(1)はじめに

 先程から会場に入らせて頂いて、皆様の自己紹介の後半から聞かせていただいたのですが、とても良い会を運営されておられるというのが、正直な感想です。
 森田先生がおられたら、「しっかりとやってくれているな」と、おっしゃられたと思いました。実は慈大新聞の最近の記事を持ってきたのですが、この中に昔の卒業生が書いた文章が入っております。その文章によりますと、『森田学派を汲む者というのは、結局は先生の治療を受けて治った方々と、先生の講義を聞く我々慈大の学生とに分けられるであろう。そして、その双方が車の両輪になるのではないか』と、すでに大正時代に書いておられるのです。前者は森田先生の所で、直接先生に接して良くなった体験者で、見様によっては先生を信仰する人々です。後者、すなわち学生は、先生の説を学問として扱ってはいるが、逆に言えば体験に乏しい人々の集まりであり、森田先生の学問というのは両者を切り離しては成り立たないものであるということをしっかりと喝破しているのです。
 私はこれを読みまして、当時の学生は立派だなと思っていた矢先に、今日のこの会にお招きいただいて、『すばらしい、これが森田先生の意図された大きな流れなんだな』と感慨を新たにしております。
 私も慈恵医大の卒業生でして、慈恵を卒業するという事は、とにかく森田療法を学んでいなければいかんのだよ、と言う様な当時の雰囲気がありました。親父も森田療法をやっていましたし、その後を継いで私もずっとやってきています。森田療法は、現代医学とは少し趣を異にしておりますが、逆に言えば、現代医学の置いて来てしまったものを持っている、すばらしい治療法ではないかなと、歳を追うごとに感じています。
 今日は本山さん(鎌倉集談会:代表幹事)から機会を与えていただいて感謝しています。
発端は、「発見会に若い人がどんどん訪ねて来られるが、定着率が非常に落ちてきている。昔の人達と少し傾向が変わって来たのではないか。」という御指摘でした。昔、親父が家でやっていた頃の森田療法、私等が始めた頃の森田療法、そして今現在やっている森田療法、やはり時の流れによって変って来ています。その所が一体何だろうという事を私どもも日頃から考えておりました。発見会の方々もこうやって一所懸命やって来られているから、おそらく同じ様なことを考えながらやっておられるのではないかと思っていました。そこで、そこの摺り合わせをちょっとやって見ましょうかという事で今日のメインテーマにこれを持ってきたわけです。
(2)最近の医学の動向

人は病気をします。医学というものは、その病気を一体何であろう、どうやったら治療できるのかな、という事を学問的に解明しようとして発展してきたものだと思うのです。
昔は漢方医学があり、各地域に根差した医学があったのだろうと思います。
 その中で、西洋医学が少しリードしたのは、コッホがいわゆる細菌を見つけて細菌学ができたり、あるいは顕微鏡が発達したことにより組織学や病理学というものが進んだり、抗生物質のような薬ができたりしたためでしょう。西洋医学が進んだ一方で、東洋医学も見直されてきています。
 思えば西洋医学、特に身体医学の場合、その基本は病理学だと思います。病理学という土台を基にして築き上げてきた歴史があります。人が病気をしてその方が亡くなられると、解剖させて頂いて、その臓器の病変をその病気の原因であると言う風にとらえて研究してきたのが病理学で、現代医学の一つの基礎になっております。さらに、最近では統計学が入ってきております。どのような人の集団の中で、どのような因子があったら、どういう風になって行くのかという学問です。これを疫学と言います。
例えば、「男の人が煙草を吸ったりお酒を飲んだりして肥満になって、コレステロールが上がると、動脈硬化が進んで脳血管障害あるいは心筋梗塞が増える」と言う様に考える訳です。これは統計学からきた学問であり、今非常に世の中の表に出ています。
 さらに、米国でも日本でも今、EBM( Evidence Based Medicine )という方向に向かっております。これは、証拠のある治療をやっていくこと、つまり大勢の同じ病気の人にある治療をしてある期間経過をみたら、このような結果が出たということを根拠にして、治療を行うという考え方です。これはコンピュータの発達に伴って、医学を病理学者の手から統計学の方へ引っ張ろうとする動きのように見えます。
 また、遺伝子の解明も進んできており、遺伝子治療の分野はこれからだと思います。
 東京慈恵会医科大学の成り立ちは、高木兼寛先生が英国医学を学んで帰国して慈恵医大を創立しました。その時の思想は、僕等の入学から卒業して今の今迄叩き込まれてきまして、事ある毎に言われてきたのは、「病気を診ずして、病人を診よ」ということです。これが我々の大学のモットーなのです。そのようなバックボーンの中に森田療法というものも当然はいっているわけです。
 では、そろそろ本題に入って行きます。
(3)森田療法成立の時代背景

 やはり、時代背景から考えていかなければならないと思います。先程、私が何で身体医学は病理学だというような話をしたかと言いますと、精神医学には病理学の基礎がないからです。一時期スピルマイヤーとか東大の内村先生等が一所懸命に脳病理学をやりました。横浜市大の猪瀬先生もそうでした。結局はそこから今の精神医学の基礎は出てこなかったのです。だから、精神医学というのは病理をはずれ、精神病理の方向に向かったのです。
切片(組織)を取ってプレパラートを引いて、顕微鏡でこれが出たからこうなんだよという話ができなくなったものですから、精神医学は時代背景や分化に束縛されてくることになります。疫学は先程の病理学的なことが多少関係して来ると思うのですが、精神医学の基礎は非常に社会的になって来る訳で、症状もそうなのです。
 例えば、精神分裂症の人が「あそこの鉄塔から僕に電波を発射している」と言ったとします。それは電波という概念がすでに一般的に知られているからであって、電波の概念がなかった時代には「神様の声が聞こえてくる」という表現になる訳です。最近の人は私の所へ来て、「インターネットで僕のことを噂している」などとおっしゃるのです。インターネットを開けてみたら自分のことが書いてあったよと。インターネットが普及したのはごく最近のことですから、症状は今、我々が生きている時代・文化的背景の影響をとても強く受けていることを押さえておいてください。
 それを押さえた上で、森田療法の成り立ちというものを考えてみたいと思います。森田正馬先生は高知に生まれ、色々といきさつがあって明治から大正にかけて森田療法を提案しました。
 森田先生の著作を読めばわかりますが、自分の闘病生活を基本にしております。非常に頭脳明晰な方でしたので、物の見方が非常にシャープでクリアなのです。そういう人が自分の病気と闘いながら、自宅に何人かの患者さんを招き入れて、寝食を供にしながら診ていた訳です。これだけでも非常に進んだやり方と言えます。今、私もそれを現にやっておりますが、なかなか森田先生のようには行きません。
 あの明治の終りから大正の初めにかけて日本はどういう時代だったのかというと、まだ世の中は貧しく、生活のために働くのは当り前でした。頑張らないと今日・明日のご飯が食べられない時代でした。明治新政府が生まれ学校制度をはじめ、色々な制度がどんどん作られていきました。国を富ませ、国を強くするという富国強兵策が前面に打ち出され、近代国家の建設に皆が熱を入れて取り組んだ時代であったと思います。産業を興し、学校を造り、軍隊を強化し、とにかく国を挙げて近代国家の国造りに邁進していった時代だといえましょう。
 それぞれの分野で優れた人が、近代とか、モダンという名の下に色々なものを作り出し、それを国家的に認めあった時代でしたから、医学の分野でもそうでしたし、ラジオ体操に象徴される色々な訓練法もあの当時に作られました。
 例えば、東京高等師範学校における嘉納 治五郎の柔道、高野 佐三郎の剣道、などのように近代化ということで中央集権的に収斂していった時代。日本が国家と言うものを一つの基盤に据えた新しいシステムへの移行期であったと思います。優れた人はその道を目指して努力し、それが出世になると言う時代、そんな時に森田療法は誕生した訳です。
 多くの人々は食べるだけで汲々としていたかもしれないが、能力的に恵まれた人はその流れに取り残されることなく自分を立身出世させなければならないという時代背景、社会的コンセンサスが基本的にはあったのだろうと思います。
 その精神的インフラストラクチャー(基盤構造)には江戸時代の儒教思想が根強かったし、身分制度の名残もありました。基本的には農村社会の一つのしきたりが支配しておりました。その中に、横並び思想みたいなものがあります。それから抜け出ようとすると足を引っ張られるので、抜け出るにはかなりのエネルギーが要るが、一旦抜けると今度は自分のものが出来上がったと思われます。そのために外国へ留学されたり、あるいは何か特別なことを大抵の皆さんがやっております。そのような修行経験があって、そこから自分のものが出来ると今度はそれをスタンダード(規準)にして日本全体に広げていくという方法でした。
 この過程の中には種々の葛藤、社会に出ていく軋轢がある訳です。色々な人が様々な所で躓きながら越えていったと思います。これは多くの方の伝記等を読んでみると大抵出てきます。そこでこれを越えたんだよと言う様なことが良く書いてあります。僕等の世代は割合に伝記を読まされた世代ですが、今の若い人はあまり伝記は読んでいないという気がします。伝記の中には『こんな修行をしたんだよ』『こんな苦労をしたんだよ』『こういう時があっただんよ』『だから一人前になったんだよ』ということが大抵出てきます。これが一応、社会的基盤あるいは社会的合意になっていたのだと思います。
(4)日本社会の現代的特徴と若者の傾向

 現在はこのようなコンセンサスが少し崩れて来ています。これについて少し考えてみようと思います。一体、今の時代のコンセプトは何だろう。今、我々がいるこの世って一体何だろうと考えることはとても難しいことです。明治〜大正時代を辿っていくのは過去を振り返ることですからそんなに難しい事ではありません。今の時代が何だったのかいうことは、これから十年二十年経ってから振り返ってみて、ああそうだったのかとわかるかもしれません。
 だけど、敢えて今回はそれがテーマなので、素人なりに考えてみたいと思います。今の時代を象徴する言葉はいくつかあると思いますが、今の時代的特徴を少しまとめてみると、概ね次のようなことが言えそうです。

@ 今は成熟社会ということで特徴づけられるのではないか。日本は豊かになってきた。豊かになり、成熟した後にバブルが始まり、弾けてしまった。しかし、そこから未だ次の方向が見つかって来ない。

A 高度情報化社会であり、高度消費社会でもある。情報革命あるいは知価革命と言ってよいのかわからないけど、産業革命に次ぐ大きな社会の枠組みの変化の入り口、あるいは真っ只中にいるように感じられる。

B 日本の景気は低迷したままで、回復するのかどうかわからない状態である。リストラをはじめ、構造変革の真っ最中である。

C 1999年から2000年への移行期(ミレニアム)で、世紀末の雰囲気がある。

このようなことが今、全部おこっている訳で、今の日本人にはこっちへ行こうよという一つの方向性がまだ見えていないのだろうと思います。共通の方向性が見えていないから、『さあー、あっちへ行こうぜ』という掛け声が通用しない時代になっているのです。若い人には方向性がないことが見えているから、大人がこうしなさいと言っても、率直に受け取ってもらえない。それだけでなく、どうしてという質問も余り出てこない様な気がします。
 今までに述べたことを括って表現すると、高度消費社会という概念で包括されると思います。消費ということが一つのキーワードになっています。今の人は生まれた時から消費が始まるんです。生まれる時には産婦人科が色々と競争をしているし、乳製品やベビー用品が全部揃っている訳です。支払うコストは一所懸命計算するけど、要するに消費者として選ぶだけなんです。豊かで物が揃っているので、遊ぶ時も学校に入る時も選ぶだけ、常にこのように選べる訳です。責任は支払うことだけです。
 現在日本の社会というのは大量消費によって成り立っている訳で、売れないとやっていけない社会なのですね。逆に言えば、皆が大量に消費してくれると世の中が成り立つということです。今のように不景気だ不景気だと皆が消費を少し控えると、それだけで景気が落ちてしまって一向に上向いてこない。だから、今の若者に基本的に植え付けなければならないのは、消費性向です。消費が進めば進む程、日本の社会は豊かになっていくわけだし、知らず知らずに皆が巨大な Consumer Group(消費者群)であるということが、基底にあるのではないかと考えました。
 小さい子供から大人に至るまで、人はすべからく消費者である。消費するために色々な事で頭を使うのだけれども、クリエイト(創造)する事にはあまり頭を使わない。創造することに頭を使うと、Creator(創造者)になって消費者を引張れるわけですから、企業家としては成功します。例えば、ビル ゲイツ(マイクロソフト社:会長)にしても皆が買ってくれる新しい物を作った人は、それを供給する事によって成功する。それを受け取る方は、大量に受け取る事によってその社会を成立させている。子供から大人まで、子供のコンピュータ ゲームから女子高校生のルーズソックス、お化粧の仕方、宇多田ヒカルの歌、タイタニックの映画に至るまで、すごい勢いで社会全体に広がって一つの流行をなしている。消費のトレンドですね。
企業というのは面白いもので、消費者の心を非常に上手にくすぐってくれるのです。これは、これからの話のテーマ「心」の問題に繋がります。企業の方から「今度は心だよ」と来る。それは何と問うと「癒しだよ」と来る。それで心あるいは癒しに繋がるグッズが非常によく売れています。マッサージにしてもアロマ、CDにしてもその類と言えます。
先程、ちょっと申し上げたのですが、医療や教育までが消費の対象にされようとしています。文部省も学習塾を正式に認めたし、医療の方もEBMでとにかく消費です。後程、米国のSSRIの話もしますが、プロザックという薬が伸びてトップシェアを占めてきた。さらに、バイアグラがでれば、バイアグラがどっと出回る。そうやって一つの薬がものすごいシェアを持って、急速に広がって消費されていくのです。これが今の現状だという感じがします。そうすると、その中で育った若い人達は、供給者に何を求めてきているのかというと、安価なコストで優秀な商品を手軽に消費させてくれよと。これを求めてくる訳です。これが森田の考えにちょっと合わないのです。我々の所に若い人が沢山来られます。若い人だけではなくて、年輩の方々も来られますが、やはりいかに安く、いかに良い効果を、いかに速く楽に実現してくれるのか。それを真剣に聞いてきます。それが今の問いかけなのです。
 患者さんははあくまでも辛くて苦しいのです。もちろん、速く治りたいと願う気持ちは、今も昔も同じだと思います。安くて上手な良い治療で、さっさと治して欲しいという願いが先ず、第一だと思います。それはそれでよいのです。我々もそれに応えたいのですが、残念ながら神経症といのは、そういう病気とちょっと違うと思います。例えば、米国で出ているような良い薬を差し上げて、飲んだらたちどころににスカッと症状がとれてしまうような薬があれば、我々も楽なのですが、これはちょっと無いのです。
 薬が何で森田神経症に効かないかという話も後程、触れると思いますが、これが例えば、ある精神病のように生化学的な問題から出てきた病気なら、そこへ効く薬をピンポイントで投与すれば、そこだけパッと抑えることが出来ます。そこだけ治れば普通の人だよという状況になる可能性がある訳です。
ところが、森田神経症というのは「心が風邪を引いた」とか「伝達物質がこうだよ」という事とはちょっと違って、自分の生き方、成長の仕方、あるいは心というものが大きく関与しています。自分の心がとらわれることによって、歪んでしまい、その歪みがどんどんとらわれによって強くなってしまう。それが自分の生活の足を引張って、首根っこを押さえて来るというのが、森田神経症の特徴・本質ではないかと僕等は考えています。歪んだ考えが肥大化して自分の首を絞めてくると、薬でポンと抑える訳にはいかないのです。
もちろん、森田療法を遂行するために薬を使う事も当然やりますが、基本的にはやはり、『ここだけは森田で治してよ』と言いたい部分はあるんです。でも、なかなか理解してもらえないんです。若い人が発見会に来て皆さんと討論したとします。最初は色々な事を教えてくれる良い人達がいて、仲間にもなれて良かったと感じたとします。ところが、しばらくするともっと速く治らなければおかしい、あるいは努力するのはしんどい、なんで努力しなければならないのかと疑問が湧く。そこでもっと癒して欲しいという事になりますと、癒しの方へ行く訳です。癒しの方へ行くと、ああ楽になったと感じるんです。しかし、しばらく経ってフッと考えると、「根本的な問題は解決していないぞ」というところにいずれは戻ってくるのではないかという感じがしています。私のところでも、そのような流れに乗っている人が何人もいます。そういう人達がいずれどのような形で森田に戻って来るのかというのが一つの関心になっています。
消費するものが沢山あるから、あっちこっちへ行けるのです。それは悪い事ではないのですが、そいう風に消費して回っているうちに、時間がどんどん経っていくのだと思います。


      
(5) 森田療法における薬の問題

 最近、発見会の方々の中でも、手の震えに効く薬があるのでそれを使ってみたい、あるいはSSRIという薬が出たので試してみたいと希望される方が増えております。これは別に悪い事だとは思いません。便利に使える薬があれば使っても良いと思います。これによって森田療法が崩れる訳でもありません。
 『震えながらでも「あるがまま」に生活しなさいと言う森田の考え方は立派とは思うが、飲めば震えが止まるのに、無理して飲まないで頑張る事はないじゃないか。副作用があれば別だけど、副作用もなく使いやすい薬があれば使ったって良いのではないか』と、当然の事としておっしゃいます。このあたりが便利になった世の中の有り難いところです。例えば、インデラールという薬があります。発見会で話題になったので、実際に使ってみたいということで、この1〜2年の間に3〜4人の方が私の所に取りに来られました。実際に出しております。年にそれこそ十錠位お持ちになって、1年位懸かってそれを使われるのは非常に良いことだと思います。それと最近、フルボキサミンというSSRI(商品名ではデプロメールあるいはルボックス)が今年の連休明け(1999年5月)から出回りました。これは出た時からものすごい反響がありました。
 先程少し話しましたが、米国ではプロザックという薬(SSRIの一種)が出ています。これが出た途端に米国の薬のシェアの半分以上を占めてしまったのです。たいへん売れた薬なのです。長年患って来た憂鬱感とか強迫性障害が、スカッと霧が晴れる様に消えてしまったという人が何人も出た訳です。
 そのため最初は処方箋薬だったのが、今ではほとんど誰でも買えるようになりました。しかも日本で買うと高いのですが、向こうで買うとそんなに高くもないので、我も我もと皆飲んでいます。飲んで頑張っている人もいれば、そうはいかない人もいて、色々な問題も出てはいるようです。とにかく、非常によく売れている薬です。
 日本では厚生省がずっと抑えていて発売させなかったのですが、とうとう出ることになりました。前評判が大きかったので、我々の所にも使いたいという方が随分大勢来られました。使ってみると良い結果もあれば、あまり良い結果が出ない場合もあります。どんな場合に良い結果が出て、どんな場合に悪い結果が出るのかというのがまだ分かりません。今迄で僕等がつかんでいるのは、あまり早く良い結果を求めようとすると逆に裏目に出るということです。この薬は最初の2〜3週間は効果が出ません。逆にその間に副作用が出ます。飯が食えない、胃がムカムカする、夜眠れない、イライラする、却って憂鬱になってしまう、居ても立ってもいられない、その様な症状がかなり出ております。そのような時期に、これは堪らないから止めてくれと言う方が多くいらっしゃいます。中にはそれを上手に乗り越えて非常にうまく合って、生活もうまく出来、新しい仕事を見付けた方もおられます。
 その差は一体どこから出て来るのかというと、まだまだ大きなことを言う程診ておりませんが、取り敢えずは臨床をやっていて、人を診させてもらっている人間が得た感想みたいな感じで聞いておいて下さい。患者さんに過剰期待があると裏切られている様に思えます。その薬は薬として飲みながら、とにかく生活を地道に前向きに一歩一歩努力されている方には、割合良く効いているという感じを受けます。これから先も色々な薬が出て来ると思いますが、薬は症状を取ったり、その場を良くしたりする為には効くけれど、やはり根本的には『人間としての生き方』というのが大事になって来るのではないかと思います。そこをきっちり押さえておかないと、逆に言えばもっと効く薬が将来、出て来るだけに危険な気がします。これはまだニュアンスだけの問題ですが、そのうち検証されて来ると思っています。
以上です。雑駁な話になりましたが、御静聴有り難うございました。
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