巷間の一臨床医としてアルツハイマー型を含め、老人性認知症とどう拘わっているか。

私が医者になった頃はアルツハイマー病とは初老期認知症の大きな部分を占める
という認識が主でありました。

その後暫くして、老人性認知症とその病理学的所見が一致する部分が多いために
病理学的には同一疾患であると結論されました。

臨床的には初老期発症のアルツハイマー病はかなり激しいものがあります。
それはその若さ故のものでしょうが、進行も比較的速やかで、早晩高度の痴呆状態に
移行してしまいます。私も悲惨な方々を拝見しています。
それっは典型的なお二人で、いずれも50代の女性です。殆ど同じ経過を取りました。

それに比較しますと御高齢になられてからのアルツハイマー型老人性認知症は、
御本人の生活環境が恵まれたものですと、とても緩徐にゆったりと進行します。

私はよく患者さんの御家族に例え話で御説明するのですが、

深い山の中を想像してください。大きな樹が沢山あります。その中のひときわ大きな樹が、
ある時から中が空洞になってきます。そして、ゆっくりとその空洞は大きくなってきます。
でも、大きな木は外から見ただけではまだまだ立派な樹です。大きくそびえ立っています。
空洞は大きくなり、やがて大きな木は支えられなくなって、
ある強い風が吹いた日にどっと崩れ落ちます。

私はそんな病気だと考えています。

以前は、使えるお薬はアリセプトだけでしたが、私の感触では3割前後の有効率かな?っと。
特に進行の早い初老期のタイプや既にある程度以上進行している方には
効かないような感じが致します。今ではメマンチンを併用することによってやや効果が出せそうです。

印象に残っているのは、アルツハイマー型老人性認知症の男の患者さんで
息子さんがとてもよく面倒を見てくれている人です。
この方は初めにアリセプトを使いましたら、2週間後に来られて、表情に精気が満ちてきた。
動きが良くなった。布団の上げ下ろしをするようになった。動きが活発になった。
等と嬉しいことを言ってくれました。まだ使い始めたばかりでしたので、思い込みもあるのかな?
と聞いていたのですが、その次に来られたときには、夏のことでしたが、近所にアイスクリームを
買いに行ってきて、暑いだろうからと振る舞ってくれた。と。こんな事は暫くなかったので、
感激したくらい嬉しかったと。これは聞かされたこちらまで嬉しくなりました。
その後もズーッと服薬を続けていただいていますが、この服薬前後にこれだけの差が見られた
にも拘わらず、長谷川式簡易知能スケールで比較しても点数では改善が見られなかったことは
むしろ不思議な感じが致しました。その後も徐々に病気は進行しています。

認知症の御老人の相談件数は近年増加しています。
老人性認知症の方々を対象にしたグループホームも沢山出来てきています。

我々の所に来られるのは

1)御家族からの御相談。
2)受付の人の気づき。   これは特に市民健診の時に気づかれます。
          検便の容器の使い方がわからなかったり、持ってくるのを忘れたり、
          いろいろ頓珍漢なことが見られました。
          これらは普段の診察では見過ごされてしまいます。
3)グループホームからの御相談。
4)後見制度のための精神鑑定依頼。

等です。御自分からの受診はまず御座いません。ここが今までの普通の内科疾患とは
大きく異なる点です。受診動機が御本人の自覚症状ではないのです。

鑑別診断と治療。

認知症かな?と思ったら、鑑別診断はとても重要です。
今まで私が経験した例では、鬱病の方、糖尿病の方、軽い意識障害の方、
心因性のパニック状態を呈した方、脳腫瘍の方、等があります。

あと教科書的には、慢性の硬膜下血腫、正常圧水頭症、
薬物中毒、アルコール依存症、Wernicke脳症、
パーキンソン症候群、その周辺疾患。
高血圧性脳症、梅毒性中枢神経障害、
統合失調症等も考えられます。特に接枝性分裂病はよく間違えられそうです。

中でも老人性の鬱病はよく間違えられます。 
治療によって快復可能なものもありますし、治療法も異なりますので、鑑別診断は
是非と慎重に、正確にと心懸けています。

精神鑑定では特に重要と思っています。昨今老人性認知症の方の後見鑑定依頼が多く参りますが、
裁判所ではここの所を安易に考えているのではないかと思われることもあります。
後見診断書だけで良いと思われるのですが、鑑定書を作製しろと言われますと
矢張り正確な診断のためには様々な状況聴取、裏付け、綿密な診察、検査、考察が必要です。

治療に関しては、以前はアリセプトしか使えませんでした。でもそんなに効くものではないように思います。
経過中出現して参ります様々な随伴症状に関しては出来る限りの治療を致します。
幻覚が出現したり、妄想が酷くなったり、夜間の徘徊や興奮、大声で騒いだり、
怒り出したりすることもあります。昼間でも忘れてしまったことや勘違いで興奮して
人に当たったり等という事がありますので、非定型抗精神病薬や、定型抗精神病薬が
必要になることもあります。
ここらあたりが老人性認知症の方の行動異常と言うことになりますが、
ここに周囲の人達と御本人との蹉跌があり、多くは誤解に基づくもので、
上手になだめたり、時間を稼いで気分転換を計ったりしているうちに解消してくるものもあります。
ここの所は慎重な調整が必要なところです。
お互いにエスカレートしてしまって、攻撃的になってしまったり、抑制してしまったりしないで、
なんとか丸く収めて行きたいと思っていますが、必要でしたら少量のお薬は
有効に作用する可能性があります。

ここらあたりが今までの内科疾患の治療とは根本的に異なる点です。
治療は誰のためか。というポイントが異なります。

当然のことですが下痢をしたり、便秘をしたり、発熱したりの身体症状に対しては、
しかるべき診断と治療が必要です。これらは一般内科の場合と変わるものではありません。

以上が日頃第一線で拝見しています一開業医から見た老人性認知症に関しての私見です。