辻堂の文化  My town TSUJIDO's Culture & Affairs.


「えくぼもアバタ」    木下 恵介 著

本文は映画監督の木下恵介氏が昭和31年の辻堂駅開設40周年記念誌に特別寄稿されたものです。 氏は昭和23年から晩年近くまで辻堂の熊の森の高台にある熊の森権現脇に住んでおられました。 当時の辻堂の様子が描かれております、しかも今もそのまま当てはまることが多くあります。
 この縁は深いと見えて、すっかり辻堂に住みついてしまった。元来私は酒でもハシゴは嫌いで、馴染めば次第に情が深くなる方なので、一度気に入ると末長く動かなくなってしまう。二十三年に移って来たのだから、かれこれ十年一昔、変われば変わる有り様を、喜んだり悲しんだり、私が今撮影中の映画の題名ではないが、愛すればこそ色々な気持でながめて来た。
私が越して来た当時は、駅の乗降者も淋しく静かで、だから私は好きであった。しかし辻堂の発展のためにはそんな好みばかり言っていられないから、これはこれで大変結構なことだと思う。だが、駅前のミミッチさは決して感じのいゝ町だとは義理にも言えない。ことに私の往来する真ン前の道は、これが東京まで一時間の町かとあきれるばかりである。
片瀬から辻堂海岸まで、東洋のマイアミとかで大変美しく洒落た風景になって来たので、さだめし金子市長はいゝ気分で深呼吸でもしたくなるでしょうが、一度、雨の日の辻堂駅前を歩いて見られるといゝ。私なんか市税をおさめるのがいやになってしまう。多分私の一年分で舗装出来るはずだ。大体下水のない近代都市なんてあるはずがなく、たゞでさえ家事に追はれる家毎の主婦が、何とか水の捨て方を考えて努力しているからこそ、どうにか表面誤魔化っている町にすぎない。駅前商店街が美しく盛大になったのだって、ここの商人の努力だけのものである。
   (写真は木下恵介氏の屋敷跡:辻堂熊の森)