web版ロール・プレイング研究

伊藤寿夫先生の日本カウンセリング学会30回大会(1997.7.27)での発表です。

ロール・プレイングから見た「いじめ」の一考察

1.はじめに
2.ロール・プレイングという方法
3.ロール・プレイングの実際
(1)学校でのいじめの場面
 場面1:パシリ
 場面2:無抵抗
 場面3:役割交代と仲間
(2)いじめられた子と母親
4.まとめと今後の課題



1.はじめに


 いじめが大きな教育問題、社会問題として取り上げられるようになってから久しい。これまでにさまざまな論議がなされ、学校には一部にスクール・カウンセラーも導入された。現在、いじめにどう対処するかが学校現場では問題となっている。そのためには、いじめとはどういうことなのかを、さらにいろいろな角度から解明する必要があると思われる。
ここでは、いじめを人間関係という視点からとらえ、いじめといわれる状況下で、当事者たちの関係はどうなっているのか、それぞれがどのように感じ、どんな空想、願望をもっているのかといったことを、ロール・プレイングを通して、考察してみたい。


2.ロール・プレイングという方法

 心理劇的集団療法の一つの技法とされているが、人間を理解する方法として利用されている。実際には、考えようとするテーマにそって、監督が、ドラマの場面を設定し、参加者の何人かに役割をとって演じてもらう。他の人は観客として、ドラマを見る。監督がドラマを終了させた後、参加者全員でテーマにそって討論をする。目の前で演じられたドラマを通して、新たな意味を発見したり、人間理解を深めることになる。
 ロール・プレイングにおける人間理解とは、他と関係をもたない単独の個人としての人間ではなく、人間関係から人間を理解しようとすることである。


3.ロール・プレイングの実際
 いじめの具体的な例として、「暴力」、「冷やかし・からかい」、「仲間はずれ」、「言葉での脅し」などがあげられる。こうした行為が起こるようなロール・プレイングの場面を、これまでに何度か設定し、考察してきた。
 まず、その中の一つのセッション(神奈川県高校・教育相談専門部主催「ロール・プレイング研修会」1995.3)の3つの場面を振り返ってみる。
 次に、学校でいじめられた子と母親との家庭でのやりとりの場面(横浜ロール・プレイング研究会「第285回月例会」1996.3.)を考察してみたい。(記録は主なやりとりのみである)

(1)学校でのいじめの場面

場面1:高校生Aが休み時間に教室で同級生Bをパシリに使う。

A:あのさあ、腹へってきたんだ。おまえどう?
B:今、ゲームやってんだ。
A:いいからちょっと買ってこいよ。金やるから。おまえのも買ってやるからさ。
B:いつもそうなんだよな。わかったよ。
(買ってくる)
B:メシいいよオレ。
A:食えないっていうのか。おごってもらったものを。
B:食うよ、じゃあ。
A:カツ丼っていうのはうまいな。
B:おいしいね。
A:おい、心からそう思ってるのかよ。わかったよ。いいよ、おまえなんか嫌いだよ。
B:何でだよ。
A:うるせえな。さわんなよ。一人で遊んでろよ。
B:何でだよ。一緒に食べようよ。
A:やだよ。
【討論のまとめ】
 生徒Bはいじめられたと感じているが、いじめる生徒Aは自分の友達で、関係を切りたくない、かまってほしいと思っている。たとえ
いじめられても、関係を切りたくないという気持ちがあることが窺える。
 生徒Aは、演じているとき、以前にだれかにいじめられたと感じる体験を空想し、その分をやり返したいと思っていた。

場面2:場面1と同じだが、極端な関係を作るため、生徒Bはまったく反発できないという設定。

A:おい、何やってんだよ。ゲームか。ちょっと貸せ。
B:うん。
A:これ、つまんねえな。ずいぶんカセットもってんな。全部出せよ。
B:はい。
A:昼メシ買ってこい。二人分だ。
B:はあ。
(買ってくる)
A:トンカツ嫌いなんだよ、オレ。違うの買ってこいよ。
B:わかった。
A:つまんねえやつだな。
B:はい。
A:はいじゃねえよ。もっと言うことないのかよ。
B:はあ。
(買ってくる)
B:買ってきました。
A:さめてるな。職員室行ってレンジでチンしてこい。
B:はあ。
【討論のまとめ】
 いじめられる側がまったく抵抗できないという関係になると、苦痛も恐怖も感じないし、何の感情もわいてこないという状況が起こった。いじめる側も「こいつは関係ないや」と思っており、もはや人間と人間の関係ではなくなっている。いじめる側も自分を相手にしてくれる「人間」を求めているようだ。こうした状況では、生徒Bは誰にも訴えそうにないので、はた目からもわかりにくい深刻なケースになると思われる。

場面3:展開として、AとBの役割を交代し、Bがいじめる側となり、仲間Cが加わる。

B:腹へったべ。
C:おお。腹へったなあ。
B:(Aに)弁当。オレらの弁当2つ。
A:何でだよ。
B:うるせえなあ。
C:買ってこいよ。
(買ってくる)
A:はいよ。からあげ弁当2つ。
B:からあげ弁当じゃないよ。だめ、買いなおし。
(買ってくる)
B:さめてんぞ。
C:チン足りないんじゃないの。
B:行って来いよ職員室。行ったぞ、オレ。職員室。
【討論のまとめ】
 いじめる側になった生徒Bは、いじめられる相手に同情するどころか、やり返せることを楽しんでいた。仲間になった生徒Cは、いじめに加担しているつもりはなかったと言っているが、加担する役割を果たしていた。意識しないで加担する、いわゆる「観衆」のような役割を取っていたといえるだろう。

(2)いじめられた子と母親との家庭での場面

場面設定:学校で仲間外れにされた子(5年生)が帰宅する。母親はいない。しばらくした帰ってくる。

子供:おかあさん。いないの。食べ物ないかな。(テレビをつける)つまんないな。
母親:あ、帰ってたの。おつかいに行ってたの。
子供:あのさ、ちょっとさ。(逡巡)
母親:どうしたの?
子供:あのね。友達がね。話しかけても応えたくれないの。何か僕、悪いことしているのかな。
母親:してないでしょう。みんなそうなの?
子供:そうなの。
母親:悲しかったでしょう。学校に行きたくなくなっちゃうよね。あなたが悪いんじゃないから、みんなが悪いんじゃない。
子供:じゃ、どうしたらいい?
母親:どうしたらいいかな。可哀想だったわね。
【討論のまとめ】
 子供は自分がいじめられたことを否定したいと思っていた。母親には同情的な対応をされ、自分はいじめられっ子のような気になり、ますます惨めになった。


4.まとめと今後の課題

 いじめをテーマにしたロール・プレイングの場面の、一部からではあるが、次のようなことが推察される。いじめられる側は、いじめる側との関係を切りたくなく、できれば仲間でいたいと思っていることがある。また、自分がいじめられている事実(惨めな自分)を認めたくないので、人には言いたがらないようである。時には、密かに自分に都合のいい物語を創ったり、無意識的に苦痛も何も感じないように防衛していることもあるようだ。
 いじめる側は、楽しんでいじめているようだ。相手が多少反発したり、反応があったりした方がより楽しいようである。また、以前にいじめられたと感じる経験をしていると、積極的にいじめようとするようだ。いじめる側の仲間は、いじめに加担しているつもりはなくとも、加担する効果を出しているようである。
 いじめられた子の母親は、子どもにとって大切な役割を持っていて、話をきちんと聞いて、支えてあげないと、子どもはますます自分を否定的に思ってしまうことになるようである。
 もちろん、いじめには、まだまださまざまなケース、場面が考えられる。これからも一つ一つ吟味しながら理解を深めていきたい。それぞれのケースがよくわかってくれば、より適切な対応ができるようになるだろう。



キー・ワード:ロール・プレイング、人間関係、空想



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