハフハフ
   4349  10101010101010
|└┘└┘         └┘
|| └門司止       └京都〜門司
|└鹿児島〜門司
└門司〜八代(下りのみ)
2,3号車のハネはオハネ17またはナハネ11

元をたどれば「霧島」「阿蘇」「雲仙」とならぶ戦前からの名門急行の「筑紫」がその 前身で、昭和31年11月19日の改正で「さつま」に改称され、昭和36年10月改正で、名古 屋〜鹿児島間の列車となり、「霧島」と共通運用となった。昭和39年10月改正で「阿蘇」 のマシ49が移され、門司回転でスハフ43を使用した3等指定席車も連結される様になっ た。しかし、翌40年10月改正で、名古屋〜博多間が電車化され、「はやとも」に改称さ れてしまった。

101/102レ「かいもん2/3号」S43.10.1〜S45.9.30
←西鹿児島 門司港→
  増1234567
  オナオオオナナナ
 ハハ  ハハ  ハ
ユニニハロネネハハフ
  3610111212
 └八代止(下りのみ)
5〜7号車のナハ、ナハフは10または11

前述の「さつま」のなれの果てが昭和43年10月改正でさらに「かいもん」に統合された のであるが、増1号車のハニが指定席ということもあり、鹿児島受け持ちであった為、 時を同じくして高崎からはるばる流れてきたスハニ35のトップナンバーがオヤ33に改造 されて形式消滅するまでの短な余生を送った可能性としてここに挙げておく。

603/604レ「阿蘇」S39.10.1〜S40.9.30
←熊本         名古屋→
   12345678910111213
   スオスス      オ
   ハロ  ハハ    ハ ハ
ニユニフネロロネネハハハハフハフ
   43106051      45
|└┘           └┘
|└門司止         └京都〜博多
└大阪〜岡山(下りのみ)
5,6号車のハネはオハネ17またはスハネ30、7〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

1205/1206レ「阿蘇」S40.10.1〜S41.9.30
←熊本      名古屋→
 増1234567891011
 オスオスス      ナ
 ハハロ  ハハハ   ハ
ユニフネロロネネネハハハフ
 3643106051      11
└門司止
5〜7号車のハネはオハネ17またはスハネ30、8〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

1205/1206レ「阿蘇」S41.10.1〜S42.9.30
←熊本       名古屋→
 増123456789101112
 オスオススオオオ    オ
 ハハロ  ハハハ   ハハ
ユニフネロロネネネハハハフフ
 3643105454171717   45
└門司止         └博多止
8〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

1205/1206レ「阿蘇」S42.10.1〜S43.9.30
←熊本        名古屋→
   増1234567891011
   オスオスススス   オ
   ハハロ ハハハ   ハハ
ニニユニフネロネネネハハハフフ
   36431054161616   45
|└┘           └博多止
|└門司止
└岡山〜門司(下りのみ)
7〜9号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

1213/1214レ「阿蘇」S43.10.1〜S47.3.14
←熊本       名古屋→
 増123456789101112
 オススオススス   オ
 ハハ ロハハハ   ハ ハ
ユニフロネネネネハハハフハフ
 36435410161616   45
└門司止        └┘
            └博多止
7〜9号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

213/214レ「阿蘇」S47.3.15〜S50.3.9
←熊本       名古屋→
 12345678910111213
 ススオスススス   オ
 ハ ロハハハハ   ハ ハ
ユフロネネネネネハハハフハフ
 43541016161616   45
└門司止        └┘
            └博多止
8〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

昭和39年10月改正で、普通(2等)指定席車にスハフ43(11〜)が組み込まれ、以降 昭和50年3月改正で名古屋〜新大阪間が廃止、14系座席車に置き換えられるまで使用 された。昭和41年10月改正で特ロがスロ54となり、同時に冷房化された。オハネ17か らスハネ16への変更も同様である。

207/208レ「天草」S39.10.1〜S40.9.30
←熊本         京都→
123456789101112131415
スオスス      オ
ハロ  ハハ    ハ  ハハ
フネロロネネハハハハフハハフフ
43106051      45
           └ ┘└飯塚〜東京(上りのみ)
            └門司止
5,6号車のハネはオハネ17またはスハネ30、7〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

1201/1202レ「天草」S40.10.1〜S41.9.30
←熊本(大阪始発)  新大阪→
123456789101112131415
スオスス      オ
ハロ  ハハハ   ハ   ハ
フネロロネネネハハハフハハハフ
43106051      45
           └  ┘
            └門司止
5〜7号車のハネはオハネ17またはスハネ30、8〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

1201/1202レ「天草」S41.10.1〜S42.9.30
←熊本(大阪始発)  新大阪→
123456789101112131415
スオススオオオ   オ
ハロ  ハハハ   ハ   ハ
フネロロネネネハハハフハハハフ
43105454171717   45
           └  ┘
            └門司止
8〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

1201/1202レ「天草」S42.10.1〜S43.9.30
←熊本(大阪始発)  新大阪→
1234567891011121314
スオスススス   オ
ハロ ハハハ   ハ   ハ
フネロネネネハハハフハハハフ
431054161616   45
          └  ┘
           └門司止
7〜9号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

207/208レ「天草」S43.10.1〜S47.3.14
←熊本       京都→
12345678910111213
ススオススス   オ
ハ ロハハハ   ハ  ハ
フロネネネネハハハフハハフ
435410161616   45
          └ ┘
           └門司止
7〜9号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

209/210レ「天草」S47.3.15〜S50.3.9
←熊本       京都→
1234567891011121314
ススオスススス   オ
ハ ロハハハハ   ハ  ハ
フロネネネネネハハハフハハフ
43541016161616   45
           └ ┘
            └門司止
8〜10号車のハはナハ11、オハ36/46を使用

昭和36年10月改正で「阿蘇」と基本編成の受け持ちが名ナコで共通となった「天草」 は、「阿蘇」と同じく昭和39年10月改正から普通(2等)指定席車にスハフ43(11〜) が組み込まれ、以降昭和50年3月改正で廃止されるまで「阿蘇」と同じ変遷(増1号 車のオハニ36は非連結)を遂げた。昭和36年10月から40年10月までの4年間、飯塚か ら門司まで連結、門司で「高千穂」に引き継いで東京まで運転される座席車が1両連 結されていた。

205/206レ「玄海」S39.10.1〜S40.9.30
←長崎         京都→
  12345678910111213
  スオススマオオオナナナスス
  ハロ   ハハハ   ハハ
ニニフネロロシネネネハハハフフ
  4310545429171717   4242
|└門司止         └博多止
└広島止
9〜11号車のハはナハ10/11を使用

207/208レ「玄海」S40.10.1〜S43.9.30
←長崎         京都→
  12345678910111213
  スオススマオオオナナナスス
  ハロ   ハハハ   ハハ
ニニフネロロシネネネハハハフフ
  4310545429171717   4242
|└門司止         └博多止
└広島止
9〜11号車のハはナハ10/11を使用、オハネ17は41年度中に全車冷房化されてスハネ16に 変更

昭和39年10月改正で、「阿蘇」と同じく普通(2等)指定席車にスハフ43(11〜)が組 み込まれ、以降昭和43年10月改正で「雲仙」に統合されるまで使用された。

211/212レ「雲仙2号」S43.10.1〜S45.9.30
←長崎       京都→
12345678910111213
スオオオススススナナナスス
ハロ  ハハハハ   ハハ
フネロシネネネネハハハフフ
4310111716161616   4242
            └博多止
9〜11号車のハはナハ10/11を使用

211/212レ「雲仙3号」S45.10.1〜S47.3.14
←長崎       京都→
12345678910111213
スオオオススススナナナスス
ハロ  ハハハハ   ハハ
フネロシネネネネハハハフフ
4310111716161616   4242
            └博多止
9〜11号車のハはナハ10/11を使用

203/204レ「雲仙3号」S47.3.15〜S47.10.1
←長崎       京都→
1235678910111213
スオオススススナナナスス
ハロ ハハハハ   ハハ
フネロネネネネハハハフフ
43101116161616   4242
           └博多止
9〜11号車のハはナハ10/11を使用、4号車のオシ17は欠車

203/204レ「雲仙3号」S47.10.2〜S48.9.30
←長崎       京都→
12345678910111213
スオオスススススナナナスス
ハロ ハハハハハ   ハハ
フネロネネネネネハハハフフ
4310111616161616   4242
            └博多止
9〜11号車のハはナハ10/11を使用

203/204レ「雲仙2号」S48.10.1〜S50.3.9
←長崎       京都→
12345678910111213
スオオスススススナナナスス
ハロ ハハハハハ   ハハ
フネロネネネネネハハハフフ
4310111616161616   4242
            └博多止
9〜11号車のハはナハ10/11を使用

「玄海」から昭和43年10月改正で列車を引き継いだ「雲仙」は、両端のスハフを除いて 10系客車中心となり、昭和50年3月改正で「西海」と併結の1往復に減らされ、車両も 14系座席車に置き換えられた。

209/210レ「平戸」S40.10.1〜S43.9.30
←佐世保      京都→
12345678910111213
スオオナススオオ    ス
ハハハハ  ハハ    ハ
フネネネロロネネハハハハフ
   フ
4317171054511717    42
└ ┘
 └博多止
9〜12号車のハはスハ43/オハ46を使用

他の列車に遅れること1年、昭和40年10月改正で「平戸」にもスハフ43が組み込まれた。 41年度中に冷房化により、スハネ16、オハネフ12使用に変更されたが、昭和43年10月改 正で「西海」に統合された。

203/204レ「西海2/1号」S43.10.1〜S44.6.30
←佐世保         大阪→
  1234567891011121314
  ス   オススススナナナナオ
  ハハハハハ  ハハ    ハ
ニニフネネネネロロネネハハハハフ
      フ
  43   12545116161111111145
||└  ┘
|| └博多止
|└門司止
└佐世保〜鳥栖
2〜4号車のハネはスハネ16/オハネ12を使用

203/204レ「西海2/1号」S44.7.1〜S45.9.30
←佐世保        大阪→
  12345678910111213
  ス   オスススナナナナオ
  ハハハハハ ハハ    ハ
ニニフネネネネロネネハハハハフ
      フ
  43   125416161111111145
||└  ┘
|| └博多止
|└門司止
└佐世保〜鳥栖
2〜4号車のハネはスハネ16/オハネ12を使用

203/204レ「西海2/1号」S45.10.1〜S47.3.14
←佐世保        大阪→
 1234567891011121314
 ス   オススススナナナナオ
 ハハハハハハ ハハ    ハ
ニフネネネネネロネネハハハハフ
     フ
 43   12165416161111111145
|└  ┘
| └博多止
└門司止
2〜4号車のハネはスハネ16/オハネ12を使用

205/206レ「西海2/1号」S47.3.15〜S48.9.30
←佐世保        大阪→
 1234567891011121314
 ス   オオス   ナオオオ
 ハハハハハロ ハハハ   ハ
ニフネネネネネロネネネハハハフ
     フ
 43   121054   11464745
|└  ┘
| └博多止
└門司止
2〜4,8〜10号車のハネはスハネ16/オハネ12を使用

205/206レ「西海1号」S48.10.1〜S50.3.9
←佐世保        大阪→
14567891011121314
スオオオオスオスナオオオ
ハハハハロ ハハ   ハ
フネネネネロネネハハハフ
  フフ
431212121054121611464745
└┘
└博多止

昭和43年10月改正で「平戸」を「西海」に統合し、2/1号とした。47年3月に宮原から早 岐区に移管されてきた「屋久島1/2号」と基本編成が共通となり、ロネが連結されてやっ と夜行急行の面目を保つが、48年10月には博多編成が2両に減車、昭和50年3月改正で 「雲仙」と併結の14系座席車による1往復にされてしまった。

2201/2202レ「つくし」S39.10.1〜S40.9.30
←博多          大阪→
  1234567891011121314
  スマスオススススススス
ハ ハ         ハ  ハ
ニユフロロシハハハハハハフハハフ
  4255541743434343434342
|└門司止        └ ┘
└門司〜広島(上りのみ)  └岡山止

215/216レ「つくし3号」S43.10.1〜S45.9.30
←博多(大阪始発) 新大阪→
    12345678910
    マオオオスススオスオ
    ロハハハ  ハハハハ
ニニニユネネネネハハフネネネ
             フ
    41121212444443121612
└門司止(下りのみ) └ ┘
            └下関止

215/216レ「つくし3号」S45.10.1〜S47.3.14
←博多(大阪始発) 新大阪→
     123456789
     マオオオススオスオ
     ロハハハ ハハハハ
ニニニニユネネネネハフネネネ
             フ
     411212124443121612
           └ ┘
            └下関止

215/216レ「つくし2号」S47.3.15〜S50.3.9
←博多(大阪始発) 新大阪→
12345678910111213
オオオオオオススススオスオ
ハロハハハハ   ハハハハ
ネネネネネネハハハフネネネ
フ           フ
12101212121244444443121612
          └ ┘
           └下関止

昭和39年10月改正で東京〜大阪間が廃止され、「筑紫」改めひらがなの「つくし」となっ て客車列車のまま残された列車の2号車に試作冷房車のマロ55が組み込まれた。しかし、 翌40年10月改正で475系電車化された。
昭和43年10月改正で特急列車の補完の為に、前年581系に置き換え、特急格上げで消え た「海星」の流れをくむ列車として「つくし3号」が増発され、普通座席指定車として スハ44系が3両組み込まれた。しかし、2年後には荷物輸送の確保の為、ニが1両増結 される代わりにスハ44が1両減車されるという辱めを受けることになった。昭和47年3 月改正で荷物列車が独立すると晴れてまともな夜行急行の編成となり、座席車も4両に 増やされることになった。そして昭和50年3月改正で廃止となった。

203/204レ「夕月」S40.10.1〜S43.9.30
←宮崎     新大阪→
 1234567891011
 ナオスオオススマオオナ
 ハロ ハハ ハロハハハ
ニネネロネネハフネネネネ
 フ         フ
 1010541717444341171710
|       └  ┘
└岡山まで(下り)└大分止
 門司から(上り)

昭和40年10月改正で登場した新大阪〜宮崎間急行で、オハネ17落成の関係で昭和41年2月 まで10号車は欠車となった。また、昭和41年度中に冷房化により、スハネ16、オハネフ12 使用に変更されたが、昭和43年10月改正で「日南」に統合されて列車名は消滅した。

205/206レ「日南1/3号」S43.10.1〜S45.9.30
←宮崎(大阪始発)新大阪→
 1234567891011
 オオスススススマススオ
 ハロ ハハ ハロハハハ
ニネネロネネハフネネネネ
 フ         フ
 1210541616444341161612
|       └  ┘
└門司から    └大分止
(上りのみ)

205/206レ「日南1/3号」S45.10.1〜S47.3.14
←宮崎(大阪始発)新大阪→
 1234567891011
 オオスススススオススオ
 ハロ ハハ ハロハハハ
ニネネロネネハフネネネネ
 フ         フ
 1210541616444310161612
|       └  ┘
└門司から    └大分止
(上りのみ)

1207/1208レ「日南2/3号」S47.3.15〜S50.3.9
←宮崎      大阪→
 1234567891011
 オオスススススオススオ
 ハロ ハハ ハロハハハ
ニネネロネネハフネネネネ
 フ         フ
 1210541616444310161612
|       └  ┘
└門司止     └大分止

昭和43年10月改正で「夕月」を引き継いだ「日南1/3号」であるが、基本的には変化の ないまま、昭和50年3月改正で特急(「彗星」)格上げにより廃止となった。(愛称は 門司港〜宮崎(西鹿児島)間の急行「みやざき」を改称して残ることになった。)

25/26レ「出雲」S39.10.1〜S40.9.30
←浜田       東京→
123456789101112
スナナナナオスオナナナナ
ハ  ハハロロ ハハハハ
フハハネネネフシネネネネ
         フ フ
43  111110531711101110
       └ ┘└┘
       |  └鳥取止
       └米子止
2、3号車のハはナハ10/11を使用

23/24レ「出雲」S40.10.1〜S41.9.30
←浜田       東京→
123456789101112
スナナナナオスオナナナナ
ハ  ハハロロ ハハハハ
フハハネネネフシネネネネ
         フ フ
43  111110531711101110
       └ ┘└┘
       |  └鳥取止
       └米子止
2、3号車のハはナハ10/11を使用

23/24レ「出雲」S41.10.1〜S42.9.30
←浜田      東京→
1234567891011
スナナナナオスオナナナ
ハ  ハハロロ ハハハ
フハハネネネフシネネネ
         フフ
43  1111106217111010
       └ ┘└鳥取止
       └米子止
2、3号車のハはナハ10/11を使用

23/24レ「出雲」S42.10.1〜S43.9.30
←浜田     東京→
1234567891011
スナナオオオスオスオオ
ハ  ハハロロ ハハハ
フハハネネネフシネネネ
         フフ
43  1212106217161212
       └ ┘└鳥取止
       └米子止
2、3号車のハはナハ10/11を使用

昭和39年10月の新幹線開業による改正でやっと独立し、寝台車中心の編成に変化しつつ ある「出雲」の1号車だけ(2、3号車は座席指定ながら向かい合わせシート)スハフ43 が組み込まれた。1等車および寝台車の冷房化と、鳥取回転付属車の1両減車などの変 化を受けつつ、 昭和43年10月改正でスハフ43は外されてしまった。

21/22レ「さぬき」S40.10.1〜S42.9.30
←宇野        東京→
 12345678910111213
オスオスオオオオオオオオオナ
 ハロ  ハハハハハハハハハ
ユニネロシネネネネネネネネネ
             フ
1235105416171717171717171710

21/22レ「さぬき」S42.10.1〜S43.9.30
←宇野        東京→
 12345678910111213
オスオスオススススススススオ
 ハロ  ハハハハハハハハハ
ユニネロシネネネネネネネネネ
             フ
1235105416161616161616161612

急行列車のしんがりは「さぬき」、昭和39年10月改正で定期寝台列車に昇格、翌40年か ら1号車に半車指定席車ということでスハニ35を組み込んだ。途中スハネ30を組み込ん だりしながらスロ54とハネの冷房化を行った。ちょうどオユ12も組み込まれている。昭 和43年10月改正でスハニ35は外されることになった。


その他

特急列車の運用を下りて後、近代化改造を受けたスハ44とスハフ43は、団体用および臨時 として使用された。例として、

「第2みちのく」S36.1.
←上野 青森?→
12345678
ススススススナス
ハ      ハ
ニハハハハハロフ
3544444444441043

準急「いこい」S38.4.
←修善寺 東京→
12345
ススススス
ハ   ハ
フロハハフ
4354444443

前者は「はつかり」置き換え直後であり、尾久区の「はつかり」用も一部塗色もそのまま に使用された。後者は茶または団体用の青に裾部に白帯の車両が使用されている。こちら は品川区配置の車が使用された様である。同じく品川区と言えば「南紀観光」号にもスハ 44系が使用され、こちらは下り列車は定期「出雲」と東京〜名古屋間併結(上り「出雲」 は「金星」と併結)されて運転された。参考までに編成は以下の通りである。

「出雲・南紀観光号」S36.10.1〜S39.9.30
←        東京→
123456789101112
スオスススススススススス
ハロハ  ハハ    ハ
フネネロハフフハハハハフ
421030544342434444444443
└「出雲」┘

また、編成は定かではないが、昭和47年3月改正で急行「みやざき」に格上げされた前身 の日豊線経由の夜行普通列車521/522レに、オハネ12と共に普通座席車としてその前年の 10月から半年程非公式にスハ44(竹下区)が1両組み込まれていた。その他の車両は門 司港区のオハ36/46、オハフ33主体で、全体として7両程の編成であったらしい。急行 格上げ後は前述の「さつま」の流れを汲む「かいもん」と共に九州線内最後の夜行急行 として残り、(「みやざき」は昭和50年3月に「日南」に改称)寝台車は後に20系へ、 そして25系に、座席車も20系化と同時に12系化されるなどされたが、JR移行の後、夜行 座席特急の「ドリームつばめ」「ドリームにちりん」に格上げされて消えた。


オロネ10、スロ62を連結した列車の編成例
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