うつ病の森田療法

―外来および職場における養生指導のポイント―

               東京慈恵会医科大学第三病院精神神経科

                      中村 敬

はじめに

 うつ病の分類についての詳細な議論は脇に置いて、本日はうつ病を「従来のうつ病」と「現代的な“うつ病”」に区分して話を進めることにしたい。「従来のうつ病」と呼ぶのは、かつて内因性うつ病と呼ばれていた病態であり、今日のDSM-IVでは大うつ病性障害のうちメランコリーの特徴を有するタイプに相当する。典型的な病前性格として執着気質およびメランコリー親和型性格が知られているが、これらの病前性格には几帳面、仕事熱心などの共通特徴があり、過労や環境の変化が発病状況になりやすい。今日普及しているうつ病治療は、主にこのタイプのうつ病を想定したものである。他方、「現代的な“うつ病”」とは、後述するように青年期に好発する抑うつ病像として2004~5年頃から注目を集めるようになったもので、休息と抗うつ薬という標準的な治療が奏功しにくいこともあって,うつ病と呼ぶべきか否かということも含めて議論がなされてきた経緯がある。

従来のうつ病、なかでも回復の遷延した症例に対して、中村らは10年余り前から森田療法にもとづく養生指導を外来および入院治療に導入し,一定の成果を挙げてきた。そこで今回は,まず外来および職場での森田療法的な養生指導の立脚点と実際について紹介する.また、現代的な“うつ病”の治療と対応についても森田療法の立場から言及することにしたい。

 

I.                   従来のうつ病に対する養生指導と復職支援

1.                            うつ病に対する養生の視点

 うつ病の経過が遷延する場合、極期の状態がそのまま持続している症例よりも、むしろ病相の回復過程が途中で失速し、中途半端な改善状態に固定したかの観を呈するケースが多い。こうした病相の遷延化には様々な要因が関与しているが、元来の性格傾向に裏打ちされた「病に対する患者の態度」もそのひとつである。たとえば下田が執着気質の人々の特徴に挙げた「疲憊に抗して活動を続けようとする」傾向は、病初期のみならず回復期にも認められ、心的エネルギーが不十分な状態において仕事への焦りと無理を招来しやすい。そのような姿勢は回復の勢いの失速につながりかねないのである。またTellenbach が指摘したように、メランコリー親和型性格の人々は他者の要請に応えるべく過度の要求水準を自己に課し、なすべきことに追われている。そのような要求水準に遅れを取ることは負い目(レマネンツ)として不全感を残留させる。このような傾向もまた回復過程において社会復帰への焦慮をもたらしやすい。要するに、一部の執着気質やメランコリー親和型性格の人々は、神経質類似の「かくあるべし」の姿勢が自然な回復過程を妨げ悪循環を招きやすいのである。そうであるなら、こうした「病に対する態度」を転換させることが優れて精神療法的な課題になり得るのである。そのような方向性が、「養生」の視点に立ったアプローチに他ならない。

中井久夫ら によれば、養生とは「自然回復力のある疾患において、できるだけ有害な要素を除き、疾病過程および回復過程自体から悪循環を発生しないようにしつつ、その疾患をベストフォームにおいて経過させること」である。内因性うつ病が自然回復の経過を辿る疾患であることは周知のとおりである。また森田正馬も、自然回復過程を促進するという観点を治療観の根本におき「凡そ病の療法は此自然良能を幇助して、之を発揮増進せしめ、以って常態に復せしめ、更に進んで病に対する抵抗力を益々増進せしむるにある」と述べている。養生の視点に立つということは、疾患そのものの治療ということから、うつ病という病を抱えた主体の側に視点を移してみるということである。つまり「うつから早く脱け出すには、どのような生活姿勢が望ましいか」ということを患者の日々の暮らしに即して考え、そこから回復の道筋を探ることである。ちょうど成人型糖尿病の患者が適正な食事と運動を生活に内在化することによって治療と予防を可能とするように、である。また養生とは、病因に働きかける治療ではなく、生体の非特異的な健康修復過程を促進することだともいえる。

このような視点に立って、中村は「あるがまま」という森田療法の立脚点をキーワードにした養生法を提唱してきた。ここでいう「あるがまま」とは、先ずうつ病に罹っているという現実を受け入れ、悪循環を招来しないよう回復の時期に相応しく生活を調整していくことである。そして回復期には徐々に休息から活動に移行し、「生の欲望」を無理なく発揮して心身の健康な働きを助長していくことである。そのような活動はさらなる自然回復を促す契機になるからである。

 

2.養生指導のポイント

図1に示したようにうつ病相を4つの時期に区分し、それぞれの時期に応じた養生のポイントを以下に紹介する。これらの指導は時間的制約の多い一般外来や職場相談においてもワンポイントアドバイスの形で実施可能である。


[極期の養生]

1)この時期には、何かをすることによって状態の改善を図ろうとしてもうまくいかない。極期には休息を得ることを最優先にして、そのための環境を整えることが重要である(「果報は寝て待て」)。

2)うつ病からの回復には、全経過を通して通院、服薬が欠かせない。養生の実践は、薬に頼らず自力で回復を図るという意味ではないし、自力で克服しなければ、という発想は「かくあるべし」になって、自分を追い込むことになりやすいのである(「通院、服薬は欠かさない」)。

[回復前期の養生]

3)うつ病の症状にやみくもに抗うのではなく、状態に応じて活動と休息のバランスをはかることは、養生の基本である。とはいえ、うつ病の症状は目に見えないだけに自己判断が難しい。そこでひとつの手がかりとして、うつ病特有の「疲労感」を目安におくことを勧めている。疲労感が強いときは休息を主とし、それが軽いときは手のつけやすいことから行動してみる、といように(「臨機応変」)。

4)この時期には徐々に健康なエネルギー(生の欲望)が回復してくるものの、まだその力は弱くもろい。したがって芽生えたばかりの欲求を「かくあるべし」に絡め取られずに自然に発揮していくようアドバイスすることが大切である。たとえば「少し外の空気を吸ってみようか」といった気持ちが芽生えたら、外をぶらぶら歩いてみる。「もうちょっと足を伸ばしてみようか」という気になったら、その「感じ」に身を委ねてみる。そのようなささやかな体験が、この時期にはさらなる行動のはずみになることがあるからである

(「〜たい」を実行に移す)。

[回復後期の養生]

 本来の状態の60〜70%くらいまで回復した頃の心得である。

5)ここまで回復してきたら、生活は規則的に整えた方がよい。起床、就寝、食事の時間は大体一定にして、徐々に建設的な行動を増やしていく。たとえば掃除、洗濯などを少しずつ手がけてみる。ただし特別新しいことに挑戦する必要はなく、やりなれたことから再開する方が無理がない(「生活の形を整える」「外相整えば内相自ずから熟す」)。

6)うつ病の人々は、過去の後悔にとらわれ、また未来への憂慮に引かれて、宙吊りのような心理状態にある。それだけに今できること、目前にあることをひとつひとつ実行し、現実に着地することが重要なのである。60%の回復状態なら60%の状態なりに、今日一日の充実を心がける。小さな目標を設定し実行していくのもいい(「今に生きる」)。

7)社会復帰が近づいてくるに従い、先を考えての不安を抱きやすい。しかしこの不安感は病初期の不安焦燥感とは性質が違う。「無事復職を果たしたい」「順調に回復したい」という願いの裏返しであり、むしろいくばくかの不安を感じるのが自然な心情である。したがってこうした不安は無理に排除する必要はなく、一時の雨模様と考え、そのままにおく。朝雨がいずれ上がるように、たいていは社会生活に戻り、日が経つにつれて自然に消褪するものである(「朝雨に傘いらず」)

8)「仕事に戻るからには、今まで迷惑かけた分を取り戻さなくてはいけない」といった「かくあるべし」を自分に課している人は多い。だが「かくある事実」は病み上がりということである。負担軽減勤務など、軟着陸のために具体的な手立てを講じることが事実に即した態度である(「かくあるべしにとらわれず、かくある事実を受け入れる」)。

[回復の後にー再発予防の心得]

9)病気をきっかけに以前の生活を振り返り、過労を避ける、自分自身の時間を確保するなどの無理のない生活態度に修正できれば、その後の健康の礎になる。また自らが病んだことによって、他人の病や苦悩に共感することも前より容易になるだろう。まことに病むという体験を通して人は成熟するのである(「一病息災」「禍転じて福」)。

10)再発を防ぐためには、病気に対する恐れを心のどこかに残しておいた方がよい。ことに自らのうつ病の初期症状がどのようなものであったかを覚えておくことが役に立つ。もしもそのような初期症状を告げる黄色信号が燈ったら、まず思い切って2〜3日休む、予定を繰り上げて受診するなど早めの対処が有効である(「喉もと過ぎても熱さ忘れず」)。

11)一般にうつ病親和的な性格の人は、慣れ親しんだ環境では人一倍力を発揮する。ただ、新しい状況に慣れるまでには時間がかかる傾向にある。そこで、異動、転職、転居など生活状況が大きく変化する際には、始めから「完全」を求めず、ゆっくり時間をかけて適応していくことを心がける(「急がば回れ」)。

12)病から回復すると、とかく服薬、通院を止めることを急ぎがちである。しかし早すぎる休薬は再発の危険を高めることが知られている。回復後少なくとも半年、なるべくなら1年くらいは服薬を継続した方が安全である(「病は癒ゆるに怠る」)。

 

3.従来のうつ病者の復職支援

 うつ病の社員の職場復帰に際して、主治医や産業医には以下の配慮が望まれる。

1)              リハビリ勤務

 リハビリ勤務とは、円滑な職場復帰を促す目的で復職の前段階で実施される出社トレーニングである。正式な復職ではないので、通常賃金の対象にはならない。多くの企業では3〜4週間のリハビリ勤務の期間中、4時間→6時間→8時間というように段階的に勤務時間を延長するように配慮される。短期間の休職を別にすれば、数ヶ月間以上職場から離れていたうつ病の社員が職場に復帰することにはかなりのハードルが感じられるものである。それだけに、なるべくこのようなリハビリ勤務の形態を利用できることが望ましい。

2)              負担軽減勤務

 復職を果たした後も、当初は予想以上に心身の疲労が自覚されやすい。特に最初の1週間は往復の通勤だけでもかなり疲れるという患者の声をしばしば耳にする。したがって、復職から1ヶ月間位は業務量や業務の範囲を限定するよう医師の意見を職場に伝えておくべきである。ただしまったく仕事がなく、ただ机に座っているという状況も相当の苦痛をもたらすため、ほどほどの仕事は配分する必要がある。

3)              過労を避ける配慮の継続を

 復職後の経過が良好な場合、いつまで残業の制限が必要かといった質問を本人や上司から受けることが多い。その時点で残業が可能な状態であったとしても、復職後半年間ほどは本人や上司の判断のみに委ねず、残業の制限を継続したほうがよい。なし崩しの残業増→過労状況は再発の誘因であることを忘れてはならない。

4)              元の職場・業務への復帰が原則

 うつ病に親和的な性格の人々は、一般に慣れ親しんだ仕事には能力を発揮する反面、新しい業務や職場環境に慣れるには時間を要する傾向にある。したがって休職前の慣れた業務・職場に復帰させることが原則である。例外として、異動直後に発症した場合には異動前の業務に、また明らかにストレス過多の業務に携わっていた場合には新しい部署への配置転換が考慮されるべきである。

5)              職場への帰属感を大切に

 うつ病の人々は職場の一体感が支えになることが多い。したがって業務量には配慮しつつも、他の同僚たちと関わりのある業務を分担させたほうが職場への帰属感、役割アイデンティティを回復しやすい。

6)              復職への不安が強い場合

 上記のような復職への支援策を用意したとしても、患者によってはどうしても復職への不安が強く一歩を踏み出せない場合がある。このようなケースには復職は次期尚早であり、リワークプログラムに参加したり、森田療法や認知行動療法などの心理的援助を優先したほうがよかろう。

 

II.                現代的な“うつ病”の治療と復職支援

 近年、主として若年層の間に従来の内因性うつ病とは異なる抑うつ病像が広がっている。1977年に報告された「逃避型抑うつ」(広瀬)を端緒に、90年代以降、「現代型うつ病」「ディスチミア親和型うつ病」などの病型が相次いで報告され、メディアを中心に「新型うつ病」なる呼称も流通している。こうした現代的な抑うつ病像は、いずれも大うつ病性障害の診断基準を満たすものの、漠とした不全感、倦怠感、集中力低下、無気力感(時に寝込みを伴う)などが主たる症状である。自責感は目立たず、特に「現代型うつ病」「ディスチミア親和型うつ病」は会社への帰属意識や職業的役割意識が希薄であることが特徴に挙げられている。またうつ病の症状が出そろわない早期に受診し、ひとたび休職に入ると復職を先延ばしする傾向にある。このような病像を呈する人々には、几帳面、仕事熱心、他者配慮性といった従来のうつ病の典型的な病前性格とは異なる自己中心/自己愛的、他罰的なパーソナリティ傾向が指摘されている。たしかにこのようなパーソナリティ傾向は抑うつの病像や経過に影響を及ぼしているだろう。だがそれだけではなくこのような新しい病像の広がりの背景に、1990年のバブル崩壊以降、若年層を取り巻く雇用・労働環境の変化が存在することを見ておく必要がある。(図2)彼らの「やる気が出ない」「疲れた」といった訴えに見られる制止症状や身体愁訴、あるいは倦怠と回避の底には、仕事に対する士気阻喪(demoralization)を認めることができる。


このような現代的な抑うつ病像に対しては「病気であること」を強調し休息と薬物療法を柱にした従来のうつ病治療が奏効せず、むしろ病像を二次的に修飾する可能性が指摘されている。森田療法にしても、病の自然回復を促進するという観点からの養生指導はこうした病態に適切ではなかろう。とはいえ私たちは、現代的な“うつ病”の患者も入院森田療法の環境において、抑うつ、無気力症状が速やかに改善に向かうことを経験してきた。入院生活における他者との関わりは、職場とは別の社会的「現実」を構成する。そのような現実に関与しながら作業に携わるという経験は、無力感を軽減し能動性を回復する契機になり得るのである。こうした経験を敷衍すれば、現代的な“うつ病”への対応として次のような原則が導かれる。@患者がそれまで過ごしてきたような気ままな休養生活から脱して、徐々に行動(日常生活環境への働きかけ)を増やしていくこと、A起床、食事、活動、就床の時間を一定にして生活リズムを整えること、B森田療法に限らずデイケアやリワークプログラムなど、グループによる治療環境を活用していくこと、C薬物は補助手段として位置づけ、薬だけで問題の解決を図ろうとしないこと、などである。このようにして活動性、能動性が向上したとして、次の問題が社会復帰段階に待ち構えている。現代的な“うつ病”の患者は復職途上で容易に意欲を喪失しやすい。このような状況依存的な「無気力」の出現を直ちに「病気の再燃」とみなしたり患者の性格病理に還元するのではなく、患者を取り巻く困難な現実に向けられたものとして治療者が了解に努めることが先決であろう。可能であれば職場の環境調整を求めてもよいが、たいていの場合、仕事内容や所属を易々と変えることはできないということも,現実の制約として患者が受け入れる必要がある。そこで患者が一歩距離をおいて仕事や職業的役割を見直した上で、当面どう折り合いをつけていくかを選択できるよう援助することが鍵になる。

 ところで、こうした現代的な“うつ病”の社員が長期の休職から職場に復帰するというとき、主治医や産業医はどのようなことを顧慮する必要があるだろうか。

 従来のうつ病患者に推奨されるリハビリ出勤の形態は、現代的な“うつ病”社員にももちろん実施することが望ましい。だが現代的な“うつ病”の人々はリハビリ期間中にも欠勤を繰り返すなど予定通りに出勤が継続できない場合が多く、またそもそもリハビリ出勤にも踏み出す決心がつかないケースが少なくない。そこで上記のような森田療法などの心理的援助と共に、昨今普及しつつあるリワークプログラムの活用も考慮されるべきである。また復職に当たっては、元の職場へ復帰させるという従来のうつ病の原則にこだわらず、本人の適性を見極めた柔軟な調整が望まれる。彼らにとって「うまの合う」上司に出会い、良好なコミュニケーションが持てると、勢いに乗っていくことがある。とはいえ、本人の希望通りにすべてを進めるべきだというわけではなく、むしろ現実の制約として、許容できる限界を示すことが有効な場合もある。たとえばリハビリ出勤の期間は予め定めておき、いたずらに延長しないこと、またリハビリ勤務期間や復職後も欠勤が続くようなら休職に差し戻すこと、そして休職可能な期限を明示することなどである。そのためにもこうした規程を盛り込んだ就業規則の整備が必要であろう。

 

おわりに

 従来のうつ病、ことに遷延例を念頭に置いた森田療法的な養生法の立脚点と指導のポイント,および復職時の配慮について述べた.さらに現代的な“うつ病”の人々に対して,森田療法の経験から生活指導と復職時の対応について論じた.