山影冬彦の漱石異説な世界・資料篇

 2、タダノマンジュウ=
 多田の満仲+只の饅頭・洒落一覧

             (『漱石異説『坊つちやん』連想』の付録より転載)

一、小咄

1)『醒睡笑』より(岩波文庫下巻、166〜167頁)

  饅頭を菓子に出してあれば、「これは小豆ばかり入りて位高し。われ等ごとき者の
 賜はるは、ありがたき」とていただく。また「砂糖饅頭は近来の出来物、なにの系図
 もなし。世のつねの者はうまさのまま、奔走に思ふ」といひてくすみたり。「其方は
 なにとして、その別をば知られたるぞ」。「かくれもない。満仲の舞に、『貞純の親
 王の御子六孫王と申し、六孫王の御子をば、ただのまんぢうと申し奉る』と。」
  ( 中略 )
  ある人のもとより饅頭を五つ送りたりしが、その席に人五人にあまりたれば、配当
 巣るに少なし。一首をよみて、饅頭を送れる人の方へ、
    名を聞くも六孫王のまんぢうを五つは食ひ足らずこそあれ



2)『軽口東方朔』より(東京堂出版『噺本大系 第八巻』 261頁)

     
下戸会
  下戸の人々より合、大ふるまいしけるを、上戸どもはらをたて、門前に高札を建た
 り。高札に源頼光の御親と書きけれハ、下戸の人々ふしんに思ひ、尋に遣しけれハ、
 たゝのまんぢう。



3)『落噺年中行事』より(東京堂出版『噺本大系 第十八巻』 296〜297頁)

     
国々の所自慢
 「京都ほど諸品安い所ハない。東山で名代の八坂の塔が五重じやが
 「さういひないな。大坂にも安いものといふたら、仏法最初の御寺、聖徳太子の御建
 立天王寺が山門じや
 「わしハ西国ものじやが、それよりもまだ安いハ、平家の大将清盛・重盛・宗盛・友
 盛・維盛・敦盛・経盛、これを合せて一門じや
 「これこれ西国の御方。その平家ハ安ふても、今ハない人、やくたいじや。当時御繁
 昌の源氏の御代、わしが国といふたら津の国じや。初て源氏の性を賜りし六孫王経基
 さまの御嫡男、これより安いハござりませぬ
 京の人
 「壱文より安いハなんじや
 「多田の満仲じや



4)『喜美談語』より(宮尾しげを編注『江戸小咄集 2』平凡社 122頁)

     
多田薬師                        玉嶌舎 作
 本所の多田の薬師へ
 「何卒忰が眼病平癒なさしめ給へ」
 と、七日の願参り、三日目の暁、薬師様が夢中の告あって
 「善哉汝忰が目病の祈願、たちまち平癒なすべし、去りながら、汝日頃大酒をすく事
 甚わるし、此後酒を禁ずべし」
 と、の給ふと見へて、夢はさめ
 「ハテ心得ぬ、目に障ゆへ忰に呑なとの告ならば、尤な事だが、おれが呑のは邪魔に
 成そうもねへものじゃ、薬師様にも、ちとつまらぬ事でござります」
 と、お別当様に聞たれば
 「夫は其はづさ」
 「なぜでござります」
 「ハテまんぢうの守本尊」



二、狂歌 (出典はいずれも明治書院刊『狂歌大観』) 


     竹内御門跡へまんちうを進上ありて
                 西方行者
1) 冬の日にたれはまいると津の国の たゝの満仲御めかけられよ

     御返し
     不恐綿心綉口娑波田分遊人 御返報
                 桑門
2) 津の国のたゝのまんちうみそめては 世の味のみなもとそしる
       〔1)2)は相聞歌 『策伝和尚送答控』(『狂歌大観』参考篇79頁)〕



     戌の霜月朔日長嘯公へ饅頭にそへて
                 策伝
3) 津の国のたゞにもあらぬまんちうや 菟角姿は美女御前哉

     御返し         長嘯
4) 案すれは佐藤殿ともいひつへし たゝのまんちうならぬうまさを
       〔3)4)は相聞歌 『策伝和尚送答控』(『狂歌大観』参考篇87頁)〕



     或人の所にて土蜘の能をしけるに頼光になりし人いかゝし侍ける太刀
     ぬきさまにふところよりまんぢうをおとし舞台にてふみわりたれば中
     よりあん出何とも見ぐるしく興さめけるにこれに歌よめとありけれは
5) 頼光の太刀と一度にはしりいづる こやまんぢうのあんのうちもの
               〔『卜養狂歌拾遺』(『狂歌大観』本篇341頁)〕



     寄饅頭恋
6) つゝめとも外にもるゝはまんちうの あんに相違のわが契り哉
             〔石田未得『吾吟我集』(『狂歌大観』本篇162頁)〕


     饅頭
7) あまからてあちのよきこそ武者心 沙糖のいらぬたゝのまんちう
             〔石田未得『吾吟我集』(『狂歌大観』本篇168頁)〕



     京より饅頭をもらひて
8) 杉折をあけて中見つまんぢうの 色の白さは美女御前かな
            〔由縁斎貞柳『続家つと』(『狂歌大観』本篇692頁)〕


9) 名を聞も六孫王のまんちうを 五つはくらひたらすこそあれ
                  〔『醒睡笑』(『狂歌大観』参考篇70頁)〕


     ある人まんちうを五つをくりけれはよみてつかはしける
10) まんちうは六そんわうときくものを 五つくるゝはくらゐたらぬか
                〔『新撰狂歌集』(『狂歌大観』本篇124頁)〕



三、川柳


@ ちやらくらを多田のまんじう食初メ

A 満仲は子にあまそうな名なれども

B 男だに満仲といひ美女といひ

C まんぢうの子が酒呑をぶっつぶし

D 頼光のお顔まんぢう二つ割り

E まんぢうに成るは作者も知らぬ智恵

F 多田の満仲に二た役新五郎

G 満仲の役が仕納め新五郎

H ただのまんぢうでなきゆへ事が出来

I 御名に似す満仲御子に甘くなし

J 満仲といへど子供に甘くなし

K しかれども満仲ハ子に甘く無し

L 酒呑ミハまんちうの子にしめられる

M 下戸の子に上戸つぶれた大江山

N まんちうの御子酒のみをたいじたり

  (@は平凡社刊『日本架空伝承人名事典』、A〜Hは松崎寛雄著『饅頭博物誌』、
      I〜Nは室山源三郎著『江戸川柳と謡曲』からの孫引き。)



四、その他  (鈴木棠三編『ことば遊び辞典』による)


@ 棚の饅頭−−−多田の満仲

A 餅菓子ならで多田満仲とは如何に−−−二葉にても栴檀といえるがごとし


五、俳諧連歌


 俳諧連歌の分野においても、例えば『犬子集』の巻第十六の「謡俳諧」などに多田の
満仲と只の饅頭との洒落は見られるようだが(岩波書店『新日本古典文学体系69 初期
俳諧集』、242頁)、そこまではまだ調査の手が回らないので、この分野での資料収
集は後の機会に譲りたい。


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