辻堂の文化  My town TSUJIDO's Culture & Affairs.


「えくぼもアバタ」    木下 恵介 著

   つづき
私は先日鵠沼で、住宅地の横丁へ会社のバスを乗り入れたら、出ることも退ることも出来なくて大いに弱った。こんな道は辻堂にはざらである。むかしむかし地主が勝手につけた道をたよりに、今だに呑気な顔をしていて行末どうなるのだらう。家を訪ねる人が道に迷ってうろうろすることは天下一品の町である。駅から真っす歩けば三分の私の家に、十五分も二十分も歩いてやっと辿りついたお客が、外に言い様がないから「空気の臭いが違いますね、東京とは------」と言う。人に言はれて気がつくと、なるほど、辻堂のいゝとこはそれだけかも知れない。私の場合は会社に近いことゝ、好きな海が近いことがいゝ。しかし、その海だって、前は素的な砂丘が楽しかったけど、今は、誰が砂をとらしたのか、すっかりつまらなくなってしまった。
或る知人が土地をさがしに来たので、散々辻堂の住み心地の良さを話していたら突如としてジェット機の爆音である。私はゾッとして顔が赤くなった。辻堂という所は地代も年々上がる一方、物価も別荘人種からしぼった過去がそのまゝ伝って東京の市場よりも高く、せめて静かなだけがとり得みたいな所なのに、時々爆音と轟音、その上宣伝スピーカーまで近年はうるさく喋り出すし、目下の所、私の明るさは来年あたりガスが引けるということ、それと、十年前と変わらぬ海の色だけである。
親しくなればなるほどグチも不満も言いたくなる。そろそろえくぼもアバタに見えてくるのだろう。