柿本人麿
かきのもとのひとまろ
ほのぼのとあかしの浦のあさぎりに
 島がくれゆく舟をしぞおもう
凡河内躬恒
おおしこうちのみつね
いずくとも春のひかりはわかになく
 まだみ吉野の山は雪ふる
大伴家持
おおとものやかもち
さおしかの朝たつ小野の秋萩に
 玉と見るまでおける白露
在原業平
ありわらのなりひら
世の中にたえて桜のなかりせば
 春のこころはのどけからまし
素性法師
そせいほうし
いま来むといひしばかりに長月の
 有明の月を待ちいでつるかな
猿丸大夫
さるまるだゆう
をちこちのたつきもしらぬやま中に
 おぼつかなくもなく呼子鳥かな
藤原謙輔
ふじわらのかねすけ
人の親のこころはやみにあらねども
 子を思ふ道にまよひぬるかな
藤原敦忠
ふじわらのあつただ
あひみてののちのこころにくらぶれば
 昔はものを思はざりけり
源公忠
みなもとのきんただ
行きやらで山路くらしつほととぎす
 いまひとこえの聞かまほしさに
斎宮女御
さいぐうのにょうご
琴の音に峯の松風かようらし
 いずれの緒よりしらべそめけむ

源宗于
みなもとのむねゆき
ときはなる松のみどりも春くれば
 いまひとしほの色まさりけり

藤原敏行
ふじわらのとしゆき
秋きぬと目にはさやかに見えねども
 風の音にぞおどろかれぬる

藤原清正
ふじわらのきよただ
子の日しにしめつる野辺ののひめこ松
 引かでや千代のかげを待たまし

藤原輿風
ふじわらのおきかぜ
たれをかも知る人にせむ高砂の
 松も昔の友ならなくに

坂上是則
さかのうえのこれのり
みよしのの山の白雪つもるらし
 ふるさとさむくなりまさりゆく

小大君
こおおぎみ
岩橋の夜の契りも絶えぬべし
 明くるわびしき葛城の神

大中臣能宣
おおなかのとみのよしのぶ
千とせまでかぎれる松もけふよりは
 きみに引かれてよろづや経む

平兼盛
たいらのかねもり
かぞふればわが身に積もるとしつきを
 送りむかふと何いぞぐらん






紀貫之
きのつらゆき
さくらちる木の下風は寒からで
 空にしられぬ雪ぞ降りける
伊勢
いせ
三輪の山いかに待ち見む年経とも
 たづぬる人もあらじと思へば
山部赤人
やまべのあかひと
わかの浦に潮みちくればかたおなみ
 葦辺をさしてたづ鳴きわたる
僧正遍照
そうじょうへんじょう
すえの露もとのしずくや世の中の
 おくれ先だつためしなるらん
紀友則
きのとものり
夕されば左保のかはらの川霧に
 友まよはする千鳥なくなり
小野小町
おののこまち
いろ見えでうつろうものは世の中の
 人のこころのはなにぞありける
藤原朝忠
ふじわらのあさただ
逢うことの絶えてしなくばなかなかに
 人をも身をもうらみざらまし
藤原高光
ふじわらのたかみつ
かくばかり経がたく見ゆる世の中に
 うらやましくも澄める月かな
壬生忠岑
みぶのただみね
春立つといふばかりにやみよしのの
 山もかすみてけさは見ゆらん
大中臣頼基
おおなかとみのよりとも
筑波山いとどしげに紅葉して
 道みえぬまで落ちやしぬらん

源重之
みなもとのしげゆき
吉野山峯のしら雪いつきえて
 けさは霞のたちかはるらん

源信明
みなもとのさねあきら
こぎしさは同じこころにあらずとも
 今宵の月をきみ見ざらめや

源順
みなもとのしたごう
水のおもに照る月なみをかぞふれば
 今宵ぞ秋のもなかなりける

清原元輔
きよはらのもとすけ
秋の野の萩の錦をふるさとに
 鹿の音ながらうつしてがな

藤原元真
ふじわらのもとざね
年ごとの春のわかれをあはれとも
 人におくる人ぞしるらん

藤原仲文
ふじわらのなかぶみ
ありあけの月のひかりを待つほどに
 わがよのいたくふけにけるかな

壬生忠見
みぶのただみ
焼かずとも草はもえなむ春日野を
 ただ春の日にまかせたらなむ

中務
なかつかさ
うぐいすの声なかりせば雪消えぬ
 山里いかで春を知らまし