「初夢」
 
夢のような話をしてみたいと思います。
 21世紀初頭の医療について、思いつくままに想像してみましょう。今は世紀末で、暗い話や嫌な話、おかしな話が蔓延しています。政治も経済も、医療制度も、教育も、老人問題も制度疲労を起こしていたり歪んでいたりと、あまり愉快な話を聞きません。でも、もしかすると新しい世紀は今の移行期を抜けて、もう少し住み易くなっているかも知れません。

 例えばこうです。時は21世紀、2017年です。70歳になる老医の一日と言うことで話を進めます。その頃、私は朝起きたら、まず書斎のコンピューターに向かっています。
もう年ですから朝は早いんですね。画面には、予定表、日記、今日の情報、届いているメールなどが表示されています。予定をチェックして、昨日の日記を整理、メールを読んで、必要な返事を送り、今日のニュースを見ます。体重を量り、今日の摂取カロリーをチェックします。

 その頃カミサンも起き出して、コンピューターチェックを終え、一緒にゴミを出して、簡単な朝食をとります。一緒に生活している、患者さんの日記を集めて、読んで、コメントを書きます。これは私どもの取り組んできた森田療法の重要な部分です。日記指導といいます。
 そして、今日、作業療法に来院する患者さんの作業予定をプリントアウトしておきます。今日は2人の若者が作業療法に来院します。

 一人は昔で言うところの不安神経症の患者さんです。36歳の会社員ですが、仕事中に突然パニック障害を引き起こし、心臓が口から飛び出しそうにドキンドキンと大きく早く打ち、冷や汗がどっと吹き出し、足がすくみ、眩暈がし、今にも倒れそうになり、命の危険を感じて救急車を呼んだそうです。病院について検査を受けましたが、特に内科的には異常を認めず、精神科に回りました。そこでパニック障害と診断され、薬物療法を受けて完治して職場に復帰しましたが、暫くして発作が再び出現しました。その後、症状に対する恐怖感がどうしてもとれずに、それに囚われてしまい、不安を増してきたため、そして御本人があまり薬に頼りたくないという理由で私のところに紹介されて来た方です。

 パニック障害は現在は殆ど薬で治るのですが、なかにはこんな方も居られます。今は会社を休んで、通院の森田式作業療法をやっています。まだ不安感が強く、怖々と治療に取り組んではいますが、最近ようやくこの治療の意味が解りかけてきているようです。積極的になってきました。

 もう一人は昔で言う対人恐怖の患者さんです。要するに、人とちゃんと交わりたい気持ちが強すぎて、かえって、そのことに囚われて、人が怖くなり、多勢の不特定多数の人に恐怖感を持ってしまうんですね。人中に入ってゆけません。だから仕事にも、学校にも、どこにも行くところを失って引きこもってしまった人です。彼は高校の途中で引きこもりが始まり、親との葛藤、自分の中での葛藤を経て、3年ほど家の中で苦しみました。 今年20歳になります。ふとしたきっかけで、森田療法の本を読み、何とかしようとして、自ら訪ねてこられた患者さんです。自分から治そうとして、出てきたことが幸いし、我々ともウマが合いました。やっとの事で通って来られるようになってきました。
 先述した会社員とも、近頃では随分仲良くなり、一緒に作業ができるようになってきています。
 今日の作業メニュウは、(二人で一緒にやって下さい。と言うわけで)

 1)9時より、作業場・道場の掃除。
 2)9時半より、道場にて大きな声を出して、元気よく竹刀の素振り、切り返し、打ち込み。
日本剣道形、一刀流の形稽古をやって行きます。お昼までかかります。
最後に道場掃除をして午前中の作業は完了です。
 3)   12時より、昼食、昼休み。ダベリング等、昼寝も結構です。
 4)1時より、簡単な大工仕事、皆さんで協力して、棚やテーブルなどを作る。
その他ペンキ塗りや庭仕事、等々臨機応変、いろいろな作業があります。そして後始末。
 5)3時より、卓球、将棋、コンピューターゲーム、ダベリング。等して遊んで下さい。   
 6) 4時頃解散。帰宅しても、稽古のために残っても良いです。

と、なっています。通院作業療法は週に3日ほどやっています。月、水、金です。
土曜日の午後には一刀流の形稽古と剣道の稽古があります。

 言い遅れましたが、一緒に住んでいる患者さんは3人居ります。これは入院ではありません。下宿か寮のようなものです。皆さん昼間は外へ出ています。
 
 一人は学生さんです。大学2年で、ここから通っています。卒業するまで居るつもりかも知れません。対人関係が未熟で、訓練不足です。最近ここにも馴れて明るくなってきました。良いことです。大学ではまだ周囲の人が気になって、授業に集中できずに悩んでいます。
 
 二人目は大工さんです。やはりここから仕事にでています。昔気質の棟梁と組んで、仕事を教わりながら、今時珍しい昔ながらの日本建築の家を建てています。
 やはり人付き合いがとても苦手ですが、真面目な男です。よく仕事をしています。これで人当たりが良ければ充分独立できるんですが・・・もっとも、逆に考えれば、頑固でも良い仕事をする職人になってゆくのが彼にとっては活きやすいのかも知れませんね。今は修行中です。
 
 そして、三人目は会社員です。某有名企業の社員です。ちゃんと寮があるのですが、それはおいといて、ここに住みこんで、会社に行っています。今のところ、そうしていないと不安だと言うことです。仕事はとても几帳面にやっています。でも自信が今一出てきていません。
 彼は、学生時代まではエリートコースに乗っていたのですが、社会に出てからのつまずきです。一度の挫折で落ち込んで、その中でとらわれが始まり、自信をなくし自縄自縛になり、仕事が出来ず、悩み抜いて此処に来た方です。入寮して、森田療法をしてから会社に復帰して2ヶ月目に入りました。まだ悩みながら行っています。辛そうですが、ここを越えて行かないと自分に負けてしまいます。この点で、森田療法はきつい治療法ですね。

 私の家は代々、神経症に対して、森田療法を行ってきました。今も続いているのは不思議です。21世紀では、神経症という言葉は既に死語になっていますが、人間関係に悩み、自分関係がうまく造れない、そして、いろいろな悩みにとらわれてしまって、社会に、職場に、学校に、適応しかねて、成長がつかえ、ここをたずねる患者さんはまだいらっしゃいます。なかには森田療法が適すると思われる患者さんも少なくなりましたが居られます。昔はよく見られた、ヒポコンドリーと言うのは今はめっきり減りました。心気症と言って、いろいろな身体症状を訴えて来られる患者さんですが、今では、医療情報やカルテを自己管理するようになり、情報も公開され、治療の主体性が完全に患者さん自身に移ってから激減しています。
 
それでも、たまには森田神経症と考えられる人や、若者の、人間的成長をし損ねて、神経症類似の様々な症状を呈している人が居られ、そのなかに、僅かに森田療法に興味を持って、やってゆきたいという人が居ます。

 私どもは、そんな方々に森田療法を中心とした作業療法や、剣道の稽古などを通じて関わり、人と人との触れあいのなかで、症状を「あるがままに」して、気分本意ではなく、目的本意の生活の仕方や考え方を学んでもらっています。そして、現状を肯定し、現実生活と人間的成長の喜びを取り戻していただく、この「治療の場」を大切に守ってきました。だからまだ続いているのかも知れません。

 朝8時頃から診察室に出ます。ここでは、地域医療、プライマリーケアーということで、御近所の方々の家庭医としての仕事をしています。また、精神・神経科の専門医という側面もありまして、精神科の患者さんの精神保健相談、診断、治療、カウンセリングもやっています。カミサンは東洋医学の鍼治療と、心理学、カウンセリングを受け持っています。
 もう二人とも年なので、無理はしません。殆どは予約の患者さんです。
午前中に6人程度の患者さんしか診ていません。カミサンは3人ぐらい診ています。
 子供は、長女も嫁ぎ、男の子は医者にはなったのですが、大学に残って、病院で仕事をしています。跡を継ぐのかどうかは判りません。そんなことはどうでも良いことです。
 幸いみんな経済的にも独立してくれているので、私ども二人の生活費などたかが知れています。

 既に年金は破綻して、たいした預金もなく、保険にも入っていませんが、借金もありません。生活費は微々たるもので、しかも仕事をしているので、その日暮らしは出来ています。それで良いんです。気楽なものです。今は私とカミサンとで、細々と、楽しく、日々を過ごしてゆくことが基本です。 その上で、社会に役に立つ仕事を、ボチボチと続けているわけです。これが最高ですね。 人間、年はとっても何かの仕事はしているべきだと言う考えです。これは森田療法家としての一つの生き甲斐ですね。
 
 周りも年寄りが多く、みんなで声を掛け合って、助け合って生活しています。
皆さんアッケラカンと鍵もかけずにのんびりとやっています。良い世の中になったといえるでしょう。地味な、気負わない生き方が定着しています。自然を大事に、資源を大切に、そして、個々の生き方を尊重しています。昔ありました、定年制等というものはなく、皆さんが、好きなように働いたり、遊んだり、自由気ままに過ごしています。やれることをやりながら、やりたいことをやりながら社会と関わっています。

 患者さんは皆一枚のカードをもっていらっしゃいます。これは、一枚で、ICカードであり、クレジットカードであり、診察券であり、免許証であり、預金通帳であり、小銭でもあります。個人情報も入っています、カルテでもあります。また車やロッカーの鍵でもあります。世界中で通用します。これ一枚持っていればあとは何にもいりません。
 はじめは予約してあった、神経科の初診患者さんです。この方のためには、予約時間を一時間たっぷりととってあります。8時半から9時半までです。
 持参されたカードを受付のコンピューターの端末にとうしますと、診察室のコンピューターに新しいカルテが自動で立ち上がり、必要な情報が書き込まれます。それを見ながら話を聞きます。
 画面には、今までの病歴から、検査データー、治療歴、薬歴、前の先生からの紹介状から、患者さんご本人の手による疾病歴、問題点等が示されています。医療上必要な情報で、患者さんが提示して良いと思われる情報が選ばれて示されます。
 患者さんとカードが一致していないと使えません。そのために、端末には、指紋照合、光彩血管網照合、声紋照合とパスワードの照合ができるようになっています。
 
 ここで、もう一度ICカードに触れておきますと、私も持っていますが、今はこれ一枚持っていれば、何でも出来るんです。町には、役所、マーケットをはじめ、至る所にコンピューターの端末が置いてあります。そこに差し込み、本人照合をすれば、もうそのコンピューターは自分のものとなり、あらゆる仕事や決済その他が出来ます。また交通機関では切符代わり、マーケットでは支払いにという具合です。重要情報にアクセスするためには本人の照合とパスワード、が必要になります。メモの代わりに書き込めますし、写真も入ります。フロッピーやCDの代わりにもなります。資産情報や医療情報は個人の仕事における情報と同じくトップシークレットに属するものなので、本人確認は大切なのでしょう。しっかりとなされています。

 さて、話は戻りますが、今日の第一番の外来患者さんは、会社でのストレス障害でありました。4月に行われた、配置転換の後、どうもうまく新しい職場や上司に馴染めず、そのために、ストレスがたまり、自信を失い、精神力が疲弊してきていました。よく眠れず、食欲も落ち、便秘がちで、ちょっとしたことで落ち込んだり、悲しくなったりするんです。朝は早くから目が覚めて、眠れず、ぐっすりと寝た気がしないので気分もすぐれず、起き出して着替える気力も出ません。仕事にゆく時間が近づくとだんだん憂鬱になり、何もする気がしなくなるのです。精神の疲弊が高度のため、まずは、軽い薬を使います。そして、問題解決の方法を探ってゆくためのカウンセリングを行います。場合によっては会社の上司や嘱託の先生に連絡を取って、仕事がやりやすいようにアレンジしてもらいます。どうしても巧くいかないようでしたら、診断書を会社に出して、療養休暇を取って治療します。この方は、それほどではなかったので、とりあえず、仕事はしながら、薬を服用して戴き、一週間ほど経過を見ることにしました。会社との話もまだしないでおきたいとの意向でした。処方をすると内容はカードに 記録され、既にオンラインで薬局に届きます。御本人はカードを持って薬局へ行くだけです。
 
  御本人の都合が悪いときは薬局から薬を自宅に届けてもらえます。便利になったものです。
 9時少し前になりますと職員さんが来られます。この方も1980年代よりのおつき合いで、年齢的にも我々と同世代、此処のことも、患者さんの事も知り尽くしている人です。とても誠実な人で、優しく、患者さんにも親身になってくれるので、みんなに慕われています。料理とケーキ造りが得意です。仕事はほぼこの3人で賄っています。気心が知れているので楽です。
 9時半になります。次の予約の患者さんが待合室で待っておられます。この方は糖尿病で、今日は検査のために来ています。昨日の夕食を軽く食べ、その後はカロリーのある物は食べていません。今朝は、食事抜き、服薬も抜きでの来院です。もちろんこの2日ほどお酒も飲んでいません。

 一日1800カロリーの食事をきちんと採っておられ、運動もしている、そして、2ヶ月に一回は検査をして血糖値をコントロールしています。
 この方の持参したカードを受付の端末にとうして、本人照合をしますと、診察室のコンピューターにはこの方のカルテと検査データー、最近の食事の状態とそのカロリー、運動量とその消費カロリーなどがたちどころに映し出されます。それを見ながら話をして、採尿、採血をします。眼底の写真を撮り、今後のことを打ち合わせたりしてお帰りになります。
 三人目の方が見えました。この方も予約で、健康診査に見えました。鎌倉の方ですが、今はどこに住んでいても、自分の都合の良い医療機関で年に二回の検診が受けられます。検診の時期も自分で決められます。内容は昔なら人間ドックと言っていたものに、脳ドックを合わせたようなものです。
 
 私のところでは、複雑な検査の機械は置いてありません。でも、長いおつき合いの方なので、ずっとここで検診を受けています。検診にかこつけて、会いに来られるようです。
 食事抜きの来院なので、採尿、採血、心電図をとり、診察します。カードで呼び出したカルテには今までのデーターが揃っています。経時的なチェックをし、話をして、近くの機器の揃った病院に紹介をします。これはカードに打ち込めば良いんです。うちで出来なかった、胃カメラ、超音波、CTなどの検査を依頼します。帰りに寄っていって戴きます。このように何カ所かに分けての検診も可能になりました。後はオンラインでやりとりします。
 
  四人目の患者さんはお年寄りの肥満、高コレステロール血症、高血圧の患者さんです。
20世紀末より、日本人の肥満傾向が顕著になり食餌性糖尿病が増えました。国を挙げて肥満対策を講じたのですが、やはり御高齢の肥満の方はまだ多いように思えます。
 血圧のコントロール、カロリー計算、運動量の指示など、世間話やいろいろなライフスタイルに関して、時間をかけての楽しい話が弾みます。一時間ほどノンカロリーのお茶を飲みながら、話して帰ります。今日は次の患者さんが待合室に見えたので、少し早めに切り上げました。
 こちらは予約ではありません。近くの高校生です。昨夜より寒気がして、身体中の骨と筋肉が痛み、今朝は頭痛がひどく、熱っぽいので来院しました。体温を測ったら38.5度Cありました。
体温は耳で測ります。センサーを外耳道に当てるとすぐにでます。
 喉が焼けるように痛く、鼻水とくしゃみが止まりません。やはりカードを端末にとうして、カルテを呼び出します。この方にはセフェム系の抗生物質は使えません、と赤い文字が出ています。以前この薬で、発疹が出た事があります、とのことです。診察の後、咽頭粘膜の擦過標本を採ります。
 
 21世紀では咽頭粘膜の擦過標本をセンターに送れば、罹患しているビールスの種類も、混合感染しようとしている細菌の種類も、程度も、薬剤の感受性も判ります。そして、そのデーターはそのままセンターに集められ、地域の感染症データーとして、何がどのくらいはやっているか、どの薬が有効か、などのデーターとともに私のところにメールが入ります。3日後には結果が届くでしょう。
 
 処方をしますと、薬局は薬歴管理をした上で、調剤し、彼が家につく頃には薬も届くようになっています。後は充分水分を採り、薬を飲んで、寝ていればよいと伝えておきます。
 六人目の方はC型肝炎の患者さんです。この方は、もう肝炎も殆ど撲滅されたのですが、以前の罹患者です。専門の医師のいる病院とタイアップして診ています。
 検査と投薬は病院で、一日おきの注射は職場に近い当院で行っています。ゆっくりと休んで、注射をし、現在のデーターなどについて、忙しい病院では聞けない質問などにも答えながら、話をして帰って行きます。何とか肝硬変に移行しないでいますので、肝癌の発症も防げるかも知れません、などと最新の治療情報や、最近のデーターなど含めて話しています。
 最後の予約の方はLCCAこれは晩発生小脳皮質萎縮症の患者さんです。
20世紀の頃より神経難病に指定されています。現在でもあまり有効な治療法はありませんが、すぐに生命には別状ないので、患者さんが落ち込まないように、また病気を受け入れながら、出来るだけ楽しく有意義な人生を送れるようにということで、話を聞いたり、軽い抗鬱薬を処方したりしながら経過を診ています。元マラソンの選手でした。今は走れません。片足で立つことも出来ませんが、がんばってよく歩いています。競技役員なども務めて居られます。好きな酒はぴたりと辞めました。たいした人です。それはそうと、21世紀の現在では、煙草を吸う人はもういません。
 20世紀末に薬物依存が一過性に増え、それを一所懸命に撲滅しているうちに、煙草もなくなりました。

 そんなことでもう12時を回ってしまいました。
 カミサンの方も鍼の患者さんが2人、肩こり・腰痛の方と膝の痛みの方のようですね。
 いつも、だいたい2〜3人の患者さんとのんびりと話しながらやっています。それから予約の、
カウンセリングの人が1人、この方は、幼い頃に受けた親の否認と、精神的虐待によるものと考えられる、人格の成長阻害で、結婚はしたものの、離婚しています。お子さんが一人居るのですが、その子との親子関係もうまくゆかず、とても悩んでいて、今は週一回のカウンセリングが欠かせないようです。たっぷり2時間ほど話して、ややスッキリとして帰って行かれます。
 午後はゆっくりと食事をし、昼休みです。昼寝は最高です。外から来る作業療法の人も休みます。職員さんも自分の部屋を持っており、ゆっくりと昼寝です。これは年寄りには欠かせません。大切な健康法です。昨今では、シエスタは日本に定着している習慣です。

 3時になりますと2軒だけ往診に行きます。これは週一回だけです。
どうしても、長年診ていて、行かねばならないので、老骨にこたえますけど往診しています。各家庭にコンピューターが置いてあり、繋がっているんですが、週一回は直接顔をあわさないとだめのようです。そちらのコンピューターに私のカードを入れて本人照合をし、パスワードを入力すると、もうそれは私の診察室のコンピューターになります。患者さんのカードでカルテを呼び出し診察に入ります。この方は心房細動のある患者さんで、ときどき頻脈と不整脈に襲われます。心電図は自宅にいながらモニターしています。薬局とタイアップして、薬物療法にてコントロールしています。
 一朝事ある時はオンラインで医師会につなぐと空きベット情報もでてくるし、関連病院に直接アクセスして入院依頼もできます。あとは消防署に連絡すれば、救急車が駆けつけてくれて、入院先の病院へ担送してくれます。カルテはそのまま患者さんのカードと病院のコンピューターに引き継がれます。今日は調子も良く、世間話をして帰ります。
 
 もう一軒は近所のおばあちゃんです。おばあちゃんと言っても、我々より少し年が上というだけです。この方は血圧が高いのと、腰が痛くてよく歩けないので、私が血圧の管理をし、カミサンが鍼治療をしています。そのほかに、訪問看護、訪問マッサージがあり、お風呂にも入れてもらえます。保健婦さんや栄養士さんの訪問もあり、ショートステイ、デイケア、なども充実していますので、家の人は働きながら同居しています。薬剤師さんも定期的に薬を届けたり説明したりに来てくれています。皆さんカードに書き込んでくれますので、コンピューターにとうせばすぐに判ります。必要事項を書き込んで、ゆっくり話をして、鍼治療を終えて帰ります。
 帰りますともう5時になります。作業に来られている二人とカミサン、職員さんを交えて話をし(ディスカッション)、後始末をすると6時です。今日は二人とも残って稽古をして行くとのことで、二人して夕食に出ました。すばらしい進歩です。うれしくなります。こうやって患者さんが良くなってゆくのを見られるのが幸せですね。職員さんは帰られます。今日も一日御苦労さまでした。
 食事をして、一休みします。仕事にでていた寮生もぼちぼち帰ってきます。三人とも帰ってきました。外から稽古に来ている人も集まってきます。やはり昔からの人たちで、年をとっても楽しみに、稽古を続けて居られます。若い人達と対等に楽しくやれるのがすばらしいですね。
 7時半から剣道の稽古があります。これは週2回です。ほかに一刀流の形稽古が週一回あります。

 私どものところでは、剣道を通じて、身体を鍛え、心と気を練り、礼を持って人と対等に打ち合うという事で真摯な人間関係を築いてゆけるすばらしい点を治療に生かしてきました。一刀流の形稽古と剣道をずっと続けて来ています。そんなわけで、治療上必要なことでもあり昔から続けてきていますので辞めるわけにも参りません。私とカミサンはもう年なので、カミサンはとうに引退。私は皆さんの懸かり稽古をうけた後、一人ずつ技の稽古をして、あとは道場でみなさんの稽古を見学したり、稽古の音やかけ声を聞いたりしながら居眠りをするのが楽しみです。皆さん立派な稽古をやって居られます。21世紀になりまして、心の時代等という模索の時代を経て、古来の日本の武道が廃れないで、逆に世界から評価されるようになっていることは嬉しいことです。世界の平和のための、日本の古武道なんて、愉快ですね。江戸時代の日本人の知恵が世界に生かされているのでしょうか。
 稽古が終わって、道場が静かになり、明かりも消えますとあとは夜です。ゆっくりと風呂に入ってそうそうに床につきます。年をとりますと早寝、早起きになります。

 そんなこんなであとわずか、無欲恬淡、ひっそりと過ごして行きたいと念じています。
と、まあこんな具合に老後が過ごせたら・・・・などと夢見ているこの頃です。